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国際交渉人が憂慮。大戦の火種が燻る北アフリカ・中東地域の混乱

現在の混沌とした世界情勢に不安を感じてか、数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんに対して、「次の世界大戦が起こるとしたら、どこが発火点?」という問いかけが頻繁にあるようです。そこで島田さんは今回、自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、最も危険を孕む地域と考える北アフリカ・中東地域の最新の情勢を詳しく解説しています。

北アフリカ・中東地域で続く暗く長い苦難の戦い

「次の世界大戦が起こるとしたら、どこが発火点だと思いますか」今年に入ってから、この質問をよく尋ねられるようになりました。仕事柄、「世界大戦はもう起こりませんよ」とお答えしたいのが本音なのですが、昨今の国際情勢の不安定化を見ていると、大きな不安に駆られます。

可能性があるとすれば、朝鮮半島情勢を含む“広範のアジア地域”(南シナ海での偶発的な衝突、カシミール地方の領有権をめぐるインド・パキスタン・中国の三つ巴の争いなど)が一つ考えられます。米中の新2大国が直接的に対峙し、成長著しい東南アジア諸国があり、世界最大の人口を抱える地域です。

または、北アフリカ・中東地域が考えられます。ホルムズ海峡問題や米イランの衝突、シーア派とスンニ派諸国との争いになっているイランとサウジアラビアを核とした刮目、イランとイスラエルの間に常に存在する緊張、シリア問題に代表される内戦と増え続ける難民の波、独裁から解き放たれた北アフリカ諸国の勢力地図の塗り替え、そしてそれらの紛争の背後でとぐろを巻く欧米とロシア、中国という大国の果てしなき欲望など、こちらもアジアに負けず、いろいろな火種が燻っています。

どちらの地域が発火点になってもおかしくないと恐れつつ、より可能性が高いとすれば、恐らく北アフリカ・中東地域であろうと思っています。それはなぜか。最大の理由は、アメリカ・トランプ大統領によって開けられてしまった「中東地域のパンドラの箱」です。

それは、イランとイスラエルの間に存在する永遠のライバル関係です。第2次世界大戦後、1980年までは、イランは親米国家として存在し、それに比例するかのように、イスラエルとの対決は想定されていませんでした。それが1980年の米・イラン国交断絶以降、共にアメリカに支援され、軍事力を着々と増強させてきたイランとイスラエルが対立する構図が作られました。

イランは独自路線を歩みつつ、反米の証としてソビエト連邦に支援を求め、1980年以降は、アメリカの軍備というベースに加えて、ロシアの軍事力と知見が加わりました。イスラエルについては、アメリカからの継続的な軍事的・経済的、そして外交的なサポートを受けることで、元々、ユダヤ民族に流れるイノベーションの精神がより伸ばされ、今ではアメリカも及ばないほどの超ハイテク軍備を誇る国になっています。

どちらも公にはなっていませんが、確実に核技術を有し、ミサイル技術も非常に高いレベルを誇るため、仮に直接的に全面戦争になった場合、地域はもちろん、もしかしたら世界を破壊するだけの結果をもたらしかねません。それを両国とも自覚しており、相手の実力も把握しているからこそ、微妙な緊張状態で均衡を保ってきました。

それがオバマ政権下でのイラン核合意を受け、地域における軍事的な緊張が緩んでいたのですが、それをリセットしたのが、ご存知トランプ政権です。イスラエルも非常に対イラン強硬派のネタニヤフ首相が率いるということもあり、イラン非難は激化していますが、アメリカが仕掛けるホルムズ海峡をめぐる緊張の激化を目の当たりにして、批判の度合いを下げ、また「有志連合への参加」のレベルも落として、何とか不測の事態を避けようとしています。(この点については、イランも同じです)。

この状況をさらにややこしくしている第3の軸が、サウジアラビアです。分断されたアラビア半島の中心に位置し、世界最大ともいわれる原油の埋蔵量に裏打ちされた経済力をバックに、地域のスンニ派諸国の雄の立場を確立してきましたが、それに真っ向から対立するのがシーア派の盟主イランです。

今のところ、直接的な軍事衝突には至っていませんが、イエメンのフーシー派をめぐる内戦ではサイドを分けて代理戦争の状態になっていますし、ホルムズ海峡でイランの対岸にあるオマーンでも両国の“代理戦争”は継続しています。そして、シリア内戦でも同じような構図が作られ、それがシリア内戦の“解決”を阻んでいると言っても過言ではありません。中東地域での不安定要因の多くは、この両国間で戦われている代理戦争で、こちらもいつ両国の直接的な軍事衝突に発展してもおかしくない状況です。

ちなみに、サウジアラビア他にとってイスラエルは決して友好国ではなく、同胞であるパレスチナ人から“神の土地”を奪った張本人として敵対していますが、今は、イランとの対決を優先し、イスラエルとは小康状態になっていますが、こちらもいつでも火を噴く材料は揃っています。

そこに緊張をさらに加えているのが「北アフリカ地域でのアラブの春と独裁体制の終焉」です。第1波を何とかしのいだアルジェリアやモロッコも、リベリアのカダフィ体制の崩壊後、民主化の波に常にさらされていますし、ついに今年4月には、長年続いたアルジェリアのブテフィリカ大統領の体制が終焉しました。

アラブの春で民主化を平和裏に達成したと言われたチュニジアも、今や、リビアと並んでISの新たな拠点化していますし、北アフリカとアラビア半島をつなぐ位置にあるエジプトも、シシ大統領が憲法改正によって半ば終身大統領になり、地政学的な位置付けから期待された仲介・調整役は望めなくなってきました。その証が、今週起きたリビアでの内戦の激化と国連職員3名の殉職です。

リビア・カダフィ政権崩壊後、首都トリポリとベンガジという大都市に陣取る2大勢力が争いを続けていますが、その背後にはトルコとサウジアラビアがいると言われています。「トリポリ対ベンガジ」の戦いです。トリポリを拠点とする暫定政府(シラージュ暫定政権)とハフタル司令官が率いるベンガジ拠点の武装勢力が10日に国連の仲介の下、停戦合意に至っていたのですが、その次の日の11日にベンガジで自動車を用いた爆弾テロが発生し、国連職員3名がその犠牲になったことで、両勢力の非難の応酬に加え、国際社会からの非難が再燃しています。

それを受けて今週、それぞれを支援するトルコ(暫定政権側)とサウジアラビア(武装勢力側)が、リビアの地で代理戦争を再開してしまいました。これは、先に起こったカショギ氏殺害に関わる事件での両国の対立を想起させるような争いになりますが、サウジアラビアにとっては、憎きイランの肩を持つトルコへの対抗という見方もできます。または、北アフリカ・中東地域における覇権争いを、サウジアラビアが、トルコに対して挑んでいるとも言えます。(少なくともトルコ・エルドアン大統領はそう感じているようです)。

サウジアラビアとトルコの間に直接的な武力衝突はまだ起きないと思いますが、他の対立軸が偶発的な衝突を起こした暁には、どのような悲劇が待っているかわかりません。そして、これらの対立軸の背後には、「地域外の大国」が控えていることも、アジア地域で見られる対立とは違う構図で、それが一層、事態をややこしくしています。

アジアについては、対立軸の核が、地域の大国で、かつアメリカと覇権争いを繰り広げ、新冷戦状態の片棒となっている中国ですが、この地域には、実力的にアメリカと覇権争いをする国はいません。(現在、イランがアメリカと対峙していますが、直接的な戦争は、軍事的にも経済的にも不可能です)。

サイクスピコ協定で勝手にアラビア半島を分割した英仏と、第2次世界大戦後の英国政府の3枚舌外交の弊害、そして1991年の湾岸戦争以降、一気にプレゼンスを高め、権益を握るアメリカ、そして失地回復したいロシア、新規参入したい中国が、それぞれ自分たちの「手足」を選択して代理戦争しているのが、北アフリカ・中東地域です。

ゆえに、対立の構図が非常にややこしくなるばかりか、すでに地域に属するそれぞれの国々の意思で争いを止めることが出来ないというジレンマが固定化されています。ゆえに、一度、どこかで火の手があがり、そこに背後の国々が反応し始めたら、あとは一気にslippery slopeを滑り落ちるかのように、世界的な大戦争に発展しかねない状況だと言えます。

トランプ大統領のAmerica Firstは、他国の「自国第一主義」の復活と復権を招き、国際協調の時代から、再度、自国中心そしてブロック化した国際社会に逆戻りする流れが日に日に強くなってきています。言い換えれば、第1次世界大戦や第2次世界大戦直前の国際秩序に類似してきているのです。

ちなみに日本の立ち位置は、非常に稀有な存在です。トランプ大統領のアメリカと非常に密接な信頼関係を築く一方、イランとも友好関係・信頼関係を“まだ”保持できています。そして、近年、日本人がテロに巻き込まれるケースが起こっていますが、まだまだ中東・北アフリカ地域は親日です。

今、日に日に緊張が高まり、戦争へのslippery slopeを滑り落ちそうになっている地域とその背後の国々に効果的に働きかけることができる珍しい立ち位置にいるということを、日本政府と安倍総理は気付いているでしょうか。「それにちゃんと気付いていて、世界で最も優秀とされる官僚組織と共に外交戦略を練って、有事に備えている」

そのような声を聞くことが出来るといいなと願いつつ、同時に、自らも調停官としての役割が満載な北アフリカ・中東地域が、次の大戦の火種とならないように、第2次世界大戦終戦から74年経つ今、切に願い、最大の努力をしたいと考えています。

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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