3月31日をもって長瀬智也(42)がジャニーズ事務所を退所し、3人体制となったTOKIOが4月1日、「株式会社TOKIO」を始動させた。昨年7月の新会社設立発表から9カ月、ジャニーズ事務所からのれん分けした形となったTOKIO。公式サイトもオープンさせ、上々の滑り出しに見えるが、一方でTOKIOは体よくジャニーズから“追い出された”のではないかという見方もある。
城嶋、国分、松岡の3人で「株式会社TOKIO」が始動
会社の第一歩として1日午前0時に企業サイトを立ち上げたTOKIO。
リーダーで同社の社長となった城島茂(50)は「それぞれがこれまでに培ってきた経験をもとに、今日をより良く、明日をより楽しく生きていく『術』を世に伝え、新たなる『術』を構築しながら次の未来へと紡いでいくことが、弊社の理念です」と所信表明した。
国分太一(46)と松岡昌宏(44)は副社長として城島を支えていく。
同社で企画を務める国分は「アイデアを形にして、この手を働かせて、ワクワクを一緒にいっぱいつくっていきましょう」と抱負を語った。
広報担当となる松岡も「自分らしく皆さまにこれからのTOKIOをお伝えしていきたい」と同社サイトで意気込みを述べている。
株式会社TOKIOはメンバーのほか、ジャニーズ事務所からの出向社員や、TOKIOをよく知るスタッフら数人が加わり運営していく。
ゆかりのある福島県では、企画調整課内に株式会社TOKIOとの窓口となる「TOKIO課」も設置されるなど、すでに新たな試みが動き出している。
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滝沢副社長がTOKIOをジャニーズから追い出した?
1990年の結成から約30年、バンドだったTOKIOが株式会社となった。長瀬智也、山口達也(49)が抜け、3人となったTOKIOだが、これからは芸能活動だけではなくさまざな事業にも足を踏み入れていくことになる。
今回の事務所内独立はジャニーズ事務所の関連会社という扱いになったが、なぜこのようなこれまでにない形で落ち着いたのか。そこには滝沢秀明副社長の思惑があったとされる。
ジャニーズ事情に詳しい週刊誌の記者は次のように語る。
「長瀬さんの脱退をきっかけに解散やむなしとみられたTOKIOですが、会社を作るというウルトラCのような方法でグループを存続させることに成功しました。彼らにしてみれば苦肉の策だったと思いますが、これを誰よりも喜んだのは滝沢秀明副社長だといわれています」
滝沢氏にとってTOKIOは大先輩。しかし、自分はジャニーズ事務所の副社長として会社を運営していかなければならない。
「滝沢副社長はTOKIOの扱いに困っていたというのが本音です。というのも、現在社長を務めているジュリーさんが初めてきちんとマネジメントをして育てたのがTOKIOです。それだけに彼らはジュリーさんや名誉会長である母のメリーさんから寵愛を受けてきました。なので、滝沢副社長はTOKIOに手を出すことができなかったのです」(前出・芸能記者)
若返りを図るべく、次から次へとジャニーズ改革をしていった滝沢氏だが、TOKIOだけは治外法権としてこれまで触れずにいたのだ。
そんな中、飛び出したTOKIOの会社化。扱いづらい先輩を事務所内独立という形で“体よく”追い出せる、滝沢氏にとってこの上ない方法だった。
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この決定に滝沢氏はもろ手を挙げて大賛成したといわれている。