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どう見る?ジョージ・ソロスの「第3次世界大戦」警告と南シナ海の緊張

「ポンド売りでイングランド銀行を破産させた男」として知られる著名投資家のジョージ・ソロス氏が、「中国経済の構造転換と中露同盟が第3次世界大戦の引き金になる」と発言したのは今年5月のこと。

中国経済が不振に陥り、中露が接近、南シナ海の領有権を巡って米中が火花を散らすいま、市場筋ではあらためてこの「ソロスの警告」がクローズアップされている。果たして、今回の摩擦は大戦争に発展するのか?『ヤスの備忘録』連動メルマガの高島康司氏が、日本を含む関係周辺国の対応を踏まえて考察する。

南シナ海領有権問題はソロスが予言する大戦争の引き金となるか?

「国際法上、領海は認められない」米国がイージス駆逐艦を派遣

すでに散々報道されているが、まず事実確認から始めよう。

10月27日、米海軍横須賀基地を母港とするイージス駆逐艦ラッセンは「航行の自由作戦」のもと、中国が造成した人工島の「スービ礁」の12カイリ以内を航行した。

スービ礁は中国による埋め立て工事前は満潮時に水没する暗礁で、国際法上、領海は認められない。アメリカ政府はスービ礁周辺を国際水域・空域だと強調しており、中国の主張を認めないとの立場を米艦船の派遣で示した。ラッセンは「P8A」や「P3」などの哨戒機を伴っている可能性もある。

さらにアメリカ政府は、国際法で認められるあらゆる場所で飛行、航行し、活動するという従来の方針を強調し、「今後、数週間から数ヶ月の間に、さらなる海軍の作戦があるだろう」と述べて、こうした活動を継続する考えを示した。

「我が軍も艦船を派遣する」中国は猛反発

いっぽう中国は、国防省の報道官が27日夜に談話を出し、アメリカ海軍のイージス艦に対して、中国海軍のミサイル駆逐艦「蘭州」などが警告を与えたと発表するなど反発を強めており、今後強い非難が予想される。

さらに、中国の政府系メディア、『グローバルタイムス(環球時報)』は英文の社説で次のように激しくアメリカを非難した。

北京は嫌がらせに対抗する作戦を開始しなければならない。まず我々は米艦船を追尾すべきである。もし艦船が海域の通過にとどまらず、活動をエスカレートするようであれば、我が方としては電子的な手段で介入し、さらに我が軍の艦船を派遣し、米艦船に攻撃用レーダーを照射し、戦闘機を飛行すべきである。

このように主張し、侵入する米艦船に対しては中国軍も相応に対応する姿勢を明確にした。

米中の板挟みで静観する各国

こうした状況で、いち早く日本とフィリピンの2国だけが、今回のアメリカの艦船派遣への支持を明確にした。アセアンやEUをはじめ、他の国々は態度を明確にせず静観している状況だ。

どの国の経済も中国依存が深まり、中国との関係を悪化させることは回避しなければならないが、アメリカとの関係も悪化させることはできない。このような板挟み的な状況のため、どの国も態度を明確にせず静観している。

Next: 「イングランド銀行を負かした男」ジョージ・ソロス氏の警告とは?


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「イングランド銀行を負かした男」ジョージ・ソロス氏の警告

いっぽう、海外のサイトでは著名な投資家のジョージ・ソロス氏による今年5月23日の発言が注目されている。それは、第3次世界大戦の警告であった。

ソロスは、中国が輸出でなく内需に経済の主軸を移したとき、第3次世界大戦のシナリオは現実のものになるとしている。そのとき中国政府は、政権を維持するために外部に紛争を必要とするはずだという。

もしこのとき、中国がロシアと政治的、軍事的同盟を結ぶと世界大戦は現実のものとなるだろうと警告していた。

いま中国とロシアは、中露同盟と呼ばれるくらい近い関係にある。今回の米艦船派遣で、第3次世界大戦へと向かうシナリオが現実になりそうだというわけだ。

いち早く米国への支持を表明した安倍政権

他方、日本の安倍政権は、日米とアセアン諸国、ならびにオーストラリアやニュージーランドなどの周辺諸国が協調して、中国を封じ込めることを基本政策にしている。

そのような安倍政権から見ると、米艦船が中国が領有権を主張する人工島の海域を通過することは、周辺諸国が中国封じ込めで一致団結する絶好の機会になると見ているはずだ。

これこそ安倍政権が、アメリカに対する支持を真っ先に明確にした理由であるに違いない。

アジアにおけるロシアの拠点、ベトナム

だが、南沙諸島の領有権問題の当事国であるマレーシアやベトナムは、中国への経済的な依存を深めており、中国との関係には最大限気を使わざるを得ない状況だ。

ましてやベトナムは、アジアにおけるロシアの最大の拠点である。日本ではまったく報道されていないが、今年の6月30日、ロシアはベトナムに最新鋭の潜水艦を引き渡したばかりだ。これは、2009年に締結した5艘の最新鋭潜水艦の売買契約に基づいた引き渡しだ。

いまシリア空爆で、ロシア軍とロシア製兵器の優秀さが大変に注目されているが、ベトナムの兵器体系は基本的にロシア製である。ベトナムはロシアから最新鋭の「クラブ巡航ミサイル」を50基購入しており、すでに28基がベトナムに引き渡された。これらのミサイルの照準は、いざというときの抑止力として中国の各大都市に向けられている。

中東、欧州、中央アジアなどでは中露同盟が強化されつつあるが、こと東南アジアに関しては中国とロシアは一枚岩ではない。ベトナムが中国と敵対的な関係にはなればなるほど、ベトナムに兵器を提供しているロシアの軍事的な影響力が増すという関係にある。

するとロシアの影響力は、カンボジア、ミャンマー、ラオスなど他の東南アジア諸国へと拡大する可能性が出てくる。

他方アメリカは、ロシアを最大の仮想敵国として見ている。ロシアの影響力の拡大には非常に神経質になっている。そのような状況では、ベトナムと中国との敵対関係を助長するようなことはできない。結果的に、ロシアの東南アジアにおける軍事的な影響力を強化することになってしまうからだ。

ということは、アメリカは安倍政権が望むような、日米とアセアンが協力しての中国封じ込め政策を実施することは実質的にできないし、その意図もないと見たほうがよいだろう。

米国は、ベトナムとフィリピンにも領有権の主張を慎むよう警告

その証拠に、米イージス艦ラッセンは中国の人工島付近を航行する前日、ベトナムとフィリピンが領有権を主張する南沙諸島の島々の12カイリを通過した。

これはオバマ政権が中国に過度な領有権の主張をしないように警告を送るとともに、ベトナム、ならびにアメリカの同盟国のフィリピンに対しても同じ警告を発していることを示している。

ベトナムとフィリピンも中国ほど大きくはないが、領有権を主張している島々に施設を建設している。今回の米艦船の航行は、南沙諸島の領有権問題の他の当事国にも自制をするようにメッセージを発したと見たほうがよいだろう。

国内の共産党批判を懸念、妥協できない中国

したがって、今回のアメリカの意図は、安倍政権が望むように中国を封じ込めることではない。

人工島の建設による領海の主張を許してしまうと、中国は公海の好きな場所に人工島を作り領海を主張する可能性が出てくる。いくらなんでもこれは国際法上許されないとして、アメリカは抗議したというのが今回の米艦船派遣の意図である。

いっぽうアメリカのこのような行動に対して、中国は簡単に妥協できない立場にある。もし習近平政権が妥協すれば、ナショナリズムで盛り上がった国内の世論は一斉に習近平政権批判を開始し、共産党一党独裁がかなり不安定になってしまう。これは大変に大きなリスクだ。

これを回避するためには、おいそれとアメリカの要求にしたがい、妥協することはできない。また中国が妥協する場合、中国の面子が最大限に立ち、中国が勝ったと主張できる状況でなければならない。

Next: 「人民元の国際通貨化」が取引材料か。大戦争はひとまず回避も――


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人民元の国際決済通貨化で早期に手打ちか?

しかしアメリカは、中国が妥協しやすくなる方法をメッセージとして出していた可能性が高い。

国際情勢を読む場合、事件が起こった日の前後にどのような出来事があったのか見ると、裏の流れを読むことができる。意外な出来事が相互に結びついており、そのつながりを読むと、見えなかった状況が可視化できるようになる。

南シナ海における米艦船の派遣があった前日、IMFは「特別引き出し権(SDR)」を構成する通貨に、中国の人民元を採用する方向で最終調整に入ったというニュースが流れた。主要国に異論がなければ、IMFは11月に開く理事会でこれを最終決定する。

これは、人民元を国際通貨であるSDRに採用するよう求めてきた中国の要望の実現である。中国はこれを、人民元の国際通貨化の第一歩と考えている。

ちなみにSDRとは、加盟国がIMFから金を借りたり返したりする時に利用される単位。米ドル、日本円、ユーロ、英ポンドの4通貨をもとに算出されているが、これに人民元が加わるということだ。

これは習近平政権にとっては中国の国際的な地位が高まり、「偉大な中国」の実現に一歩近づいた勝利の証しとして、国内のキャンペーンに使うことができる。これで中国国民のナショナリズムの欲求は満足されることになるはずだ。

おそらくオバマ政権は、人民元のSDR構成通貨採用を妥協のための取引材料として提示し、南シナ海の人工島の領有権の妥協を迫ってくることだろう。

筆者は、中国はこの妥協案を受け入れる可能性はかなり高いのではないかと思う。もし筆者の読みが正しければ、11月に入るとすぐに人民元国際通貨化が大きなニュースとして報じられ、中国国内でもこれを喧伝する大きなキャンペーンが実施され、南シナ海における米艦船の航行は忘れ去られるだろう。

他方中国は、妥協の証しとして、米艦船の人工島周辺海域の航行を黙認し、この海域に対する中国の領有権の主張を実質的に取り下げると思われる。

ということは、今回の米艦船の航行はジョージ・ソロスが指摘したような第3次世界大戦のきっかけではないし、深刻な事態の引き金になるような状況ではないと見たほうがよい。

次の衝突は始まっている

しかし、中国の志向する新しい国際秩序とアメリカの覇権を基礎にした既存の秩序が、なんらかの形で衝突する可能性は否定できない。だがこれは、今回の出来事が引き金になるわけではない。本当の引き金はまったく違う地域で別な形で引かれる可能性が高い。

そして、すでにそのスケジュールは決まっており、日本の「集団的自衛権」の可決の日程は、これに基づいて決定された可能性が高い。

これについては、別の機会に書くことにする。

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未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』(2015年10月30日号)より一部抜粋、再構成
※太字はMONEY VOICE編集部による

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