安保法制に邁進してきた安倍首相が経済重視を掲げ新たに打ち出した「GDP600兆円」の目標。しかし専門家の目から見たとき、この目標の達成は「経済の歴史改変」にも等しい困難を伴うようです。
口先だけで実現しなくても、無理をして市場を混乱させても、いずれの場合も大きなリスクが?40年近いエコノミスト歴を持つ「マン」さんが解説します。
安倍政権「GDP600兆円」の追求がもたらす2つのリスク
あの「所得倍増計画」よりも遙かに困難な新目標
第3次安倍内閣は、アベノミクスの第2ステージとして、現在500兆円のGDPを600兆円に増やすと言っています。安保法制を通す過程で国民の反感を買ったために、経済でポイント・ゲットを図りたいようですが、これが容易でありません。
口先だけで実現しないケースと、無理をして市場を混乱させるケースと、いずれにしてもリスクが伴います。
600兆円を任期中の2018年までに実現したいのか、2020年までか、明示していませんが、恐らく、「骨太」のシナリオにそって2020年に達成と想定していると考えられます。
5年でGDPを100兆円増やす。これは「安保闘争」後に池田内閣が打ち出した「所得倍増計画」に比べると地味に見えますが、実際はそれ以上に困難です。
安倍首相は「歴史を変える」と言っている
そもそも、この20年で名目GDPは500兆円前後を漂い、まったく増えていません。20年ゼロ成長だったものを、突然5年で100兆円(20%)も増やすというのは、歴史が変わることです。
この間、実質GDPは平均0.5%増え、GDPデフレーターは平均でマイナス0.5%でした。そして日銀によれば、潜在成長率はこのところ0~0.5%とされます。
これに対して、「骨太」のシナリオで2020年に600兆円とすると、この間の前提は実質2%、名目3%、GDPデフレーター1%上昇、との組み合わせになります。問題は、今のままではこれが実現しないことです。
日銀によれば、失業率3.4%はほぼ完全雇用にあり、需給ギャップ(潜在GDPと現実のGDPの差)はゼロとなっています。そのもとで資源をフルに活用して成長させても、潜在成長率の0~0.5%が実質成長率の限界になります。
つまり、政府が前提とする実質2%で5年間成長することはできません。
早急に潜在成長率を2%に引き上げる必要があります。そのためには、労働力の供給を増やすか、労働生産性を高めるような仕掛けをするしかありません。
人口の減少のもとでは、大規模な外国人労働力を受け入れるか、女性の労働参加率を大幅に高めるしかありません。でなければ、設備投資を経て生産性を大幅に引き上げることです。
しかし残念ながら先の「成長戦略」は効果を見せず、潜在成長率はいまだに低いままで、これから子育て支援をしても、そして出生率が1.8に高まったとしても、その労働力効果出現は20年先になります。つまり、実質GDPの2%成長持続というのは、非現実的な前提となります。
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これからの安倍政権と日本国民を待ち受ける、危険なシナリオ
それでも政府がGDP600兆円に拘れば、インフレにして名目GDPを高めるしかありません。例えば、今後5年間は実質成長率0.5%、名目成長率3%、GDPデフレーター2.5%上昇という組み合わせです。
これは日銀がデフレ脱却後も異次元緩和を続けてインフレにするケースです。黒田総裁も先日の会見で、600兆円目指して、日銀も最善の手を打つと発言しました。
しかし、これだけ景色が変わると、市場が混乱します。今の長期金利0.3%台というのは、日銀の買い入れはあるものの、名目ゼロ成長、ゼロインフレのもとで均衡しています。
それが一転して2.5%インフレ、3%の名目成長となれば、日銀が国債を買い続けても、長期金利は3%以上に急騰する可能性があります。新たな均衡点を探るからです。
10年国債の利回りが3%になると、国債価格は暴落し、これを保有する金融機関や投資家は大損します。これは株価にも大きな下げ圧力になり、企業の資金調達コストは大きく高まります。
財政でも利払い費が10兆円以上増え、財政を圧迫します。これらは景気を圧迫し、実質0.5%、名目3%成長を困難にします。
GDPの算出方法変更を織り込んだとしても――
一番ありそうな姿は、目標は掲げながらも、適切な手が打てずに、GDPが今のまま高まらず、アベノミクス「第2ステージ」に失望が高まるケースで、その場合はプライマリー・バランスの改善も頓挫します。
この差を縮めるために、政府は次回のGDP基準改定時に、新たに「研究開発投資」を設備投資に算入する案があり、その場合GDPは20兆円ほど高まります。
このように、GDP600兆円構想は、よほど綿密に、しかも強いリーダー・シップのもと、市場に細心の注意を払って望まないと達成できず、中途半端に頑張るとインフレで市場を混乱させるか、全く成果を挙げずに失望を買うことになります。
国民の気を引きたいのはわかりますが、却って政権の足を引っ張る要素にもなりかねません。
『マンさんの経済あらかると』(2015年10月9日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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