やっている内に楽しくなるというのは、いつものことである。そしてお昼の休憩時に気付いた時には、腰を中心に全身筋肉痛になっていた。普段いかに使っていないかである。肉体労働の後、青空の下で丸太に腰かけていただくお昼ご飯は格別である(昼食のお弁当も例の如く、鍵山秀三郎相談役からのご厚意の提供である)。
午後4時まで作業をし、終わった後、くたくたの身体を起こして、竹林を眺めてみた。
正直、見た目、あまり変わっていない。全体の10%もいってない感じである。時間と人数をかけた割に「まだまだ」という感じである。
帰りのバスの車窓から街の風景を眺めていて気付いた。
コンビニが増えた。食事する店が開いている。新しい家ができた。駅では、電車から結構な数の人が乗り降りしていた。工事車両がたくさん入っている。街に、多いとはいえないけれど、以前よりもずっと車や人の往来が増えた。
8年も経ってまだこれぐらい、という思いはある。住んでいる人たちにとっては、これは日常に感じていることなのかもしれない。しかし、確実に、着実に、よくなっている。
ここの捉え方は、結構重要である。決してよくはない状態なのだが、よくなってきている。つまり、希望はあるけど支援は必要という状態である。「復興したからもう大丈夫」では決してない。一方で、「僅かずつながら、確実によくなってきている」というのも事実である。
集約すると「決してあきらめないで、復興支援を続ける」ということが大切になる。竹林への対処と同じで、一人が一回分でできる支援量は微量だが、これをリレーしていくことが大切である。回数も人も、多ければ多いほどいい。あきらめずに、みんなで長く続けることである。必ず変化が起きる。
南相馬の地区では、仮設住宅の供与がこの3月で終了する(ただし特例で、もう1年延長の場合もある)。この3月が、住民の人々にとって、またその支援をしようとする人たちにとっても、新たなスタートラインである。
絶対に、絶対に、あきらめない。人間がこの思いをもっている限り、世界は確実によくなっていくという希望を学べた、今回の活動だった。
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