安倍首相最大の外交成果「インド太平洋構想」の甚だしい時代錯誤

 

さて、どう読み解けばいいか?

第1に、これは徹頭徹尾、中国主敵の軍事的包囲網形成の呼びかけである。この呼び名を「戦略」から「構想」に置き換えれば中国は少し安心するかもしれないなどと考えること自体が小賢しいとしか言いようがない。

南シナ海が「北京の海」になりつつあるという表現は、米国のネオコンや反共・反中国人が好きな言い回しで、もしかすると安倍首相はその連中に媚びようとしてこれを書いたのかもしれない。

第2に、南シナ海が「核弾頭搭載ミサイルを発射可能な中国海軍の原子力潜水艦を配備するに十分な深さ」があり、特に増強著しい米本土を攻撃可能な戦略ミサイル原潜がそこを主要な活動フィールドにしつつあって、それに対して米国が常にナーバスになっているのは事実である。が、それは必ずしも隣国への脅威ではないし、ましてや東シナ海における脅威とは直接には関係がない

第3に、その東シナ海の尖閣周辺に「軽武装の中国巡視船」が出没しているのは事実だが、それらが「尖閣諸島周辺で演習を毎日繰り返すという事実は12年当時も今もない。海上保安庁のホームページを見れば分かるとおり、中国巡視船の尖閣周辺領海・接続水域への侵入はほぼルーティーン化されていて、領海に関して言えば最近は月に1~2回、1回につき3~4隻、領海内に止まる時間は2時間程度と決まっている。

第4に、従って、尖閣で「日本が屈すれば南シナ海はさらに要塞化される」というような因果関係は必ずしも成り立たない。アジテーションにすぎない

第5に、要塞化というのは中国が南シナ海・東シナ海を完全にブロックして日韓の貨物船も米日の軍艦も立ち入れなくなるという意味だろうが、そんなことをすれば戦争になるのは必然で、戦争になれば中国のシーレーンも閉ざされてしまう

結局、以上のようなおどろおどろしい危機シナリオは、まともな軍事戦略家ではなく戦争漫画の原作者か何かが面白おかしくするためにふくらまして描いた与太話程度のもので、それを前提にして安倍首相は、「国家の戦略的地平を拡大することを以て日本外交の最優先課題としなければならない」と決意するのである。

しかし日本単独で中国に立ち向かうつもりはなくて、あくまで「米国との同盟再構築」を背に、「民主主義、法の支配、人権尊重……などの普遍的価値」を同じくするオーストラリアやインドと手を組んでダイヤモンド(菱形4角形)を形成し、さらにイギリス、フランスにもインド太平洋での軍事的プレゼンスを再強化するよう呼びかけるというのである。

いまの米国にこんな普遍的価値なんてあるんですかね。民主主義がまともに作動していればトランプのような知的欠陥者がどうして大統領になれるのか。日本の民主主義や法の支配だって怪しいし、人権に関して言えばどこも中国を非難できる資格などないのではないか。

それでも「普遍的価値」の側がそれにまつろわない者を軍事的に封殺するというのだろうが、その相手は間もなく世界最大のGDPを持つ史上最大の経済大国であり、それを排除した国際社会のあり方をどうイメージすればいいのか、安倍論文では全くヒントさえ湧いてこない。

こんな粗暴極まりない考え方を外交政策の基礎に置いて、それでも現実には中国との関係改善は図らなければならず、それなら中国主敵論をきっぱりと撤回してそのことを国民にも世界にも説明すればいいのに、それをする勇気もない。そこで「戦略」と「構想」に変えるという姑息な手段で誤魔化そうとしているのが安倍首相である。

image by: 首相官邸

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年12月3日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分税込864円)。

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