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HPCシステムズは、顧客が味とパフォーマンスを楽しめる調理ロボの頭脳が作れるのか

HPCシステムズ<6597>は、9月26日東証マザーズに新規上場しました。同社の株価は、公募価格1,990円に対して初値は1,870円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化

本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月16日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。

初値は公募価格から6.03%下落し、1,870円でスタート

HPCシステムズをジョブ理論の視点からみる

HPCシステムズ株式会社<6597>(以下、同社)は、2019年9月26日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、科学技術計算用コンピュータに関連するソリューションの提供および顧客仕様の産業用コンピュータの開発、製造、販売です。

同社の株価は、公募価格1,990円に対して初値は1,870円をつけました。差異率は-6.03%と値を下げました。なお、10月15日時点の株価は1,630円です。

クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。

では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。

ビジネスモデルの特徴

同社は、科学技術計算用コンピュータ事業(HPC事業)と産業用コンピュータ事業(CTO事業)の2つの事業を展開しています。HPC事業は、特にライフサイエンス(生命科学)とマテリアルサイエンス(材料科学)分野の顧客──大学、研究機関、企業──を重視しており、彼らに科学技術計算用コンピュータに関連するソリューションを提供する対価として収益を得ます。

CTO事業は、顧客──大学、研究機関、企業──が決めた仕様に応じた産業用コンピュータの開発、製造、販売を行い、その対価として収益を得ます。

ビジネスモデル的にみれば、いずれの事業のそれも、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──科学技術計算用コンピュータに関連するソリューショおよび産業用コンピュータ──へと変換する価値付加プロセス型事業です。

同社は、対処すべき課題の一つとして「成長分野への対応」を、事業等のリスクとして「景気動向及び産業動向の変動による影響」「内部管理体制」「技術革新への対応」「特定の人物への依存」「特定仕入先への依存」等をあげています。

Next: HPCシステムズが今後、成長するために取り組むべき課題とは?



思考実験──片づけるべき用事とは

『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。

1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。

2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。

3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。

4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。

5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。

出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)

用事の特定

イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。

今回は、同社が課題としてあげる「成長分野への対応」を取り上げます。同社はそれを、次のように認識しています。

最新のICT(情報通信技術)分野では、AIや機械学習の本格導入が始まり、関連市場が成長期に移行しつつあると考えております。当社がHPC事業にて推進している計算科学分野でも、AI技術を活用した研究開発活動がさまざまな課題解決に向けて広がりを見せるとともに活発化しています。また、5Gサービスの開始により多くの産業分野や社会基盤に関わるところで本格的なIoTの実現と成長が見込まれており、エッジコンピューティングと親和性の高いCTO事業の拡大が見込まれています。

このように当社は、最先端のコンピューティング技術を活用したサービス展開を追求しています。そのために、AI、エッジコンピューティングといった最先端のコンピューティングにまつわる技術を関連技術とともに常に捕捉し、新しい技術を研究・獲得し、社内共有することで新たなサービスの開発へと結び付けていく必要があります。

最近ではCTO事業の顧客企業の製造現場においても、AI、特にディープラーニングといった従来であればHPC事業に属するニーズも出てきております。つまり、AI、ディープラーニングやエッジコンピューティングといった最先端のコンピューティング技術においては、当社の両事業の垣根を越えた体制が必要となる可能性が考えられますので、当社では、まず両事業の技術部門のコミュニケーションの強化を図る方針であります。既にCTO事業の産業用コンピュータの開発段階において、HPC事業のAI等に関する先端技術情報を共有し、産業用コンピュータの開発段階に組込むことでCTO事業の顧客企業の製造現場のニーズに応えております。このように先端技術情報の共有を図り、成長分野における新しい商機への対応を図ってまいります。

上記で着目したいのが「既にCTO事業の産業用コンピュータの開発段階において、HPC事業のAI等に関する先端技術情報を共有し、産業用コンピュータの開発段階に組込むことでCTO事業の顧客企業の製造現場のニーズに応えております」という点です。具体的には、調理ロボの頭脳です。なぜなら、調理ロボには、調理するだけでなく臨機応変な顧客対応が求められることがあるからです。

こういった状況で顧客──飲食店やホテルなど──がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「食品を料理する」ということ。意思決定者であれば、感情的側面として「品質」「バラエティ」に加えて「感覚訴求」「娯楽」を、社会的側面として「人手不足」といったことを重視するでしょう。

Next: HPCシステムズが調理ロボの頭脳を構築する際に考えるべきこととは?



体験の構築

用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。

顧客が調理ロボを雇うとする際に障害となり得るのは、一つにはメニューを増やすことです。その度に、店の従業員が調理ロボに手順を教えなければいけないようでは話になりません。また、顧客によっては、有名店の味を再現したいと思う場合もあるでしょう。

いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、顧客の店に来店する客は「目の前で繰り広げられる調理ロボのパフォーマンスを楽しみながら美味しい料理が味わえる」というすぐれた体験ができるようになるでしょう。

プロセスの統合

最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。

社内プロセスの統合という意味で、同社にとって課題となるのは、簡単・便利に調理ロボが調理を覚えられるようにすることです。ただし、調理のパフォーマンスはAIに動画を学習させれば再現できるかもしれませんが、肝心の味付けを学習させるのは簡単ではありません。それが課題です。

では、同社がこうした調理ロボの頭脳に取り組むのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。

・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。

この指摘を踏まえるのであれば、同社はリトル・ハイア──調理ロボが作った料理の数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。

【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
コネクテッドロボティクス、調理ロボの実験を公開‐日本経済新聞(2019年7月18日公開)
ピック使いも職人級 厨房支える調理ロボ‐日本経済新聞(2019年2月19日公開)
スタートアップの調理ロボ、人手不足の現場を救う‐日本経済新聞(2019年8月13日公開)
・有価証券届出書(新規公開時)


本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月16日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年10月16日号)より一部抜粋

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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。

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