1月6日、アメリカ大統領選挙の結果を確定する連邦議会の会議中にトランプ支持者が議会に乱入し占拠するという事態が発生。米国社会の分断が深刻度を増していることが浮き彫りになりました。そして今回の大統領選は、日本の外交当局者の間にも分断があることを明らかにしたようです。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』著者でジャーナリストの内田誠さんが、毎日新聞が取り上げた「YA論文」関連の記事を抽出。トランプの対中政策を礼賛する論文の内容と、それが日本の外交姿勢と受け取られることを危惧する動きを紹介しています。
米外交誌に掲載された謎の「YA論文」について新聞はどう報じたか?
きょうは《毎日》から。4面「追跡」記事に、見慣れない文字が躍っている。「YA論文」という匿名の論文が昨年4月、米外交誌に掲載されたといい、米大統領選の最中、日本の官僚が匿名でトランプ政権の対中政策支持を表明したような内容で、波紋を呼んだという。
きょうは、この「YA論文」について。まずは4面記事の見出しから。
「YA論文」の波紋
対中戦略 トランプ政権を評価
米誌投稿 日本の外交官か
「対立をあおり危険」
「日本の不安伝えた」
「YA」のイニシャルで日本の外交官が書いたと見られる、いわゆる「YA論文」は、昨年4月、米外交専門誌「アメリカン・インタレスト」(電子版)に掲載された。「トランプ米政権は正しい対中戦略を持っている点で、曖昧だったオバマ前政権よりも良い」として、トランプ氏の再選を望むかのような内容だった。
「YA論文」はオバマ政権の対中政策を酷評。リベラル層が支持する気候変動など世界的な課題を優先し、中国の協力を得るため南シナ海の軍事拠点化や沖縄県尖閣諸島への公船派遣など、中国の海洋進出を許したと書いている。
これに対して、中山俊宏慶応大学教授が6月に反論を投稿。さらに日米間で関心を呼んだという。中山氏は、論文が「一部の外交関係者」の認識を代弁するとは認めつつも、「米中の対立をあおることが目的のような政策は危険だ」と批判。トランプ氏にはそもそも長期的な外交戦略などなく、「アメリカ・ファースト」も「米国は世界の警察官ではない」としたオバマ前政権と同様であって、国際社会への関与を弱めている点を見落としていると断じたという。
●uttiiの眼
中山氏は、米国の民主党関係者の中には、日本の外交当局者は共和党寄りだと信じている人たちがいて、その人たちが「YA論文」を読めば「やはりそうか」と誤解されてしまうことを危惧したと言っている。
中山氏のこの「危惧」は、トランプ政権時代に沈黙していた「ジャパン・ハンドラーズ」たちにも共通するものだろう。大統領選勝利が確定的になったバイデン氏が菅首相と電話会談を行った際、「尖閣」の話を自ら言い出したとされているのは、「YA論文」のような見方を打ち消しておく必要を感じたから、あるいはそのようなレクチャーを事前に受けていたからはないか(もしくは、日本側から事前にリクエストをしていたのかもしれないが)。どちらにせよ、バイデン次期米政権にとって、対中外交姿勢を日本側に伝えておくことは必要なことだったのだろう。
論文を書いた「YA」氏は、トランプ氏が再選すると読んでいたのだろう。その予想が外れた今、「YA氏は出世の道を断たれたのではないか」と言われているそうだ。
【サーチ&リサーチ】
試みに「YA論文」で検索を掛けてみると、《朝日》と《東京》には、どこを探しても該当する記事が1本もなかった。《読売》は、サイト内と1年以内の紙面掲載記事の中に、1本ずつ、同じ記事が掲載されていた。《毎日》には、7月に紙面掲載記事が1本、12月にサイト内記事が1本あった。以下、《毎日》の7月の記事を簡単に紹介する。
2020年7月23日付
「月刊・持論フォーラム」の冒頭、「米大統領選と日本外交」と題して、琉球大学准教授・山本章子氏が書いている。
「アメリカの独立記念日にあたる7月4日、ニューヨーク総領事館の山野内勘二総領事が、「ジミ・ヘンドリックス(ジミヘン)にインスパイアされた」米国歌「星条旗」のエレキギター演奏動画をインターネット上で配信。ツイッター上で数千の称賛を浴びる」ことがあったという。外交官のこの行動に対して山本氏は、まるで日本政府がトランプ再選を望んでいるかのように受け取られる「YA論文」を否定し、人種差別的な言動をとるトランプを支持しないというメッセージと同時に、「匿名論文が日本政府の総意ではないことを示す意図があったと考えるのはうがちすぎだろうか」と述べている。
ジミヘンことジミ・ヘンドリックスは、黒人奴隷の子孫を父に、ネイティブアメリカンを母に持つロックギタリストだった。「1969年8月18日、ニューヨーク郊外で開催されたウッドストック音楽芸術祭にて「星条旗」を演奏する。ベトナム反戦運動、黒人公民権運動、ウーマンリブ運動がアメリカの政治と社会を変えようとする時期であり、ウッドストックにはこれらの運動に共鳴する若者ら約40万人が集まっていた。
翻って、2020年の7月4日、黒人とネイティブアメリカンを両親に持つジミヘンの「抗議」の曲を、ニューヨークの日本総領事館の総領事が演奏する。人種差別的な言動で知られる白人のドナルド・トランプ大統領のもと、黒人差別への抗議に揺れる現在のアメリカに対するメッセージとして、「これ以上時宜にかなったものはない」と山本氏は評価している。
●uttiiの眼
「YA論文」を否定して、日本政府が決してトランプ支持ではないことを示す動きが、1つは論文次元で行われ、さらに、外交官の行動によって、結果として示されたのは興味深い。ただ、米大統領選は、広い意味での日本外交に関わる人たちの世界をも、分断に導いていた、ということなのかもしれない。この分断は長く続くだろう。
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