12月19日、軍のシリア撤退開始を発表したアメリカ。トランプ大統領もツイッターで「イスラム国を倒したため」と説明しましたが、その影で新たな戦略が始動しているようです。国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは自身の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で、2011年の「アラブの春」以降、中東覇権を巡る米ロの代理戦争地化したシリア情勢を振り返り、同国では事実上大敗したと見える米国が描く「新世界戦略」の解明を試みています。
アメリカ、シリアで大敗戦、しかし…
どうもアメリカが中東戦略を大転換するようです。
米軍、シリア撤退開始…「イスラム国」掃討メド
読売新聞 12/20(木)0:41配信
【ワシントン=海谷道隆】米ホワイトハウスのサンダース報道官は19日、シリアに展開する米軍が撤退を始めていると明らかにした。イスラム過激派組織「イスラム国」の掃討任務にメドがついたためとしている。ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)などによると、撤退は全面的なものになるという。
米軍は、シリアから「全面撤退する」そうです。時々、「歴史的事件」は、「サクッと」起こるのですね。
「…これがそんなに歴史的ですか~~~~?」
説明が必要でしょう。
シリア情勢を振り返る
シリア情勢を簡単に振り返ってみます。まず、2011年に内戦がはじまった。皆さん覚えておられるでしょうか?当時は、「アラブの春」というのが流行っていたのです。
ところがシリアの場合、大国の「代理戦争」になってしまった。アサド現政権を支援したのがロシアとイランです。反アサド派を支援したのが、アメリカ、欧州、サウジアラビア、トルコなどです。
当初、アサド政権も他の中東、北アフリカ諸国の独裁政権同様、簡単に倒れると思われていた。しかし、そうはなりませんでした。
二つの理由があります。一つは、ロシアとイランが、真剣にアサドを支援している。もう一つは、アメリカが最初からやる気がなかったから。なぜ?オバマさんは、中東を重視していなかったのです。なぜ?シェール革命が起こり、アメリカは、石油大国、ガス大国への道を驀進していた。
いまではアメリカ、世界一の石油ガス大国です。自国にたっぷり石油、ガスがあるので、中東の戦略的価値が薄れたのです。それでオバマ時代、アメリカとイスラエル、サウジの関係は非常に険悪になった。
オバマさんが、シリアを重視していなかった証拠。2013年9月、オバマさんは、アサド軍が化学兵器を使ったことを理由に、「シリアを攻撃する!」と宣言した。ところが、後でこれをドタキャンした。これでオバマさんは、「史上最弱の大統領」と大いに批判されました。
で、その後何が起こったか?アメリカが支援する「反アサド派」から、「イスラム国」いわゆる「IS」が独立。彼らは油田を確保し、驚くべきスピードで勢力を拡大していきます。そして、外国人を捕まえて、残虐に殺す。外国でテロを起こす。それで、オバマさんも座視できなくなり、2014年8月、ISへの空爆を開始します。
ところが、アメリカと有志連合のIS空爆は、「本気になれない事情」がありました。そう、ISは残虐な集団ですが、アメリカと同じ「反アサド」なのです。それで、アメリカは、ISを空爆するのですが、彼らの資金源である油田攻撃はしない。
状況が変わったのは、ロシアが登場してからです。プーチンは2015年9月、「IS空爆を開始する!」と宣言しました。プーチンの目的は、「アサド政権を守ること」。それで、オバマのような葛藤はなく、IS空爆も容赦がありません。ロシア軍は、油田もバンバン攻撃し、ISの資金源を断つことに成功しました。
なぜISは急速に弱体化したのか?これは、明らかにロシアがマジでIS攻撃をしたからです。その後どうなったのか?アサド軍は、ISと反アサド派をほぼ掃討し終わりました。アメリカは、この代理戦争で、ロシアに大敗北したのです。
打倒を目指したアサドは健在。そして、アメリカ軍は、アサド打倒を諦めて完全撤退する。これは、大声でいわないかもしれませんが、「負けた」ということです。
この記事の冒頭にあげた読売新聞の記事にはつづきがあります。
トランプ大統領は19日のツイッターで「我々は展開する唯一の理由である、『イスラム国』を倒した」と訴えた。ジャーナル紙などによると、米政府は早期の完全な撤退について、「イスラム国」の掃討作戦などで連携する関係国に周知し始めている。トランプ氏はかねて「イスラム国」の掃討任務が達成され次第、米軍を撤退させたいとの意向を示していた。
(同上)
ここには「ウソ」があります。アメリカ軍がシリアにいたのは、「IS」ではなく「アサド政権を倒すため」です。しかし、「アメリカは、ロシア、イラン、シリアに負けて目的を果たせなかった」といえば、かっこわるい。それで、「ISがいなくなったから撤退できる」といっている。