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あまりにも低レベルな日本の中学受験テスト問題が国を衰退させる

大きな反響を呼んだ、先日掲載の「都市圏の『中学受験ブーム』が日本を滅ぼしかねない2つの理由」。米国在住の作家で教育者でもある冷泉彰彦さんはその続編として、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、「中学受験の試験内容が易しすぎる」という問題について持論を展開しています。

【関連記事】● 都市圏の「中学受験ブーム」が日本を滅ぼしかねない2つの理由

続・ここが変だよ「中学受験ブーム」

前回は、大都市圏の中学受験ブームが格差の再生産を生むこと、女子校はともかく、男子校カルチャーは百害あって一利なしというような提言をさせていただきました。

これに加えて、もう1つ議論したいのは、受験の内容が易しすぎる」という問題です。12歳で受験、そのためには9歳とか10歳から塾通いという大変な労力を投じる割には、その内容はまるで上から重しをしているかのように限られています。例えば数学などは、基礎能力が高い子供達に、そこまで時間と金をかけるのなら、代数学ぐらい全部マスターして欲しいわけですが、鶴亀算がどうとかいい加減なレベルで止まっているわけです。

これは国家的損失だと思います。サイエンスもそうで、周期表から亀の子、ニュートンまで全部一通りできる時間はあると思います。猛烈な労力をかけさせながら「子供は子供扱い」ということで、こんなに易しい内容で止めているというのは本当に無駄で、国家衰退の元凶と言っても過言ではありません。

とにかく、数学と理解というのは合理性・論理性の塊であるわけで、思春期の前でもガンガン入る内容です。それを、文科省の指導要領に遠慮して「概念が難しすぎてはいけない」という自己規制をしている一方で、瑣末なところに技巧を凝らして難問奇問に仕立て上げているわけで、これは本当に無駄ですし、児童虐待もいいところです。

保護者や塾サイドからは「いやいや思春期すぎたら屈折してしまうので、その前に頭の筋トレさせても弊害は少ないので、大いに結構」などという意見があります。ですが、そこにある「地頭が強ければ潰しがきくという発想そのものが中進国のダサい考えで、日本はそんな教育方針では立ち直れません。そんな無駄なことをやっていないで、数学と理科だけは特急いや超特急コースで進めてあげればいいのにと本当に思います。

12歳ぐらいまでに代数は2次方程式(3次4次ぐらいでもいいぐらいですが)、図形は合同相似に立体、円、ピタゴラス、三角関数の一歩手前までぐらい。化学は周期表と無機と亀の子の基礎、物理はニュートン全部、生物は細胞から動物植物の前半ぐらいまで、ついでに小学生の好きそうな気象、地質と天文なども本格的に入れてもいいかもしれません。

どうせ「子供時代には生活実感のある算数をやらせた方がリアルな世界とのコミュ力がつく」とかオカルト教育学での批判が来るのが目に見えていますが、違うと思います

一方で、文系の方は、前思春期の子供たちに何を与えるかは、慎重にいくべきです。大人向けのエッセイや論文を読ませて、パズルのように読解をさせるような国語問題は虐待なので止めさせて、少年少女文学の長いものを読ませてレスポンスを書かせるとか(勿論、批判大歓迎にしましょう。大人にヨイショさせるだけの感想文ではダメです)、語彙と漢字だけは強めに入れるとか、文系の方は無理をしないことにしたらいいと思います。

社会科についても、中二病の前なら余計な価値判断しないから、難しい時事問題もドンドン入れるみたいな傾向がありますが、これも不要だし、無駄だし、虐待だと思います。国連や世界平和、あるいは環境の話を強制的に入れても、むしろ苦痛に思う層が後で中二病にかかって別方向に逃走されても困りますし、あえて受験科目にしなくてもいいのではとも思います。

いやいやメカニカルに記憶させる能力は大事という意見もあるかもしれませんが、2030年代に社会に出る若者にベルトコンベアの前に座らせるわけでもないし、時代錯誤もいいところだと思います。

後は英語で、勝手に各校が入試に加えつつあるようですが、一部にはお粗末な翻訳文法メソッドというオワコンをやっているのは気に入りません。こちらも長めの少年少女小説がダイレクトに読み流せるとか、適度に知的な要素の入ったアニメとかジュニア向けのドラマとか見せて聞き取りと理解を問うとか、子供らしいナチュラルなチャッティングができるかを問うとか、もっとコミュニカティブなアプローチで真面目にやってほしいと思います。

いずれにしても、前思春期だから弊害がないので「無意味なことで脳の筋トレ」させて、脳の腕立て伏せ能力を競わせるというのは「壮大な無駄」です。一刻も早くヤメていただきたいです。

もう一つは、範囲だけでなく、難問奇問が足りないという問題です。本当の「地頭の強さ」とか「創造性」あるいは「柔軟な思考力」を試したいのなら「塾での訓練で何とかなるレベルの問題ではダメです。つまり「類似の問題の解法を知っているという記憶と反復のスキル」で通ってきてしまうからです。

そうではなくて、「全く新しい発想をしないと解けない問題」に取り組んで解決への道筋を探るスキルを試す問題でなくてはなりません。そうした努力が大変であるのなら、トップ10校ぐらいで問題を共通化して、難問を共同開発するぐらいやるべきです。

更に申し上げたいのは、その一方で、ここまで一貫校の裾野を広げてしまったのなら、中堅の学校に関してはそれこそ統一テストにしてしまえばいいと思うのです。その上で、バカみたいに金をかけて塾通いしないでも何とかなる入試にして、幅広い層から生徒を集めることもできるのではないでしょうか。中学側の負担も減ります。その延長上に、一貫校をドンドン公立化していけばいいのかもしれません。

入試を難しくするのであれば、塾を肯定し、結局は格差の再生産になるというお叱りもあるかもしれません。ですが、本当に数学で代数をやり、理科も本格的、英語もコミュニカティブとするのであれば、中国のように公立校でも特進クラスを設置するとか、所得水準に応じて塾の奨学金を出すとか、方法はあると思います。

格差については、格差だからいけないのではなく、そうではなくて富裕層から出てくる人材ばかりに社会の意思決定や、イノベーションを任せて国が潰れかかっているのですから、そうではない人材を必死で発掘しなくてはいけないからです。

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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