銀座から潮の香りを感じなくなった男が驚いた知人女性の匂い記憶

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ある匂いを嗅いだときに、記憶の中の匂いが鮮明に蘇る…誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。実は、そういったことを経験する回数も、経験に繋がる匂いの種類も女性の方が男性より多いようなのです。メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さんが、その理由を説明しつつ、匂いの同定能力が極めて高い知人女性のエピソードを紹介しています。人間の脳は記憶の同定を喜ぶ傾向があると言われていますが、他人の同定体験にも人を幸せにする力がありそうです。

匂いのこと

世の中には匂いに敏感な人がいる。但し、ここで言う敏感さとは異臭や悪臭などに対しての反応の強さを言うものではない。目下の匂いと記憶の中の匂いを結びつける能力の高さ、言い換えれば同定能力の高さを言うのである。

時間や空間の隔たりを一気に飛び越えて発動するこの同定は脳にそれなりの快感をもたらすようで、この状態にある時大体の人はテンションが高い。

これは私自身にも経験がある。東京に出て来たばかりの頃は、有楽町の駅を出て晴海通りを銀座方面に歩き出すとすぐに潮の香りを感じたのである。ちょうど数寄屋橋の交差点のところ、「この交差点は右折禁止です!」の交番のアナウンスとともに東京の第一印象として今猶記憶に残っているところなのだが、その時一緒にいた東京都中央区出身の友人は「何の匂いもしない」と至って平静であった。因みに私の通った中学校は海のそばにあった。

ところが2、3年の後には自分にもその潮の香りが分からなくなってしまった。自分にとってその場所が時間の隔たりも空間の隔たりもない当たり前になってしまったということなのだろう。

私の知り合いの女性にこの同定能力の極めて高い人がいる。ここで少し説明しておくが、一般的に匂いに対しての反応(例えば、同定能力など)は女性の方が優れていると言われている。

これは視覚や聴覚などと違い、嗅覚だけが大脳辺縁系と直接リンクしていることによるものである。もっともこのリンクに関しては男女間での差はない。差があるのはリンク先である。大脳辺縁系には帯状回、扁桃体、海馬など情動や記憶に深く関わる部分が含まれている。こちらが女性の方が発達しているのである。それに関しては、心配や不安や恐怖といったものが子育てをより安全に遂行するために何より必要な情動であるから、と説明されている。

女性と匂いの親和的関係性はそこかしこに見られる。例えばアロマがそうである。市場をざっと見ただけで女性向けの品物の方が圧倒的に多いことが分かる。

さて件の女性の話である。その匂いの同定能力たるや凄まじい。「この駅の階段と出身都市の駅の階段の匂いが同じ」、この程度は序の口である。「このビルのエントランスは高校の音楽室の1時間目の匂いと同じ」といったように時間的概念も入る。

さらには朝昼晩、あるいは春夏秋冬でも匂いは変わって来ると言う。ここまで来ると何となくあやしい気もするが、少なくとも本人的には嘘をついていないことは確かである。こういう話をする時には決まってハイテンションになるからだ。

私のように僅か2、3年のうちに環境に取り込まれてしまう軟弱者からしてみれば、彼女は随分と自他の境界意識の強い人のように思える。でも、もしかしたら時間や空間の隔たりをいつまでも意識せずにはいられないという意味においては、あるいは不器用な人なのかもしれない。

それでも彼女のハイテンションを見ればどういう訳だかこっちまで楽しくなる。それくらいには他人を幸せにする力が彼女の匂い同定能力にはあるみたいである。

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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