黒澤明監督作品から血の通った温かさを感じるようになった理由

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この春から続く外出がままならない状況下の娯楽として、映画を観て過ごしている人は、そろそろ観たい作品もなくなっていないでしょうか。今回、メルマガ『8人ばなし』から紹介するお話は、著者の山崎勝義さんが黒澤明監督とその作品に抱く思いを決定的にした『素晴らしき日曜日』という作品にまつわるエピソードです。世界の映画人に影響を与えた黒澤映画、改めて一つ、いかがですか?

黒澤明のこと

最近、DVDで黒澤映画をよく観る。つい「最近」と言ってしまったが、実は20年くらい前に黒澤の全作品がDVD化されてからというもの毎日のように観ている。勿論、彼の映画はそのほとんどが長尺なので常に全篇観られるという訳ではないが、それでも飽きずに繰り返し観ている。

今さら黒澤作品の魅力やそれにまつわる諸伝説をここで並べてみても先人たちの轍をただただなぞり行くだけになってしまうので止めにして、少し違った方面から映画人黒澤明に近づく試みをしたいと思う。

以前、黒澤明展か何かに行った時のことだが、ある展示物から目が離せなくなったことがある。それは『素晴らしき日曜日』の黒澤明監督の撮影用台本だった。『素晴らしき日曜日』(1947年)は戦後焼け野原になってしまった東京での若い男女(男:雄造、女:昌子)の日曜日のデートの様子を描いたものである。黒澤映画には珍しく全篇ロケで当時の東京の在り様がよく分かって面白い。

勿論、デートといっても金の無い若いカップルのことだから行く先々で惨めな思いをする羽目になるのだが、中でも上野のシーンが特に可哀相で、雨の中雄造がチンピラに殴り倒されて濡れ鼠のようになってしまうところなど目も当てられない。

今、改めてこの上野のシーンを観るとあることに気付く。雨なのに誰も傘をさしていないのである。前にも言ったようにこの映画は全篇ロケであるから、フィルムに映り込んでいるのは当時のリアルな上野の様子である。とすれば、戦争直後の一般庶民にとっては傘がないのは当たり前の状況だったということになる。

――その台本は表紙がめくられた状態で展示してあった。第一頁目に二人の主人公、雄造と昌子の名が書いてあり、それぞれに性格的な設定が三、四行に亘って書いてあった。そして、雄三と昌子の名前の上には大きな相合傘が書いてあったのである。この映画を観たものなら、あの上野のシーンを憶えているものなら、この相合傘を見てハッとした筈である。

雨の中、さす傘もなく惨めに濡れて歩く二人。そんな二人に黒澤明がそっとさし出す相合傘。何て素敵なんだろう。この映画人黒澤明の優しさに触れると、彼の全ての作品から何か血の通った温かさのようなものを感じずにはいられなくなる。

前にこのようなことを聞いたことがある。世界的な映画監督の名前を挙げてどの作品が一番好きか、というアンケートを映画人に実施したところ、ほとんどの監督の場合は作品の好き嫌いに極端な偏りが出たのに対し、黒澤明の作品には万遍なく票が入ったという。誰も皆、知らず知らずのうちに全ての黒澤作品に通底する人間的な温かさのようなものを感じていたのかもしれない。時折また、そんな発見があるから、ヘビーローテーションの日々が続くという訳である。

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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