拉致問題、南北対話に触れてほしくないのが本当の理由
2021年1月にバイデン新米国政権が発足し、これを見据えていたかのように北朝鮮は、予防線を引いていたのである。バイデン政権は、トランプ前大統領と金正恩委員長の首脳外交を否定的にとらえ、対北政策の見直しをしている。それにより、北朝鮮が無理に東京に選手団や高官を派遣しても外交的に成果は期待できない。金正恩委員長自らの訪日などありえない次元である。
2021年3月には、朝鮮外務省でアメリカとの交渉を担当しているチェ・ソニ第1次官が国営の朝鮮中央通信を通じて以下のように談話を発表した。談話では「米国で政権が変わっても聞こえてくるのは『北は脅威だ』という話や『完全な非核化』という口癖ばかりだ」としたうえで、今週、日本と韓国を訪問しているブリンケン国務長官について「圧迫の手段を再検討していると騒ぎ、我々を刺激している」と非難した。その上で「米国が敵視政策を撤回しないかぎり、いかなる接触や対話も行わないという立場だ。今後も米国からの接触の試みを無視する」としてバイデン政権の呼びかけに応じない姿勢を示した。さらに「我々と会談することを望むなら悪い癖を直し、始めから態度を改めなければならない」として米国に譲歩を求めた。
このように北朝鮮にとって対米外交に進展がなければ、日本との交渉は利点が薄い。最近では、2021年4月18日に日米首脳会談のため訪米した日本の菅義偉首相は講演で「北朝鮮の金正恩国務委員長と条件を付けずに会う用意がある」と述べた。
これを受けるように、北朝鮮は労働新聞で4月18日付の記事で、壬辰倭乱(文禄の役)に触れながら「我が人民は日本の侵略の歴史を忘れていない」と強調。日本植民地時代にも言及し「民族抹殺政策を実施して数多くの朝鮮人を労働奴隷や性奴隷として連れて行き、苦痛と死を強要し、天文学的な額の文化的財物と資源を強奪した」と批判した。さらに、日本が歴史を美化、歪曲していると非難し、「日本はすべての罪悪の代価を必ず払うだろう」と警告した。
東京五輪をきっかけに金正恩委員長もしくは、金与正氏が訪日し、日朝交渉にこぎつけ、拉致問題に言及し、その前後で韓国がお膳だてをするなどして冷え込んだ南北関係にも明るい兆しとしたい目論見は、北朝鮮には通じないし、「触れたくないほど避けられれている」ことがわかる。
(宮塚コリア研究所副代表・國學院大學栃木短期大學兼任講師 宮塚寿美子)
image by: kovop58 / Shutterstock.com