事件の輪郭はすでに多くの国民の目に明らかである。
安倍首相夫妻が、教育勅語を園児に唱えさせる森友学園の教育方針に感激し、小学校の建設を支援するため昭恵夫人が名誉校長に就任したこと。
大きな後ろ盾の存在をちらつかされた財務省と近畿財務局は国有地の異例値下げに応じ、タダ同然で払い下げたこと。
その疑惑まみれの取引がメディアに報じられ、国会で追及されるにおよび、安倍首相は無関係を装って「私や妻がかかわっていたのなら総理大臣をやめる」と国会で答弁したこと…。
当時の佐川理財局長が「交渉記録はありません」とウソをついて時間を稼ぎ、公文書の削除、改ざんを指示したのは、すべて安倍首相と自らの保身のためではなかったか。
これを、あくまで他人事であるかのように発言できるのが安倍首相の特質である。A子さんが提訴した3月18日、官邸を出るさいに記者から感想を求められて、こう語った。
「大変痛ましい出来事であり、本当に胸が痛みます…改ざんは二度とあってはならない」
なんという白々しいコメントだろうか。誠意のかけらもない政府の姿勢がA子さんを訴訟に駆り立てた面もあるだろう。
麻生財務大臣は国会で「再調査はしない」と答弁、安倍首相は「財務大臣の言ったことが政府としての考え」と述べた。財務省がすでに調査報告書を出しており、新しい事実は出ていない、というのがその理由だ。
A子さんは「この二人は調査される側で、再調査しないと発言する立場ではないと思います」と怒りのコメントを発表した。
A子さんは夫の無念を訴訟という手段で晴らそうとしているように見える。しかし、われわれはそれを、個人的な怨念といったたぐいで、すませてはならないのではないか。公文書を改ざんしたことを財務省自ら認めているにもかかわらず、検察は誰一人として起訴しなかった。
その背後に、安倍官邸ベッタリの法務事務次官、黒川弘務氏の存在があった。いまは東京高検検事長である黒川氏が、法解釈の恣意的変更で定年を半年延長してもらい、次期検事総長の座をねらってるのは周知のとおりだ。
赤木氏が「手記」において、刑事罰、懲戒処分を受けるべき者として名指しした本省の佐川理財局長、中村総務課長、田村国有財産審理室長、担当窓口の杉田補佐のうち、マスコミの取材を逃れたい一心であろう佐川氏を除く面々はいずれも出世している。ちなみに中村総務課長、すなわち中村稔氏は現在、駐英公使だ。
もとはといえば、安倍首相夫妻の個人的教育観がもたらした問題である。それをなかったことにするために、国有財産を管理する部門のトップが部下に公文書の改ざんという犯罪的行為を命じ、実際にそれをやらされた地方の現場職員は良心の呵責から心を病み、自殺にまで追い込まれた。
幹部官僚人事を握る安倍官邸と、忖度に余念のない高級官僚、そして違法行為を押しつけられ、しっぽ切りの憂き目にあう現場の職員たち。この不条理な組織体質と政治の退廃は、目を覆うばかりだ。けっして、赤木夫妻の無念だけに矮小化してはならない。ことは国家的犯罪の問題である。
image by: htomari, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons