先日掲載の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の記事「中国主導のAIIB、参加国が70か国に激増。日米さらに孤立」に対して、読者の方からご意見が届きました。投稿者が友人のストラテジストに聞いたところによると、「AIIBに英独仏が参加しているのは、中国の暴走を押さえ込むためのG7の戦略」であるとのこと。それが真実だとすると、中国がまんまとアメリカを含むG7の策略にはまっていることになりますが…、メルマガの著者である北野幸伯さんは、異なる見方をしているようです。
アメリカは弱体化し、G7すら支配できていない現実
先日配信の記事について。まだ読まれていない方は、まずこちらをご一読ください。
● 中国主導のAIIB、参加国が70か国に激増。日米さらに孤立
これについて読者のSさまから、ご意見をいただきました。
北野様
何時も貴重な情報有り難うございます。貴殿のAIIBの見解につき一言述べさせて頂きます。
G7いやG20の主要国家でAIIBに不参加は日米。貴殿はアメリカの言うことを無視しイギリスが参画したので各国が参画した! として中共がアメリカに勝った! としてます。
しかし狙いはAIIBに関するG7首脳会議を秘密裏に実施して世界No1、3(実質はNo1、2ですが)日米が不参加にしてイギリス、ドイツ、フランス等G7組が主導して中共のAIIB運用を制御。且つ若し中共が力を行使したら外から日米が叩く、且つG7組が脱退して中共の面子を潰す。と言うG7戦略です。
もうひとつは中国共産党一党独裁軍国主義ファシズム専制統治国家の中華人民共和国の統治システムをG7並にするべく金融システムから中共を国際水準にして中国共産党特権階級の強硬派を押さえ込む戦略です。
友人のHSBCストラテジストに聞きました。御見解下さい。
まず、基本的なところから。
イギリス、ドイツ、フランス等G7組が主導して中共のAIIB運用を制御。
中国は、AIIB議決権の26%を握っているので、英独仏が主導することは不可能です。AIIBは、事実上、「中国が支配する国際金融機関」です。
次に、Sさま(あるいはHSBCストラテジスト)は、「G7は表面的に分裂しているように見えるが、実は一体化して動いている」というご意見。そうなのでしょうか?
日本と世界の見方のズレ
よく「日本の常識は、世界の非常識」とか、「日本の非常識は世界の常識」などと言います。それがホントかどうかはわかりませんが、実際、「日本国内の見方と世界の見方は違う」と思うことがあります。
一番最初に感じたのは、1990年のこと。この年、私はモスクワに留学しました。すると、ソ連人も世界中から来ていた留学生も、みんな日本のことが大好きだった。「自虐史観」で育った私は、「おいおい、日本は世界中で嫌われているんじゃないのか???!!!」と驚いた。「洗脳」から解放されたのですが、別の言葉で「日本国内の情報と、外国の情報のギャップに気がついた」ともいえます。
今も、日本国内の情報と、世界の情報には大きなギャップがあります。たとえば、「G7は、一つにまとまっていて、一体化して動いている」。これは、「アメリカは今もとても強く、G7を支配している」という考えが基になっているのでしょう。
アメリカは、確かに強力です。GDPでも軍事費でも、圧倒的に世界一。しかし、相対的に、その力は衰えている。だから、オバマは、「アメリカは世界の警察官ではない!」と言う。トランプは、「アメリカを、『再び』偉大な国にする!」と言う。つまりトランプと彼を支持している米国民は、「アメリカは現状、『偉大ではない』」と認識している。
実際、世界の見方は、「アメリカ一極世界は、08年からの危機で終わった」です。オバマ時代の8年で、アメリカは、ますます弱くなった。「アメリカは、今も世界の隅々までを支配している。G7諸国は、アメリカの言いなり。だから、AIIBに関する行動についても、何か『裏』があるはずだ」に関して、私はそう思いません。
シリア攻撃ドタキャンで露呈した米英仏の分裂
一つわかりやすい例をあげておきましょう。
G7というと、日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、カナダです。
2013年8月、オバマは、「シリアを攻撃するぞ!」と張り切っていました。理由は、「アサド軍が化学兵器を使ったからだ」と。「特別な関係」にあるイギリスと、フランスは同調しました。ところが8月末、まずイギリスが、「やっぱ戦争するのやめた」と反対にまわった。これは、議会が反対したからです。そして、フランスも反対にまわった。結果、オバマは2013年9月10日、戦争を「ドタキャン」せざるを得なくなった。これでオバマは、大恥をかき、「史上最弱のアメリカ大統領」とさんざん批判されました。
もし「アメリカは強力で、他のG7諸国は言いなりだ」というのなら、なぜイギリスやフランスは、アメリカに逆らって戦争反対にまわったのでしょうか? 答えは、「アメリカに逆らって反戦になっても、怖くない」と判断したからでしょう。実をいうとアメリカは、「G7諸国すら完全支配できていない」状態なのです。
「AIIB事件」を振り返る
アメリカの現状を理解したところで、「AIIB事件」について振り返ってみましょう。私の見解は、「アメリカと特別な関係」と呼ばれたイギリスが、先頭を切ってアメリカを裏切り、「雪崩現象が起こった」でした。もちろん根拠もあります。ロイター2015年3月24日付をみてみましょう。
欧州諸国は今月、いずれも先発者利益を得ようとAIIBへの参加を表明。米国の懸念に対抗したかたちとなった。いち早く参加を表明した英国のオズボーン財務相は議会で行った演説で、AIIBが英国にもたらす事業機会を強調した。「われわれは、西側の主要国として初めてAIIBの創設メンバーに加わることを決定した。新たな国際機関の創設の場に存在すべきだと考えたからだ」と述べた。この演説の前には、ルー米財務長官が電話で参加を控えるようオズボーン財務相に求めていた。
アメリカが「AIIBに参加するな」と要求し、イギリスは、それを無視したことがはっきりわかります。これで、他の国々は、「アメリカと世界一仲良しのイギリスがAIIBに入るのなら、私たちも許されるであろう」と判断します。
米国の緊密な同盟国である英国のこの決定を受け、他国の参加ラッシュが始まった。英国の「抜け駆け」を不満とする独仏伊も相次ぎ参加を表明し、ルクセンブルクとスイスも素早く続いた。
(同前)
中国は、大敗北を喫したアメリカを笑います。
中国国営の新華社は論評で「ドイツ、フランス、イタリア、そして主要7カ国(G7)のメンバーで米国の長年の同盟国でもある英国の加盟は、米国が掲げる『反AIIB』の動きに決定的な亀裂を生じさせた」とし、「負け惜しみは米国を孤立させ、偽善的にみせる」と批判した。
「負け惜しみはアメリカを孤立させ、偽善的にみせる」そうです。
以上が、Sさまのおたよりへの回答になります。私もHSBCストラテジストの見解が、「正解であればいいが…」とは思います。しかし、素直に、「アメリカも弱くなったな…」ということではないでしょうか? 繰り返しになりますが、だからトランプさんは、「アメリカを、『再び』偉大にする!」と言うのです。いま偉大であれば、『再び』とは言わないはずです。
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