百田尚樹『日本国紀』に疑問。私が愛国心を感じなかった理由

 

▼記紀に埋め込まれている「卑弥呼」

『日本書紀』は古代の漢文体、『古事記』は原日本語(大和言葉の漢字表記)で綴られています。一義的に解釈できるシロモノではありません。漢字の読み方をひとつ変えるだけで、意味も解釈も全然違ったものになります。

ハッキリ言いましょう。「記紀」には対外的、あるいは国内的にわざとわかりにくくしている箇所」が散見されます。

暗号が埋め込まれていると考えるべきです。

「記紀」の成立以降、優れた学者たちが「記紀」の注釈書を書き、議論を戦わせ、「暗号解読」に挑んできました(いまも続いています)。

卑弥呼については、以下の「暗号」がそれと考えられています。

《日本書紀》倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)

《古事記》夜麻登登母母曽毗売命(やまとととひももそひめのみこ)

上記の人名をコピペして検索してみてください。卑弥呼との関連性を明示または暗示する文献や記事がたくさんヒットします(だから信用しろという意味ではありません。念のため)。

▼文献主義が排除する豊穣な物語性

専門家や研究者の多くは文献主義です(口伝やフィールドワークの軽視または無視)。文献に書かれていない事象、たとえば古い神社に伝わる口伝や「正統竹内文書」(いずれ詳しくお話しいたします)などは「偽」としてハナから否定します。

しかし、記紀の原史料となった「旧辞」(きゅうじ)「帝紀」(ていき)「帝皇日継」(すめらみことのひつぎ)などは、そもそも天皇に仕える大臣(おおきみ:私の先祖の武内宿禰-タケノウチノスクネ-です)や神官一族有力豪族などに伝わる口伝を蒐集(しゅうしゅう)し編纂(へんさん)されたものです。

古事記の魅力は豊穣な物語性にあります。これは口伝を重視した編纂の賜物と言えます。「暗記の天才」稗田阿礼(ひえだのあれ)がフィールドワークで蒐集・暗記した各地の口伝を太安万侶(おおのやすまろ)が筆録して『古事記』ができあがりました。

▼文献主義の限界とジレンマ

『古事記』を含め、暗喩に満ちた「物語」を文献主義で読み解こうとしても限界があります。豊かなストーリーから“余計なもの”を削ぎ落とすことで、一義的な解釈を引き出すしかありません。

そうすると、どうしても「死んだ解釈」「薄っぺらい解釈」になってしまいます。文献主義のジレンマです。

同じことが『日本国紀』にも言えるように思います。

▼私たちは何者?解くカギは日本神話

『日本国紀』の第1章(古代~大和政権誕生)は文献、特に海外史料に依拠しているので、教科書の記述をほぼなぞっている感じです。著者独自の見解や仮説が挟み込まれますが、「日本神話の解釈に迫ろうとする意欲は感じられません。おそらく興味がないのでしょう。

しかし、この本の帯では「私たちは何者なのか-。」と問いかけています。「序にかえて」では次のようにも書かれています。

「ヒストリーという言葉はストーリーと同じ語源とされています。つまり歴史とは「物語」なのです。本書は日本人の物語、いや私たち自身の壮大な物語なのです。」(p.3)

日本という国、そして日本人の素晴らしさを誇るのであれば、そのルーツとなる日本神話の壮大な物語に触れざるを得ません

▼「記紀」日本神話との接触を避ける

ところが、「記紀」を引用した説明で、事が日本神話にかかわる内容になると、著者はスルリと身をかわしていきます。「残念ながらこれも文献資料はない」(p.29)などとして、「記紀日本神話との接触を巧妙に避けているのです。

しかも、著者は、継体天皇(けいたいてんのう)が皇位簒奪(こういさんだつ:本来、地位の継承資格がない者がその地位を奪取すること)して新王朝を築いたとする王朝交代説を「私も十中八九そうであろうと思う」(p.32)と支持しています。

▼継体天皇、王朝交代説をとるなら・・

この王朝交代説をとるならば、継体天皇の治世をルーツとする「日本の素晴らしさを説き起こしていくべきでしょう。ただ、それも都合が悪いため、著者は「継体天皇の時代には、すでに『万世一系』という思想があった可能性が高い」(p.32)という説をねじ込んで辻褄合わせをします。

「日本の素晴らしさ」のルーツを曖昧にしたまま、著者は以後「日本賛美」を続けることになります。苦しいです。非常に残念です。

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