ジェイック<7073>は、10月29日東証マザーズに新規上場しました。同社の株価は、公募価格4,750円に対して初値は+117.26%の1万320円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年12月24日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。
初値は公募価格から117.26%上昇し、1万320円でスタート
ジェイックをジョブ理論の視点からみる
株式会社ジェイック<7073>(以下、同社)は、2019年10月29日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、主に中堅中小企業に対する教育研修サービスの提供です。
同社の株価は、公募価格4,750円に対して初値は1万320円をつけました。差異率は+117.26%と2倍以上になりました。なお、12月23日時点の株価は7,780円です。
クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。
では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。
ビジネスモデルの特徴
同社グループは、就職ポテンシャル層に対し、キャリアカウンセリング・研修・各種セミナー等を実施し、彼らを主要顧客である中堅中小企業に紹介し、その対価として収益を得ます。また、顧客に対して研修・セミナー・教材を提供し、その対価として収益を得ることもあります。
なお、同社グループは「就職ポテンシャル層」を次のように定義しています。
「就職ポテンシャル層」 とは、フリーターや第二新卒、大学中退者や就活に苦戦したり出遅れたり、地方故に就職活動に制約があったりする大学4年生、留年生、留学生など、各々の事情によって採用市場において不利な立場に置かれているものの、就職活動という人生の中でも大きなライフイベントを経て成長を遂げたり、自分に合った企業や仕事に出会うことで意欲や才能に目覚めたりする可能性がある人材層と当社グループが定義したものであります。
ビジネスモデル的にみれば、同社グループのそれは、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品(各種セミナーや教材等)へと変換する価値付加プロセス型事業です。
同社グループは、対処すべき課題の一つとして「新規サービスの実現」を、事業等のリスクとして「人材サービス業界の動向について」「事業の許認可と法的規制について」「コンプライアンスについて」「求職者の集客について」「求人企業の確保について」「クライアントと求職者の適正なマッチングについて」等をあげています。
Next: ジェイックが今後、成長するために取り組むべき課題とは?
思考実験──片づけるべき用事とは
『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。
1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。
2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。
3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。
4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。
5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。
出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)
用事の特定
イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。
今回は、同社グループが課題としてあげる「新規サービスの実現」を取り上げます。同社グループはそれを、次のように認識しています。
これまでに「就職カレッジ(R)」から「女子カレッジ(R)」や「セカンドカレッジ(R)」、「新卒カレッジ(R)」を派生させてきたように、20代の未就業者の中で細かくセグメントを分けることで、対象となる求職者のニーズを掴んでまいりました。一方で、30代のフリーター、留年生、留学生、育休明けのママやシングルマザー、高卒や通信制高校卒の未就業者など、「就職ポテンシャル層」はまだまだ存在していると認識しております。テストマーケティングを積み重ねることで適切なセグメンテ─ションを行い、セグメントに合ったサービスを開発することでさらなるサービスを創出してまいります。
また、時代の変化に伴って求職者の趣向やクライアントのニーズも変わってまいりますので、教育融合型人材紹介サービスの根幹となる教育研修サービスにおいても、新しいコンテンツの開発、ライセンスの取得に取り組み、時代の変化に適応してまいります。
ここで着目したいのは、副収入を得たいという「求職者の趣向」と社員成長や新事業に期待する「クライアントのニーズ」つまり、副業です。
こういった状況で、一方の顧客である求職者がなし遂げようとする進歩の機能的側面は「仕事を探す」ということ。感情的側面として「副収入」「時間の節約」「労力の軽減」「面倒の回避」「キャリアアップ」といったことを重視するでしょう。
もう一方の顧客であるクライアントがなし遂げようとする進歩の機能的側面は「副業を解禁する」ということ。意思決定者であれば、感情的側面として「自社社員の成長」「新規事業の立ち上げ」、社会的側面として「外部のノウハウを吸収する」といったことを重視するでしょう。
Next: ジェイックがすべきは、研修などを通じたスキルアップと適正なマッチング
体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。
求職者にとって障害となり得るのは、副業可な就業先を見つける前に、そもそも一般の就業先を見つけられないことです。同社グループがターゲットとする就職ポテンシャル層は、採用市場において不利な立場に置かれているからです。一方、クライアント側にも障害があります。一つには、日経の記事が指摘するように「複数の職場で働く従業員の労務管理などの課題も残る」ということです。
いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、求職者は「副業可な就業先で本業と副業に取り組むことでキャリアアップにつながる」、クライアントは「自社社員が外部のノウハウを生かすことで新規事業の立ち上げにつながる」というすぐれた体験ができるようになるでしょう。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。
ジャン・ティロールは、同社グループのような二面プラットフォームに特徴的な戦略として次をあげています。
第一の戦略は、売り手を競争させることだ。
第二の戦略は、場合によっては価格統制を行うことである。
第三は、品質管理を徹底することである。
第四は、情報の提供である。
これらを踏まえるのであれば、社内プロセスの統合という意味で同社グループの課題となるのは、売り手である求職者やクライアントの社員に研修等を施して競争力をつけること、先の売り手側と彼らを受け入れる買い手側の品質管理を徹底すること、売り手側と買い手側の双方に情報を提供して適正なマッチングにつなげることです。
では、同社グループがこうした取り組みを行うのであれば業績の評価基準をどうすればいいでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。
ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。
・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、同社グループはリトル・ハイア(マッチングの件数)を業績の評価基準とするのが得策だということになります。
【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン・M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・ジャン・ティロール/著、村井章子/訳『良き社会のための経済学』(日本経済新聞出版社)
・大副業時代を生きる、副収入で老後資金も‐日本経済新聞(2019年12月7日公開)
・副業解禁、主要企業の5割 社員成長や新事業に期待(2019年5月20日公開)
・有価証券届出書(新規公開時)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年12月24日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。