バイデンが見誤れば核戦争に。中国が海空戦力を増強させ続ける訳

 

それにしては中国の軍拡は恐ろしいのでは?

では近年の目覚ましい中国の海空戦力の増強は一体何のためなのか。私に言わせればそれは、以上に述べてきたような「1つの中国」論という国家的アイデンティティに関わるタテマエを維持するための壮大なる軍事的浪費である。

台湾が一方的に独立宣言を発することは99.99%あり得ないが、その可能性が0.01%でもある限り、最終的に核を含む対米全面戦争をも覚悟して備えをしなければならない。ところが中国のいざという時の台湾侵攻作戦シナリオは、長い間、電撃的に航空優勢を確保した上で何十万の兵士が雲霞の如く渡洋・上陸を敢行するという毛沢東流の人民戦争方式による単純粗雑なものだった。これが時代錯誤の全く役立たずのシナリオであることを中国が思い知ったのは1995~96年の「第3次台湾海峡危機」においてであった。

この時、台湾初の総統直接選挙で李登輝が勝利しそうになると、本省人の李が政権を確立すると「独立」に傾くのではないかと予想した江沢民の中国は、牽制のために台湾沖にミサイルを撃ち込むという愚行に出た。するとクリントンの米国は2つの空母機動艦隊を台湾周辺に急派、一気に緊張が高まった。

言うまでもなく空母は動く戦闘爆撃機発進基地であり、随伴するイージス巡洋艦・駆逐艦、攻撃型原潜は動くミサイル発射基地であって、当時は空母の1隻とて持たなかった中国は実は台湾に「手も足も出せない」状態であることを思い知らされた。つまり、口では「いざとなれば武力で統一」とか偉そうなことを言ってみたところで、それを裏付ける軍事力は何も持っていない。ということは、「1つの中国」の国是は絵に描いた餅、中国流の言い方をすれば「張子の虎」にすぎなかったのである。そこから、中国の嵐のような海空戦力の近代化計画が始まった。

まず第1は空母で、1998年にウクライナから未完成の船体を購入して“研究”に着手、2012年に訓練用として配備すると共に、初の国産空母「山東」の建造(19年就航)、さらに2~4隻目の建造も進められていると言われる。これらは一重に、米第7艦隊に勝つことは望まないまでも、96年のような事態でせめて接近を拒否する抵抗線を張れるようになることを目指した建艦計画である。

第2は短・中距離ミサイルで、2015年9月に米ランド研究所が発表し、本誌も同年12月14日付のNo.815で概要を伝えたように、1996年には台湾と韓国に届くミサイルを数十発程度持っていただけだった中国は、2010年には台湾と韓国に届くDF-11および-15を数千発、日本とフィリピンの全土に届くDF-21およびDH-10を数百発、グアムのアンダーソン空軍基地に届くH-6およびIRBM(中距離弾道弾)を数十発を持つようになり、さらにその時点での予測では2017年には後2者がそれぞれ数百発から数千発に、数十発から数百発に、増強されると見込まれていた(写真 https://bit.ly/2QY6pk1 )。これらは、上記ベインナート教授が言う地対艦の「空母キラー」として、またその後ろに控える嘉手納はじめ在日、在比、在韓の米軍基地を叩き、サポート・増援・補給体制を破壊する重層的な地対地ミサイル網として用意されている。

第3は、こうなるとすでに中米は全面戦争状態に入りかねない訳で、最終的には核の勝負に持ち込まれることをも想定しなければならない。中国が米本土を狙える戦略核ミサイルは、現在は100発程度だが「今後5年間で200発まで増える」と予測されており(20年9月2日付朝日)、その中では特に秘匿行動性の高い潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の充実に力を入れているようで、中国の異様とも言える南シナ海へのこだわりはこのことに関連している。

中国の主要な原潜母港は海南島にあり、そこを発した艦は直ちに南シナ海の深みに沈潜し、そこから西太平洋の海底深くを自由に行動する。東シナ海は大陸棚で潜水艦の行動には向かないのでそうするしかない。かつて冷戦期には、ソ連の極東における原潜基地はウラジオストクで、そこから目の前のオホーツク海に潜って北太平洋に出たり、日本列島の両側を南下したりした。それと同様の意味を持つのが中国にとっての南シナ海であり、そうであるが故に米国は南シナ海での米艦の「自由航行」に偏執する。その意味合いは、

  1. 同海域を中国の自由な原潜発進基地にさせたくない
  2. 米艦船が自由に出入りして中国原潜の動向を探りスクリュー音の収集・分析作業を進めたい

というにある。

以上の第1~第3は、96年危機に発した中国の「1つの中国」のタテマエを守るための(客観的に見れば)ほとんど無駄な努力として相互に連動しているのであり、それを表面的かつ部分的にだけ捉えて「日本のシーレーンが危ない」とか「尖閣を奪いに来るんじゃないか」などと勝手な推測をして怯えたり危機感を煽るのは頓珍漢で、肝心なことは、バイデン政権がどこまで深刻に問題を捉えているか不明のまま「1つの中国」論を弄んで徒らな挑発に踏み込むことがないよう忠告するのが、日本の本来の同盟国としての役割でなければならない。しかし菅はこの米国の「戦略的曖昧さ」を曖昧化させる危険なゲームに、大した自覚もなくオロオロと付き従っているだけである。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2021年5月10日号より一部抜粋・文中敬称略)

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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