抗がん剤オプジーボを開発した本庶佑教授がノーベル医学生理学賞を受賞し、短絡的な情報の広がりが懸念される。期待ばかりが独り歩きする「夢の新薬」の現実に迫ります。(『In Deep メルマガ』In Deep)
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プロフィール:In Deep
本名:岡 靖洋。1963年生まれ、北海道出身。明治大学経営学部中退。23歳の時に表現集団「self23」の活動を開始。「人生の定年は30歳」という幼少時からの指標通りに、その年齢となった1993年より国内外で隠居行動を始める。人気ブログ『In Deep』を運営。
ノーベル賞後からの「アルマゲドンと化すガン治療現場」への懸念
脚光を浴びる「抗がん剤オプジーボ」
先日、日本人の方がノーベル医学生理学賞を受賞をしまして、私はテレビのニュースをあまり見ないように生きている人間ですので、その際の雰囲気はあまりわからないですけれど、祝福ムードに包まれていたのだろうと思います。受賞の「理由」を私が知った時に、そして、うちの奥さまが私に、「これって、そんなによくガンに効くの?」と訊いた時、漠然とした不安がこみ上げてきたのでした。
その不安は、「この受賞で、この抗ガン剤オプジーボに対して、誤解の嵐が日本中で生じているのでは?」ということと、そして、「無法者の医療関係者の《やりたい放題》の方向を後押ししてしまったのではないのだろうか?」ということです。
このオプジーボは、実際には抗ガン剤という分類ではなく「免疫チェックポイント阻害剤」というものらしいですが、ガンに使う薬という括りで、ここでは抗ガン剤と表現させていただきます。
もちろん、先ほども書きましたが、受賞された科学者の方の業績と関係がある話ではないわけで、ノーベル賞受賞に対して云々という話ではないです。
何より、「この受賞によって、日本人の多くの人たちが、抗ガン剤オプジーボに対して何か誤った概念を持つのではないだろうか」ということです。これは具体的に書けば、まるで、「この薬は夢のガンへの万能薬」のような誤解を持ってしまうのではないだろうかということですが、それ以上の懸念が、「これによって、今後《ノーベル賞受賞の薬効》というフレーズを使うことができるようになり『悪意のある医療関係者』もそう表現できる」という状況となっていくのではないかというものでもあります。
Next: ノーベル賞受賞後、NPO法人に治療の相談が急増
受賞の報道後、スキルス胃ガンの相談が急増
そうしましたら、先日(10月3日)の、BuzzFeed Japan に『ノーベル賞受賞で相談殺到誤解してほしくない免疫療法』という記事が出ていました。
この記事は、ノーベル賞受賞が10月1日に一斉に報じられてから、「スキルス胃ガン患者会のNPO法人に、相談の電話が殺到している」というところから始まります。
スキルス胃ガンというのは、通常の胃ガンとは違う機序を持つもので、進行がとても早く、また若い人に多いのも特徴です。
そのスキルス胃ガン患者会に、報道直後から、「私もオプジーボの治療を受けたい」といったような患者さんたちからの電話が次々とかかってきたのだそうです。つまり、テレビなどでの「ノーベル賞受賞」の報道により、すでに多くの人たちが、「この薬を夢のガン治療薬だと思っている」ことがうかがえるのです。
たとえば、まず、その効能については、以下のように書かれてあります。
- オプジーボは、基本的に他の抗ガン剤での治療の後に進行・再発したガンにしか効果が証明されていない
- オプジーボの効果が出る人は投与した人全体の「2割」程度
- 副作用が重い(皮疹、甲状腺機能の悪化あるいはリウマチやギランバレー症候群等の自己免疫疾患)
つまりこれは、抗ガン剤での治療後に治らないか再発したガンの治療にだけ効果が証明されていて、しかも効果があるのは全体の2割ほどで、その上かなり重い副作用がある…というものです。
こういう書き方は問題があるかもしれないですが、いわゆる抗ガン剤の治療での「問題」と同じような危険性を持っているものでもあります。
オプジーボは「夢の新薬」か? 期待が独り歩き
この問題はずいぶんと以前から言われていまして、たとえば、特定非営利活動法人「日本肺癌学会」という組織がありますが、日本肺癌学会は2015年12月に『抗PD-1抗体ニボルマブ(商品名:オプジーボ)についてのお願い』という「患者宛の文書」を発表しています。
その内容は、がん情報サイト「オンコロ」にありますが、内容の項目は、以下のようなもので先ほど挙げたことと同じようなものです。
- オプジーボはすべての患者さんに有効な「夢の新薬」ではない(8割の方に効果が乏しい)
- オプジーボには副作用があり、重篤になる場合もある
- オプジーボが使えない患者が存在する(膠原病やリウマチ、間質性肺炎の患者は使用できない)
日本肺癌学会がわざわざこのような文書を発表したほど、患者の方々のあいだに「期待が独り歩き」していたのです。
そして今回の件で、また「新たな期待の独り歩き」が始まる可能性もないのではないかもしれません。
そして、さらなる問題はこの薬効の方だけの話ではないです。
Next: 「ノーベル賞」という冠が及ぼす、医療現場への悪影響とは
医療現場で悪影響が懸念される「ノーベル賞」という冠
私は先ほど、「悪意のある医療関係者」という書き方をしましたけれど、悪意という表現ではなくとも、健康保険などの適用しない診療をおこなっている「自由診療の医院」も今では多いですが、そういう医療の現場でこれから起こり得ることについてです。
これについては、先ほどのBuzzFeed Japanの記事には、以下のように記されています。
問題は、臨床試験で効果が証明された「免疫チェックポイント阻害剤」とは別に、効果不明な「免疫細胞療法」なども「免疫療法」という名前で一括りにされていることだ。
自由診療のクリニックが効果が証明されていない治療を高額な自己負担で行い、患者が標準治療を受ける機会を逸したり、副作用が出ても放置されて体調が悪化したりというトラブルが相次いでいる。
記事内で、日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科の教授は以下のように述べています。
免疫チェックポイント阻害剤は効果が出るように使うのが難しいですし、副作用に対応するためにも製薬会社が施設要件や医師要件を定めています。こうした要件を満たさないクリニックでは適正な使い方もしませんし、副作用が起きた時の対応もできません。患者を食い物にしており非常に無責任です。
出典:同上
つまりは、今回のことで、この“患者を食い物にする”という部分に関して、「やりやすくなってしまったのではないか」という懸念があるのです。
何しろ、「ノーベル賞」という冠が使えるようになったのですから。
薬価は年間1,000万円、誰にでも手が届くものではない
そういえば、最初に書いておくべきだったかもしれないですけれど、このオプジーボは、今は多少薬価が下がりましたが、それでも「高い」のです。
自由診療は健康保険が効かないですので、「全額負担」となるわけですが、このオプジーボは、少し前だと全額負担で、「1年間で3,500万円かかった」のです。
3,500円ではありません。3,500万円です。
今年薬価が下がって、今は年間1,000万円となりましたけれど、これが全額自己負担だと、厳しい、と感じる方がほとんどなのではないでしょうか。
下のニュースは、今年8月にオプジーボの薬価が下がったことに関しての読売新聞の医療報道です。
厚生労働省は、高額ながん免疫治療薬オプジーボの薬価について、11月から4割引き下げることを決めた。厚労相の諮問機関である中央社会保険医療協議会に提案し、了承された。
値下げは3回目。保険適用された当初、患者1人あたり年間3,500万円とされた薬剤費は、今回の見直しで1,090万円と3分の1以下になる。
昨年の4月までは、100ミリグラム73万円で、年間費用は3,500万円かかったのです。
このような価格だと、ちょっと「誰でも気軽に」というものではないものなのですけれど、それでも、これが「ガンがたちまち治る夢の新薬」だったのならば、それでもいいという人は、ある程度裕福な方ならいらっしゃると思われます。
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『In Deep メルマガ』(2018年10月5日号)より一部抜粋
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