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なぜ日本の物価は上がらない。言い訳探しを始めた黒田日銀が見抜けなかったこと=斎藤満

日銀の黒田総裁が「物価が上がらない」4つの理由を挙げ、次回会合で「日本の物価はなぜ上がらないのか」について議論すると述べました。思うに、日銀の言う需給ギャップの改善は「偽り」で、経済の現場では異なることが起きているのではないでしょうか。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年6月20日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

国民はわかってる。日銀が考える「物価が上がらない」原因とは?

黒田さんの個人的見解は

日銀の黒田総裁は、決定会合後の記者会見で「日本の物価がなぜ上がらないのか、次回の会合と展望リポートで議論する」と述べました。

日銀はこれまで、大規模な金融緩和によるマクロの需給ギャップ改善によって、物価上昇率はいずれ目標の2%に達すると主張してきました。

しかし、これが5年経っても実現していないためです。

総裁は会見の席上、物価が上がりにくくなっている要因として、個人的な意見として以下の4点を挙げていました。

<原因その1>

1つは労働市場の「スラック(需給の緩み)」。失業者以外にも余剰労働力があり、一般に言われるほど労働市場の需給はタイトではない可能性を指摘しました。

<原因その2>

2つに、グローバリゼーションで、新興国などとの競争が厳しくなったため、としています。

<原因その3>

3つに、技術革新効果を挙げています。今や日本ではネット通販を利用して世界の財サービスを安く手に入れられるようになった、としています。

<原因その4>

そして4つに、日本の賃金硬直性です。つまり、景気が悪い時に賃金を下げられないので、良い時に上げない、というものです。

このほか、最近の生産性上昇についても議論がなされると見られます。

日銀の「需給ギャップ改善」は、的外れの可能性がある

これらは日銀の分析・議論に任せるとして、本稿では「需給」についてチェックしてみたいと思います。

つまり、日銀は「需給ギャップが改善している」と言いますが、経済の現場では異なることが起きているのではないか? ということです。

現実を反映していない日本の失業率

第1は、黒田総裁も指摘していた「労働市場の需給」です。

失業率が2.5%とか、有効求人倍率が1.59倍といった数字が独り歩きして、人手不足が喧伝され、政府の「骨太」案でも外国人労働力の受け入れを大幅に緩和する方針です。

しかし、その割に賃金が上がらず、労働者の懐は楽になりません。賃金の硬直性もありますが、労働市場の需給も数字ほどタイトではないと見ます。

前にも当メルマガで指摘しましたが、日本では失業保険を申請するためにハローワークに通う「有効求職者」と、完全失業者の数がほぼ一致しています。つまり、ハローワークに失業保険申請している人を「失業者」としていますが、失業保険申請している人以外にも仕事を求めている人は少なくありません。

米国では、失業者が失業保険受給者の3倍近くいます。つまり、日本でも失業保険受給者以外の失業者を調べれば、失業率は今の2.5%から2~3倍に高まる可能性があります。

これは失業率の調査方法に問題があるためで、仕事をしたい人がこの統計からかなり漏れている可能性があります。

本稿ではその制約から逃れるために、別の数字を見てみます。それは「労働参加率」で、15歳以上の人に占める就業者と失業者の合計の割合です。

Next: 日本にはカウントされていない失業者がたくさんいる



「労働参加率」で本当の失業率が見える

昨年の日本の労働参加率は60.5%で、10年前の60.4%とほとんど変わっていません。そしてやはり人手不足が指摘される米国の労働参加率が63%弱です。

つまり、日本には「非労働力人口」が15歳以上人口の約4割もいることになります。定義上は「働く意欲を見せていない人」となりますが、実際は働きたくて仕事を実際に探していながら、当局に把握されていない人が少なくありません。

日本は高齢者が多く、働く意思のない老人が多いと見られがちですが、高齢者でも仕事があれば働きたいという人は少なくありません。

日本で生産年齢人口が減っているのに、就業者がずっと増え続けているのは、当局が労働力と把握していない高齢者が仕事についているため、という面も大きくなっています。

定年後の再就職が増えている

因みに、失業者を除いた就業率(15歳以上人口に占める就業者の割合)は今年4月では60.1%ですが、このうち15歳から64歳で76.7%、65歳以上で24.7%となっています。

定年を過ぎた65歳以上の就業率が目立って上昇しています。また、55歳から64歳の層も75%で、定年を65歳に延長すれば確保できる労働力も多いことを示しています。

トラック運転手など、特定の業種・労働タイプによっては、確かに人手不足はあるようです。しかしマクロではまだ「スラック」が少なくなく、それが賃金上昇を抑えている面があります。

特に高齢者をうまく取り込めば、人手不足はかなり埋まると見られます。外国人労働力の受け入れもよいのですが、そのコストを考えると、その前にできることがありそうです。

日銀が思うほど、国民はお金を使えない

ここまで、日銀の言う需給ギャップの改善と、経済の現場では、異なることが起きているのではないか?という考えで「労働市場の需給」をチェックしてきました。

そして、「消費市場の需給」についても同じことが言えます。

日本全体では、需要面から見たGDPが潜在GDP(供給力から見た上限のGDP)を上回り、インフレ・ギャップが発生し、これがインフレにつながるはずだ、と考えられています。

しかし、消費者物価を決める消費市場では、家計の所得が増えないため、ここでの需要が供給を下回っている可能性があることです。

需要全体で見れば供給を上回る計算としても、所得面で労働分配率が低下し、需要が企業の下に溜まり、家計にはあまり分配されていません(給料が上がりません)。そのため消費市場では、需要不足になっています。

企業部門では需要超過となるところを、企業は設備投資を増やしているものの、内部留保にため込んでいるため、実現しない所得もあります。

つまり、日銀が言う「需給ギャップ」が示すほど、需給はタイトではありません。少なくとも消費市場では需要不足となっている可能性があります。

Next: 物価が上がったら買えなくなる? 値上げされない原因は何なのか



企業の賃金抑制が値上げを困難にしている

一般的に、物価は需給で決まるとされています。

しかし日本では、その需給が労働市場で正しく把握されていない面と、労働分配率の低下によって需要が企業側に偏在しているため、消費市場では需給が緩和されていて、値上げに踏み切れない状況にあると考えられます。

つまり、企業が賃金を抑えていることが、消費財の値上げを困難にしている面があります。

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・なぜ日本で消費者物価が上がらないのか(6/20)
・無視できない米イールドカーブのフラット化(6/18)
・綱渡りのパウエルFRB(6/15)
・歴史的米朝会談と日本の困惑(6/13)
・日銀は物価見通しの引き下げ準備(6/11)
・日銀は密かに金利高め誘導か(6/8)
・個人消費の弱さは重症(6/6)
・FOMC前後の為替の動きに要注意(6/4)
・日銀に追い打ちをかけた弱い鉱工業生産(6/1)

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5月配信分
・収まらない米中貿易戦争(5/30)
・FRBが直面するジレンマ(5/28)
・市場から見た米朝会談破談リスク(5/25)
・景気の減速は本当に一時的か(5/23)
・「ミニ石油ショック」でも油断は禁物(5/21)
・米朝会談までは新興国不安回避要請?(5/18)
・インフレ目標事実上のギブアップ(5/16)
・米長期金利はすでに上昇トレンドに(5/14)
・新興国にイラン不安の追い打ち(5/11)
・トランプ貿易戦争のインフレ性(5/9)
・FRBの姿勢変化に注目(5/7)
・トランプ大統領ノーベル賞を意識(5/2)

4月配信分
・窮地の安倍政権、解散か総辞職か(4/27)
・物価目標2019年度も黄色信号(4/25)
・米長期金利再上昇の重み(4/23)
・日米首脳会談も安倍延命にはならず(4/20)
・無視できない政治混乱の影響(4/18)
・無理筋な日銀の物価目標(4/16)
・米為替報告書に注目(4/13)
・米はシリアで多国間軍事対応を検討(4/11)
・安倍政権維持への3つのハードル(4/9)
・物価上昇の内容が変わる(4/6)
・FRBはどこまで利上げできるか(4/4)
・キーパーソンはH.キッシンジャー氏(4/2)

3月配信分
・ハイテク株にもトランプ・リスク(3/30)
・見えてきた点と線(3/28)
・見えてきたドル円の100円割れ(3/26)
・姿を現したパウエルFED(3/23)
・自動車業界と流通業界とのコラボ(3/19)
・日銀の金融政策も政権如何(3/16)
・安倍政権に春の嵐(3/14)
・雇用絶好調でなぜ賃金が上がらない(3/12)
・金利差円安論はすでに破たん(3/9)
・二転三転する黒田発言の真意は(3/7)
・トランプならではの貿易戦争リスク(3/5)
・エネルギー株に3つのリスク(3/2)

2月配信分
・親子バトルが銀行株を圧迫(2/28)
・裁量労働制論議で露呈した日本の問題(2/26)
・中央銀行の支配者(2/23)
・半島融和の裏で中東に火種(2/21)
・(金利差・ドル円・株の関係が崩れる2/19)
・米国債のバブル性(2/16)
・トランプ予算教書に2つの危険性(2/14)
・日銀人事の裏側(2/13)
・市場不安定化が3月利上げの負担に(2/9)
・適温経済と適温相場は別(2/7)
・米金利とドル円の関係、ここに注意(2/5)
・米金利高が日本の投資家を襲う(2/2)

1月配信分
・個人消費の低迷に歯止めがかからず(1/31)
・物価本位主義見直しの時(1/29)
・安倍総理の密かな戦略を探る(1/26)
・規律を失い惰性に走る財政金融政策(1/24)
・米長期金利上昇は「吉」か「凶」か(1/22)
・強まる中国への風当たり(1/19)
・地政学リスクとビジネス・チャンス(1/17)
・粉砕される円安期待(1/)
・デフレ脱却宣言を拒む実質賃金の低迷(1/12)
・北朝鮮問題に新展開か(1/10)
・インフレ如何で変わる米国リスク(1/5)

12月配信分
・新年に注意すべきブラック・スワン(12/29)
・新年経済は波乱含み(12/27)
・日銀の過ちを安倍政権が救済の皮肉(12/25)
・金利差と為替の感応度が低下(12/22)
・インフレ追及の危険性(12/20)
・日銀が動くなら最後のチャンス(12/18)
・不可思議の裏に潜むもの(12/15)
・制約強まるFOMC(12/13)
・生産性革命、人材投資政策パッケージを発表(12/11)
・米国に新たな低インフレ圧力(12/8)
・政府と市場の知恵比べ(12/6)
・長短金利差縮小がFRBの利上げにどう影響するか(12/4)
・原田日銀委員の「緩和に副作用なし」発言が示唆するもの(12/1)

11月配信分
・中国リスクを警戒する時期に(11/29)
・会計検査院報告をフォローせよ(11/27)
・改めて地政学リスク(11/24)
・低金利で行き詰まった金融資本(11/22)
・内部留保活用に乗り出す政府与党(11/20)
・日銀の大規模緩和に圧力がかかった可能性(11/17)
・リスク無頓着相場に修正の動き(11/15)
・トランプ大統領のアジア歴訪の裏で(11/13)
・異次元緩和の金融圧迫が露呈(11/10)
・戦争リスクと異常に低いVIXのかい離(11/8)
・変わる景気変動パターン(11/6)
・日本的経営の再評価(11/1)

10月配信分
・日本の株価の2面性(10/30)
・FRBの資産圧縮が米株価を圧迫か(10/27)
・リセット機会を失った日銀(10/25)
・低インフレバブルと中銀の責任(10/23)
・フェイク・ニュースはトランプ氏の専売特許ではない(10/20)
・金利相場の虚と実(10/18)
・米イラン対立の深刻度(10/16)
・自公大勝予想が示唆するもの(10/13)
・中国経済に立ちはだかる3つの壁(10/11)
・自民党の選挙公約は大きなハンデ(10/6)
・当面の市場リスク要因(10/4)
・景気に良い話、悪い話(10/2)

9月配信分
・アベノミクスの反省を生かす(9/29)
・高まった安倍総理退陣の可能性(9/27)
・日銀も米国に取り込まれた(9/25)
・安倍総理の早期解散に計算違いはないか(9/22)
・日銀は物価点検でどうする(9/20)
・中国経済は嵐の前の静けさか(9/15)
・トランプ政権はドル安志向を強める(9/13)
・気になる米国の核戦略(9/11)
・日銀の政策矛盾が露呈しやすくなった(9/8)
・ハリケーン「ハービー」の思わぬ効果(9/6)
・北朝鮮核実験の落とし前(9/4)
・内閣府は信頼回復が急務(9/1)

8月配信分
・個人消費の回復に疑問符(8/30)
・あらためて秋以降の中国リスクに警戒(8/28)
・米債務上限引き上げかデフォルトか(8/25)
・利用される「北朝鮮脅威」(8/23)
・バノン氏解任でトランプ政権は結束できるか(8/21)
・日銀の「ステルス・テーパー」も円安を抑制(8/18)
・中国習近平長期政権の前途多難(8/16)
・北朝鮮の行動を左右する周辺国の事情(8/14)
・経常黒字20兆円強のデフレ圧力(8/9)
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マンさんの経済あらかると』(2018年6月20日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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