狙いは北極。トランプが「グリーンランド買収」を口にした裏事情

 

開発で先行するロシアと中国

第2に、ところが皮肉なことに、北極の氷が溶けることによる経済的な恩恵”は計り知れぬものがある。北極海全体がユーラシアと北米の2大陸に囲まれた単なる丸い内海になってしまうと、船舶の航行が可能になり、(1)例えば西欧から極東までの貨物輸送はスエズ運河回りに比べて2週間も短縮されるし、(2)海底光ケーブルの敷設も計画されているし、(3)北極見物の豪華船クルーズがブームとなるだろうし、(4)新たな漁場として各国の漁船が殺到するだろうし、(5)凍土が溶けた沿岸では緑が繁って農業や牧畜が可能になるかもしれない。しかし何よりも凄いのは(6)陸や海底の無尽蔵とも言われる石油・天然ガスや希土類をはじめ鉱物資源の開発可能性が開けることで、それこそが各国が血眼になる最大の理由である。

そのため、すでに北極にのめり込んでいるロシアと中国、それに遅れをとったと感じて対応を急いでいる米国とカナダなどにとっては、北極圏の氷が溶けて地球と人類の将来がどうなるかなどどうでもよくて、むしろ溶けてくれた方がそこでの経済的な利益を得る可能性が増すという倒錯した論理がまかり通り、その次元での確執が激しくなっているのである。

北極開発で先行しているのはロシアである。それは当然で、ロシアの巨大な国土の北岸すべてが北極海に面している上、ロシア側から大陸棚が大きくせり出していて、ロシアの主張によれば北極点を含むロモノフ海嶺やそれに隣接するメンデレーエフ海嶺もロシア領である。北極海での活動能力を端的に示すのは砕氷船の数で、ロシアは大型4隻、中型31隻、小型16隻の計51隻を保有しさらに建造中・計画中も多数であるのに対し、フィンランドは中小型の計11隻カナダは同じく10隻である。

米国は大型1隻、中型2隻、小型2隻の計5隻で、その大型船は主として南極で活動しているので、急遽大型2隻を建造中である。またロシアとカナダは盛んに港湾を建設し、多くの軍事基地を置いて兵力を配置しているが、米国は北極圏に大深水の港を持たず、軍事基地と言えばグリーンランド北西方のチューレの借地に設けた空軍基地のみである。

ここ10年間で存在感を高めているのは中国で自らを准北極圏国家」と称して「北極評議会」にオブザーバー加盟。砕氷船も中小型4隻に加えて大型2隻を建造中。18年には「一帯一路」計画の一環として「北極シルクロード」構想を発表したが、その主眼は、ロシアの石油・天然ガス開発への大型投資と、欧州航路の開発である。ところがその裏側で、16年には中国がデンマークに働きかけて、グリーンランドの旧軍事基地を買収しようとし、それを察知した米国が密かに介入して話を潰すという一件があり、さらに18年にも中国がデンマークの空港建設工事に入札しようとしてこれも米国が潰した。これで米国の北極への関心が一気に燃え上がり、今年5月の北極協議会の会合にはポンペオ国務長官が自ら出席して「北極圏は新たな覇権争いと競争の舞台となっている。この地域における我が国の権益への新たな脅威に対して、戦略的に対処していく」と宣言した。

この延長でトランプの「グリーンランド買収」という与太話が飛び出して来るのである。

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