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五輪「中止や延期不可」の謎。ネックは選手村マンション転売問題か?

巷間まことしやかに語られていた五輪中止に伴うIOCへの高額な違約金支払い問題ですが、どうやらその信憑性は低いもののようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、とある「契約書」を読み込んで判明した、五輪の中止や延期に関するIOCと東京サイドの間の金銭に関する取り決めを紹介。その上で、菅政権が中止や延期をできない理由を考察しています。

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五輪追加費用、問題はIOCより国内の利害調整では?

新型コロナウィルスの感染拡大は、緊急事態宣言の対象地域がどんどん広がる一方で、ワクチンの接種体制については苦しい実態が明らかとなり、7月末までに65歳以上の高齢者のうち希望者には全員接種という目標は、達成が困難であると言われています。

そんな中でも、菅総理をはじめとして、政府は「五輪は開催できる」という姿勢を崩していません。一方で、世論調査を行うと、調査にもよりますが中止もしくは延期という意見が60から80%は出るという状況です。

このメルマガ『プリンストン通信』の「USAレポート」では、ここ数回、この問題への懸念を2つの角度から検証してきました。1つは号外でお届けした「五輪の食事会場などで選手等の行動監視員」が導入されるという案への懸念、そしてもう1つは、そもそもIOCと東京五輪の間の契約が公開されていないので、「中止を言い出したら違約金が1,200億」などという「怪談」がまかり通っているという問題についてです。

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後者の契約問題ですが、本メルマガでお話して以降も、ネットだけなくTVや新聞などで更に様々な説が飛び交っています。ですが、議論を先に進めるような内容は乏しいのが現状です。そこで私も、この間、引き続いてこの契約問題についてネットを使った追跡や検索を繰り返して来ました。以降は、そのご報告です。

まず主要な契約スキームとしては2つあるようです。

お断りをしておきますが、この2つに関しては、最新の有効なものという確証はありません。人類史上、そして五輪史上未曾有の事態である、新型コロナのパンデミックを受けて、契約書の書き換え(アメンド)や追加の議定書合意(サプリメント)などがされている可能性がありますし、またイベント開催保険のスキームなどは知りようがないということもあります。

そうではあるのですが、依然として、IOCも東京五輪実行委も、この問題に関してはダンマリを続けています。ですから、現時点で入手できた証拠を元に議論をするしかないし、議論の叩き台としてはそれでいいのだと思います。

2つの契約スキームのうち、1つ目は「開催都市契約(ホスト・シティー・コントラクト)」というものです。これは主要な契約書

HOST CITY CONTRACT(英語)
開催都市契約(日本語)

がまずあり、更に細かな実務規定である「大会運営要件(オペレーショナル・リクワイメント)」も合意されています。

HOST CITY CONTRACT OPERATIONAL REQUIREMENTS(英語)
開催都市契約 大会運営要件(日本語)

こうした基本的な契約書については、現在もこのように東京都のHPにある五輪のページからリンクがされており、最近ではこの「開催都市契約」をベースにした議論も見られるようになってきました。

この「開催都市契約」ですが、現在のような形になったのは五輪が「アマチュアの祭典」から「プロを含めた巨大な祭典」に変化していった1980年代以降のことです。例えば、評判の悪いロゴの使用規定など、五輪に関して「これはできる」とか「これはできない」といった詳細な取り決めは、この「運営要件」を見れば分かるようになっています。

この「開催都市契約」とその「運営要件」ですが、大きな前提となっているのは「オリンピック東京大会」というのは、完全に独立採算だということです。契約書では「開催都市、開催国の五輪委、当該五輪の実行委」の3者、つまり今回では「都、JOC、実行委」の3者を一つの団体として考え、これが大会の全てを仕切るという考え方です。

ですから、この3者(以降は「東京サイド」という言い方にします)の経営が甘くて、何らかの追加費用が発生した場合にはIOCには一切負担する義務はないという考え方で、契約の全体が組み立てられています。その一方で、五輪をIOCの決めているレギュレーションを守って開催する義務が、「東京サイド」には負わされています。

こうした契約のスキームに関しては、「不平等条約」だとか「治外法権」などという批判がありますが、そもそも、ロンドンにしても、リオにしても同じようにこの契約スキームで実施しています。また、元来が、猪瀬=安倍=竹田=森の4名を中心に招致が進められた時から、日本サイドとしては受け入れている条件ですから、今更文句を言っても始まりません。

例えば、大会開催にあたっては医療従事者を手配しておくということも、この「開催都市契約」で約束しているのですから、開催する以上は「東京サイド」としては、その約束からは逃げられません。

そんなわけで、コストの負担については、基本的に明朗会計であり、「東京サイド」としては東京大会に関する費用が追加で出た場合には、東京サイドとして負担しなくてはなりません。また、大会が中止となった場合の追加の費用についても、それが東京大会の中止に関するコストであれば、東京サイドの負担になります。ということは、この部分に関しては憶測とか怪談といった話にはなりそうにありません。

もう1つの契約のスキームとは、放映権料の扱いです。大ざっぱに言って、最も大口の放映権料は、米国のNBCが東京、パリ、ロスまでの長期契約で、そのうちの東京の分が約1,300億円(12億ドル)と言われています。仮に中止になった場合は、IOCとしてはその額が入らなくなるわけで、そうするとその全額を「違約金」として東京サイドに請求するという噂があるわけです。

確かにそうなれば、東京サイドの負担額は大きくなりますし、何よりもIOCの収入減について全額を東京が「かぶる」というのは理不尽です。「ぼったくり」というような言葉が独り歩きしているのも、この点を中心にしたものだと思います。

ところが、この問題、つまり「もし放映権料が入らなかったどうするか?」という点については、IOCと東京サイドには契約が存在するようです。

これは、「BRA」というものです。正式には“Broadcast RefundAgreement”といって、そのものズバリ「放映権料返金契約」ですが、日本語訳としては「IOC拠出金の払い戻しに関する契約」という名称になっています。

尚、私の入手した契約書は、2017年12月26日に作成されたというサインのない契約書案ですが、東京都のドメインにぶら下がっていた(リンク不明)ものですから、相当に正式なものだと思います。尚、この時点では2018年2月頃に契約締結予定となっており、別の後日の資料によれば、実際には2018年2月24日に締結されたようです。

尚、この2018年の2月24日に締結されたというのは、より公式性の高い資料にあったものですから、恐らく事実だと思われます。また、2017年の12月から2018年2月にかけては、まだパンデミックの予兆すらなかった時期ですから、契約を変更する理由はなさそうです。ですから、この文面で締結されたと考えることにします。

またこの文面ですが、2020年9月29日に東京サイドとIOCが締結している「1年延期に伴う契約改定(アメンドメント4)」には、「BRA」はそのまま有効であると書いてあります。したがって、問題の「BRA」は現在も有効と考えられます。

では、その「BRA」には何と書いてあるのかというと、次のような内容になっています。

  1. 五輪が開催された場合にIOCは、放映権料を原資とするIOCから東京サイドへの拠出金を850億円払う
  2. 仮に放映権のキャンセルが発生した場合には、この拠出金を減額する
  3. この場合の減額は、放送局からのキャンセル額に「Tokyo2020パーセンテージ」を掛けた額である。この「Tokyo2020パーセンテージ」とは、「850億円/東京五輪における全ての放映権収入」という計算式となる
  4. 日本側の負担としては、当初拠出金として入るはずであった850億円が減額されるだけであり、それ以上の負担はない

このうち3.が少々複雑ですが、要するに全ての放映権収入について、IOCと東京の取り分が2:8だとすると、「Tokyoパーセンテージ」は80%になります。その上で、仮に1,000億円のキャンセルがあったとしたら、東京サイドはもらえるはずの850億円の中から800億円を返金するということになります。

ちなみに、入手した契約ドラフトによれば、この「BRA」契約のサイナー(署名者)は武藤敏郎氏、つまり2020東京オリ・パラ実行委の事務総長です。武藤氏は、この間、中止となった場合の違約金について「見当がつかない」とか「考えたことがない」などと発言していますが、仮に「開催都市契約+BRA」の枠組みがしっかり合意できているのであれば、そんなにウロウロする必要はないわけで、こうした発言を繰り返しているのは奇々怪々という感じがします。

それだけではありません。2020年9月29日に東京サイドとIOCが締結している「1年延期に伴う契約改定(アメンドメント4)」には、仮に開催ができて余剰金が発生した場合には、「例外的な状況(パンデミックによる延期)」にかんがみてIOCは20%の「取り分を放棄する」としています。

勿論、この点について言えば、こんな状況で強硬開催した場合には「余剰金」つまりイベントとしての「もうけ」が出る可能性は低いわけで、空虚な善意とでも言うべきものですが、それはともかく、基本的に全収入におけるIOCと東京サイドの取り分というのは「2対8」という感触であることはわかります。

そんなわけで、ここまで述べてきた「開催都市契約+BRA」という枠組みであれば、IOCのバッハ会長が「ぼったくり」というのは印象論であって、IOCと東京サイドの間は比較的明朗会計になっていると言って良いと思います。まして、違約金が発生という可能性は低いし、IOCにしてもダメージについては保険でカバーする措置を当然講じていると考えるのが妥当です。

では、どうして中止できないのか、また中止できない理由として、やはり金銭的事情があるのかというと、これはやはり日本国内の問題になると思われます。

まず考えられるのはスポンサー等の問題です。今回、スポンサー契約に関するBRAに相当する協定については、資料を入手できませんでした。ですが、ロンドンやリオに関する資料を見てみると、一般的に放映権料の半額近い金額がスポンサー料として入ってくる計算だと言われています。

このスポンサー契約に関しても、基本的にはIOCの契約のひな形が使用されて、万が一キャンセルが出た場合には、その枠内での返金ということになるはずです。

問題は、日本の多くの産業には、前近代的な「バーター取引」が残っている点です。つまり五輪のスポンサーになって拠出金を払うと、その見返りとしてメリットがあるというような取引です。勿論、開催都市契約にあるように、これが見える形になる場合はしっかりIOCのガイドラインで管理されるわけですが、何と言っても日本国内の場合は、見えない形で色々な利害とか口約束とかが残っている可能性はあります。

スポンサー契約以外にも、色々な利害や口約束がある可能性があります。その具体的な1つとして、武藤事務局長が再三にわたって言及しているのが、選手村の転売問題です。今回の選手村は、五輪開催後には物件をマンションとして転売することとなっており、既に売れてしまっているのだそうです。そこで、2020年から21年に延期するにあたっては、購入者に入居を遅らせてもらっている、これを更に延長するのは難しいというのです。

武藤氏といえば、大蔵次官から初代の財務次官をやり、日銀副総裁を5年やった超大物です。その超大物が、選手村の転売問題という「比較的限定された話」について、再延長はできないと何度も述べ、だから五輪の延期は無理だと言っているというのは、どうにも不自然な感じがします。

これは、1年延期の際にそれこそ違約金をケチって、購入者から突き上げを食らったので、2度と同じ目には遭いたくないのか、反対に、2020年の延期の時点で、社会には公表できないような多めの違約金を払っており、同様の措置を繰り返すことはさすがにできないという2通りの可能性があります。武藤氏の言い方には、カネで解決できないというニュアンスがあるところを見ると、後者なのかもしれません。

ということで、現時点での仮説としては、五輪の中止や延期に関する「IOCとのカネの問題は、イメージに反して明朗会計である」可能性があります。その一方で、菅政権が中止や延期をできない理由には、恐らく国内の金銭的事情がある、そのように考えるのが合理的と思います。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

image by: 東京都知事 小池百合子の活動レポート - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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