なぜ日本には何とも言えない停滞感や閉塞感が蔓延しているのか?

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人生においては、リスクを取るか否かの決断を迫られる場面が必ずあると思いますが、リスクがあるという時点で、選択肢から外してしまうという日本人が多くなってはいないでしょうか?メルマガ『8人ばなし』の著者・山崎勝義さんは、情熱に突き動かされリスクを取るような人物がいなくなっていると指摘。「賢い人間」が増えてしまったことが、日本に蔓延する何とも言えない停滞感や閉塞感を生んでいるのではないかと考察します。

リスクのこと

昔読んだアメリカのビジネス本にリスクに関しての記述があった。曰く、

  • 報酬が不明な場合、いかなるリスクも取ってはならない
  • 勝率が50:50なら、失うかもしれないものと得られるかもしれないものの価値の軽重を比べて決める
  • 情熱があるなら挑む

の3か条である。

最初の2つが極めて合理的であるのに対し、最後の1つが反動的にとでも言いたくなるくらいに恐ろしく精神主義的である。これは如何にアメリカの、如何にビジネスと言えど合理主義には限界があって、結局は情熱という得体の知れないものの不気味な強さに及ぶものはないということである。確かに、挫けても倒れても立ち上がるその様は情熱以外では説明できそうもない。

しかしながらこの情熱というやつは実に始末に負えないものでもある。傍目から見れば「それはちょっと…」と言った局面でも躊躇なくリスクが取れたりするからだ。要は大いなる馬鹿因子の実質がこの情熱なのである。

少々乱暴な物言いになってしまうが、馬鹿になって、あるいは馬鹿と言われて猶、リスクに挑み続けられる人はこの上もなく幸福な人ということである。

こういった馬鹿系情熱の持ち主が日本からどんどんいなくなっているような気がしてならない。勿論、それはある意味ではいいことでもある。賢い人間が増えているということだからである。

しかし、エポックメイキング的なブレークスルーにはどうあっても馬鹿系の情熱が必要となる。日本では長らく、痛快な馬鹿伝説を聞いていない気がする。この国に蔓延する何とも言えない停滞感や閉塞感はこの辺に起因するものなのかもしれない。

少し話は変わるが、その本にはこんなことも書いてあった。

  • 兄弟間で最もリスクを取ることを好むのは末っ子である。それはひとえに親の注意を引くためである

どちらかと言うと、日本人には長子・惣領精神のようなものがあって、どうも慎みが過ぎるような嫌いがある。もっと末っ子精神(勿論、所謂)を発揮して馬鹿系情熱のみを頼みに突き進んで行くのもいいのではないか。

少なくとも、そんな日本は今のように退屈ではない筈である。

image by: tuaindeed, shutterstock.com

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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