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英訳すると見えてきた“一億総活躍”が真に意味するもの=佐藤健志

突如登場した「一億総活躍」のスローガン。あまりの意味不明さに、民間議員の菊池桃子さんは「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」への言い換えを提案しましたが、余計に分かりづらいとの声も。これに関して、作家・評論家の佐藤健志さんは、「ゴマカシのために使われている言葉は、翻訳するとボロを出すことが多い」と言います。政治家が多用する曖昧な日本語は、いちど英語に訳してみると、その本質を見極めやすくなるようです。

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2015年10月14日号より
※本記事のタイトル・リード文・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

「一億玉砕」と「一億総活躍」ゴマカシの日本語は翻訳でボロが出る

現実を言葉で粉飾したがるのは人間の本性

言葉は現実を的確に認識するための重要な手段ですが、使い方次第では、現実から目をそむけ、幻想、ないし妄想に自閉するための手段ともなります。

早い話がゴマカシの道具。

「国家歳入の激減」を「民衆の税負担の軽減」と言い換えたり、「壊滅的打撃」を「損害軽微」と言い換えたりするのは、その典型的な例でしょう。

これにならえば、TPPの発効や農協改革が日本の農業に与える影響も、「損害軽微」ですむこと間違いなし。

TPPそのものにしたところで、「主権喪失への巨大なステップ」ではなく、「第2の開国」や「中国に対する経済的包囲網」となります。万事快調、めでたしめでたし!

……冗談はさておき。

都合の悪い現実を言葉で粉飾したがるのは人間の本性ですから、こういった言葉の使い方を完全に阻止することはできません。

ただし予防策がないわけではない。同じことを別の言語で言ったらどうなるか、考えてみることです。

なぜか。

言語は、それぞれ独自の文化を背負っている。そして文化には、それぞれ独自の慣習、ないし約束事があります。「どんな言葉の使い方をしたら、現実から目をそむけられるか」は、この慣習や約束事と密接に関連しているのですよ。

「玉砕」の欺瞞と現実逃避

玉砕」を例に取りましょう。これは「玉砕瓦全」(ぎょくさいがぜん)というフレーズに由来する言葉。「瓦のようにつまらぬ存在として生きながらえるより、宝石のごとく美しい存在として死ぬ」ことを意味します。

明治時代につくられた軍歌「敵は幾万」にも、「瓦となりて残るより 玉となりつつ砕けよや」という一節がありました。

そんな予備知識がなくとも、字面からして、何か高貴な滅び方をしたことは想像がつく。だからこそ、「全滅」を美化する表現となり得たのです。

日本語が背負った漢字文化の慣習を駆使して、ミもフタもない現実を粉飾したわけですね。しかるにこのニュアンスを、漢字文化と縁のない英語で表現できるか。

「They fought honorably to the last man」
(最後の一人にいたるまで気高く戦った)

とすれば、おおまかな意味は伝わるかも知れませんが、長ったらしいうえ、「玉砕」が持つ粉飾効果とは程遠い。「頑張りはしたものの、全滅は全滅だ」という感じなのです。

言い替えれば、ゴマカシのために使われている言葉は、翻訳するとボロを出すことが多い。

かつて東大で教えていたある政治学者など、学生がいい加減な言葉の使い方をするたび、「君、それを英語で言ったらどうなるかね?」とツッコミを入れるのを得意技としていました。

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安倍政権は「一億総活躍」を海外にどう伝えているか

さて。第2ステージ、またはプランBに入ったとされる現政権の経済政策、いわゆるアベノミクスのスローガンとして「一億総活躍(社会)」なるものが出てきています。「一億総活躍担当相」というポストまで新設され、加藤勝信さんが就任したのはご存知のとおり。

しかし一億総活躍とは、具体的にどういうことなのでしょうか?加藤勝信さんはご自分の仕事について、こう語っています。

「『強い経済』『子育て支援』『安心につながる社会保障』。(名目GDP)600兆という目標もある。そういったものを実現していくための政策をまとめ上げていきたい」

しかしそれなら、「アベノミクス達成担当相」で問題はないはず。ここで挙がっているのは、総理が第2ステージのターゲットとして掲げたものばかりなんですから。

事実、地方創生相の石破茂さんは、こう発言しました。

(一億総活躍は)最近になって突如として登場した概念だ。国民の方々には「何のことでございましょうか?」という戸惑いみたいなものが、全くないとは思っていない
出典:1億総活躍相、担当は何? 石破氏「突如登場した概念」 – 朝日新聞(2015/10/10)

石破さんの主張はもっともです。「経済政策の達成」と言えば済むものを、なぜわざわざ「一億総活躍」と呼びたがるのか?

英訳で消えた「一億」の数字。その本質は?

こういう怪しげな言葉については、翻訳してみるのが一番。「一億総活躍担当相」の英語訳は、首相官邸の公式サイトによれば以下のようになっていました(初出時)。

Minister in Charge of Promoting Dynamic Engagement of All Citizens
出典:首相官邸ホームページ(英語版)

(編注:現在は「Minister for Promoting Dynamic Engagement of All Citizens」に変更された)

長ったらしい点は不問として、直訳すれば「全国民の『ダイナミック・エンゲージメント』推進担当相」。では、「ダイナミック・エンゲージメント」とは何を意味するのか。

エンゲージメントには「約束」「婚約」「債務」「雇用」などの語義があります。これらすべてに共通しているのは「責任を伴う関わり」であること。

よって「ダイナミック・エンゲージメント」は、「責任を伴う関わりを、積極的に持つ」ことと解せます。

ならば「一億総活躍相」も、「責任を伴う関わりを、全国民が積極的に持つよう推進する担当大臣」となるものの、いったい何に対して、責任を伴う関わりを積極的に持たせるのか?

加藤大臣の発言を見れば、答えは明らかでしょう。ずばり、アベノミクス第2ステージに対してです。

「一億総活躍」とは、「経済政策の成否をめぐる責任を、政府が負わずに国民に転嫁すること」を意味していたのでした!

やはりゴマカシのために使われている言葉は、翻訳するとボロを出すのですよ。ではでは♪

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