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公募価格を割り込んだツクルバが、さらに投資評価を上げるために必要なこととは?

7月31日、東証マザーズに新規上場したツクルバ。IT技術を活用した不動産物件の情報流通サービスとワークスペースのシェアリングサービスを提供しています。(イノベーションの理論でみる業界の変化

本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年9月10日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。

利用者の横のつながりを提供することはできるのか?

『ジョブ理論』を前提にシェアードワークプレイス事業を考える

株式会社ツクルバ<2978>(以下、同社)は、2019年7月31日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、IT技術を活用した不動産物件の情報流通サービスおよびワークスペースのシェアリングサービスの提供です。

同社の株価は、公募価格2,050円に対して同じく初値は2,050円をつけました。なお、9月9日時点の株価は2,160円です。

ツクルバ<2978> 日足(SBI証券提供)

クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。

では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。

ビジネスモデルの特徴

同社グループは、cowcamo(カウカモ)事業およびシェアードワークプレイス事業の2つの事業を展開しています。

cowcamo(カウカモ)事業は、リノベーションマンションに特化した住宅情報メディアサービスを通して、売り手と買い手の仲介を行い、その対価として手数料を得ます。

シェアードワークプレイス事業は、個人顧客および法人顧客に働く場を提供し、その対価として収益を得ます。なお、収益モデルはサブスクリプション型を採用しており、月単位または一日単位でのサービス利用料を得ています。

ビジネスモデル的にみれば、cowcamo(カウカモ)事業のそれは、人々がリノベーション・中古マンションを交換する場を提供するネットワーク促進型事業であり、シェアードワークプレイス事業のそれは、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──働く場所──へと変換する価値付加プロセス型事業です。

同社グループは、対処すべき課題の一つとして「エージェントサービスのオペレーションの高度化・効率化」を、事業等のリスクとして「事業環境に関わるリスク」「cowcamo(カウカモ)事業に関わるリスク」「シェアードワークプレイス事業に関わるリスク」等をあげています。

思考実験──片づけるべき用事とは

『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。

1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。

2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。

3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。

4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。

5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。

出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)

Next: 『ジョブ理論』を通じて見る、ツクルバの欠点とは?



用事の特定

イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。

今回は、同社グループが課題としてあげる「エージェントサービスのオペレーションの高度化・効率化」を取り上げます。同社グループはそれを、次のように認識しています。

当社は、これまでに開発してきた業務管理システム、蓄積してきたノウハウにより、エージェントサービスの生産性向上とサービス品質の両立を図っております。

しかしながら、今後の事業成長のためにはさらなるユーザー数の増加が必要であり、恒常的な収益性の向上を実現するためには、引き続きオペレーションの高度化・効率化が重要であると考えております。そのため、蓄積された顧客データ・業務データのさらなる活用、業務の自動化等の施策を実施してまいります。

顧客──スタートアップ、個人事業主、クリエイターなど──がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「仕事をする場を確保する」ということ。感情的側面として、使用者としての顧客は「感覚訴求」「デザインや美観」「魅力」「癒し」といったことを、意思決定・購入者としての顧客は「コスト削減」「利便性」を重視するでしょう。また、社会的側面としていずれの場合も「つながりの提供」も重視するでしょう。

なお、同社グループは、シェアードワークプレイス事業における競争優位性については、次のように認識しています。

当事業においては、クリエイターをはじめとするフリーランサーや成長企業のニーズに特化し、ワークスペースの提供に加え、当該顧客ターゲットの嗜好に適したコミュニティ形成や支援サービスを統合して提供することで、類似する事業者に対する競争優位性の構築を図ってまいりました。

しかしながら、将来、資本力のある企業が当社と同様のポジショニングによる事業展開を行う場合など、当社の競争優位が凌駕された場合には、当社の経営成績及び財政状態に影響を及ぼす可能性があります。

体験の構築

用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。

顧客がシェアードワークプレイスを雇うとする際に障害になり得るのは、一つには、そのなかで横のつながりが乏しいことです。確かに、同社グループは「ワークスペースの提供に加え、当該顧客ターゲットの嗜好に適したコミュニティ形成や支援サービスを統合して提供することで、類似する事業者に対する競争優位性の構築を図ってまいりました」としています。しかし、「当該顧客ターゲットの嗜好に適したコミュニティ形成」というだけでは、必ずしも十分とはいえません。

クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

枠にとらわれない考え方をするには、自分のよく知っている分野のアイデアと、ほかの「枠」を足場とする人たちのアイデアを、結びつけなくてはならないことが多い。イノベータは多様な人たちとのネットワークを通してアイデアを探し、試すことに時間と精力をかけるうちに、物事を根本的に異なる観点からとらえられるようになる。

つまり、顧客の嗜好に適したコミュニティを形成しても、それだけで彼らが物事を根本的に異なる観点からとらえられるようになるとは限らないということです。

いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、顧客は「枠にとらわれない考え方をすることで、物事を根本的に異なる観点からとらえられるようになる」というすぐれた体験ができるようになるでしょう。

Next: 業績の評価が変化するような、行うべき取り組みとは?



プロセスの統合

最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。

社内プロセスの統合という意味で同社グループの課題となるのは、クリステンセン教授たちが指摘するように、顧客が多様な人たちとのネットワークを築けるように支援することです。

では、同社グループがそうした取り組みをはじめるのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。

・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。

この指摘を踏まえるのであれば、同社グループはリトル・ハイア──新しいアイデアが生まれた件数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。

【参考文献】

・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・クレイトン・クリステンセン/著 ジェフリー・ダイアー/著『イノベーションのDNA破壊的イノベータの5つのスキル』(翔泳社)
・有価証券届出書(新規公開時)


本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年9月10日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

image by: Evan El-Amin / Shutterstock.com

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イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年9月10日号)より一部抜粋

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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。

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