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杭打ち工事、現場の言い分。データ再調査は「パンドラの箱」となるか?=近藤駿介

新たな不正が見つかり、日増しに批判の声が高まっているマンションデータ改ざん問題。この風潮に異を唱えるのが、30年前に元請会社の技術者として杭打ち工事を担当した経験を持つ、元ファンドマネジャーの近藤駿介さんです。自然相手の工事における「必要悪」としてのデータ改ざんとは?

マンションデータ改ざん問題、同情したくなる現場の実情

「施工の品質」と「データ改ざん」は別問題

案の定、新たなデータ改ざん・流用が見つかった。発注した地方公共団体もメディアのコメンテーターたちも、こぞって建設会社の体質などに問題があるという怒りのコメントを繰り返している。

お怒りはごもっともだが、忘れて欲しくないのは「施工の品質とデータの改ざん・流用とは別の問題」だということ。ちゃんと施工された物件でも、データの改ざん・流用と指摘されても仕方ない行為が行われることは多々あるのが現実。

今回新たに見つかったデータ改ざん・流用は4件だが、興味深いのは4件とも公営住宅、中学といった公共のもの、つまり公共事業として行われたものだというところ。

公共事業では、工事が完成するまでに数回の調査が実施される。ここでの問題は、調査する側の人間が「専門的知見」を持っていないこと。たとえ大学等で建築や土木の勉強をしていても、実務経験がゼロである限り、実務的な「専門的知見」は身につかない。

「専門的知見」を持たない人達による検査は必然的に、必要な書類が揃っているかという「形式検査」になる。特に杭打ちとか、薬注といった完成した状況を目で見て確認できない部分はほぼ100%「形式検査(マニュアル検査)」になる。

つまり、施工者側からいうと、必要な書類・データを揃えておくことが目的化するということ。これは施工の品質とは別問題。

自然相手の工事における「必要悪」としてのデータ改ざん

当たり前であるが、杭打ち工事は外で行われる。雨も降れば雪も降るし、風も吹く。当然機械が故障することも電子機器類が故障することもある。作業環境を同一に保つことで、不良品を限りなくゼロに近づけるように運営されている工場とは環境が180度異なるのだ。

流量計が故障する、データ用紙が詰まる、データが雨に濡れて滲むということは、現場では想定されるトラブルでしかない。

例えば、コンクリートを注入し始めた時にこうした想定されるトラブルが起きた場合、データが正確にとれるまで作業を中止するだろうか。そんなことはない。

コンクリートを打ち始めたら途中で止めることはできない。止めてしまうと、そこに継ぎ目が生じ、所定の強度を保てなくなるうえ、作業を止めてしまえば、コンクリートがミキサー車や配管の中で固まってしまいコンクリートの品質が低下するといった、品質の面で大きな障害が生じるからだ。

品質のいいコンクリートを打つということは、時間との戦いでもある。

こうした品質上の問題があるため、作業中に想定されるトラブルが生じた場合、作業続行を優先するというのは、品質管理を優先する現場監督としては当然の判断になる。

しかし、データがないと検査が通らない。検査に通らなければ施工代金を受取ることができない。そこで現場監督は事務所に戻ってから、検査に必要なデータを準備することになる。こうして施工品質とは関係なく、データ改ざん・流用が行われていくことになる。

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実態は「マニュアル検査を通るための書類不備」がほとんど

公共事業における検査は、通常何回かに分けて実施される。杭打ち工事は工期の最初に行われるものであるから、最初の検査の段階でチェックを受けているはず。

問題は、この検査の時点でデータの改ざん・流用が見落とされていること。それはいまの検査が、「専門的知見」を持たない検査官たちによる、必要な書類が揃っているかをチェックするだけの「マニュアル検査」になっているからだ。

杭打ちなどは施工後に正しく施工されているかを確認することは、技術的にも物理的にもほぼ不可能なこと。それゆえ「再調査」は「マニュアル検査」に提出された施工データの再検査にならざるを得ない。

その結果、施工の品質とは無関係に行われたデータの改ざん・流用が大量に見つかることになる。そしてそれは、住民や発注者に対して不安感を与え、業界不信へと繋がっていく。

本当に正しく施工しているか確認するためには、現場に立ち会う以外にない。しかし、それは現実的ではない。私も30年前に元請会社の技術者として杭打ち工事を担当した経験があるが、1日中つきっきりで立ち会うのは無理なことで、下請け会社の責任者に任せる以外にない。

データ再調査は、全員を不幸にする「パンドラの箱」だ

データ改ざん・流用があったとしても、そのことが即施工品質に問題があることには繋がらないという現実をまず認識することが重要だ。

実際に建物や構造物に不当沈下が生じていなければ、杭打ちに問題があったと決め付けずに、「マニュアル検査」を通るための書類に不備があったと考えるのが現実的

この件で建物等の資産価値が低下することは避けられないが、それはお金等で解決する以外に方法はないのではないだろうか。「疑わしくば解体・立て直し」を迫られるのでは、施工を請け負う会社がなくなってしまいかねない。

杭打ち工事のデータの再調査は、パンドラの箱を開けてしまう行為となった。これによる混乱を拡大させないためには、施工会社のモラルや体制を非難するだけではなく、施工品質と施工データは別物であるという現実的な認識を持つことが重要だ。施工データは主に「マニュアル検査」を通るためのものなのだから。

エアコンの効いたオフィスで仕事をしている方々が、様々な自然現象のなかで行われている工事現場に関して、自分たちと同じ環境で工事が進められていると思い込むことは、本質的ではない問題の拡散にも繋がりかねない。

データの改ざん・流用はないに越したことはないが、「マニュアル検査」がある以上、現実的になくなることはない。今回の問題は、その部分を割引いて議論するべきである。そうでなければ収拾がつかなくなるだけだ。

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近藤駿介~金融市場を通して見える世界』(2015年10月30日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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