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大人の心理学。富田隆教授がSMで紐解く「恐怖による支配」の構造

先日掲載の「ユニクロに米国が激怒。中国ウイグル弾圧にダンマリで加速する輸入禁止」等の記事でもお伝えしているとおり、世界から問題視されている中国当局によるウイグル人奴隷労働。倫理的に問題があるのが明白なこのような労働形態は、なぜ存在し続けるのでしょうか。今回のメルマガ『富田隆のお気楽心理学』では著者で心理学者の富田隆さんが、奴隷動労を始めとする「恐怖による支配」のシステムと、奴隷労働への誘惑が無くならない理由を解説。さらに恐怖によって支配された人々の「致命的欠陥」及びこの支配法が抱える弱点についても詳らかにしています。

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恐怖による支配

【飴と鞭】

心理学や教育学に関連して、よく「飴(あめ)と鞭(むち)」という言葉が使われます。

「飴と鞭」の両方を上手に使い分けることで、人や動物の行動を思うがままにコントロール(支配)しようというわけです。

「飴」は甘い快楽を意味しており、行動に対する「報酬」の機能を備えています。これに対して、「鞭」は苦痛をもたらすものですから、行動への「罰」や「脅し」として機能します。何かをやらせたければ飴で誘惑し、ある行動を禁止するためには鞭で脅したりするわけです。

「報酬」や「ご褒美(ほうび)」が、その原因となった行動を生じ易くすることを心理学では「強化(reinforcement)」と呼んでいます。金メダルやボーナス、賞品や仲間からの称賛、仕事をやり遂げた後の美味しい「一杯」など、「飴」の効果が確かなことは、日常生活で、誰もが経験していることではないでしょうか。ご褒美などの「良い結果」につながった行動は、似たような場面で、また生じ易くなるのです。

教育者の立場からすれば、適応的な行動や社会で必要とされる行動を上手に強化するためには、そうした行動が自発された直後に、何らかの飴(良い結果)を伴なわせれば良いということになります。素晴らしい賞品やご褒美が有効なのはもちろんですが、飴は「良い結果」であれば何でも構いません、信頼する親や教師からの「よくやった!」のひと言でも効果は絶大です。人間には精神的な飴もまた有効なのです。

ですから、良く言われるように、子供を「褒(ほ)めて伸ばす」ことは、教育の基本です。ただ、本当に「強化」を成功させるためには、目標としている行動が自発された直後に分かりやすくはっきりと褒めたり、「よくできました」の花丸を上げたり、すぐに「良い結果」を伴なわせることが肝腎です。何もしていないのに飴を与えることは逆効果であり、それでは褒めたことにはなりません。

【回避行動】

今回のテーマは「恐怖による支配」ですから、鞭の領域になります。

ある行動をしたら鞭を与えるのは「罰(punishment)」ということになりますが、「罰」は何のために与えるかといえば、その行動をこれ以上しないように、「抑制」するために与えるのです。確かに、鞭による行動のコントロールのひとつは、この抑制なのですが、実は、恐怖による支配には、積極的に何かを「させる」(促進する)というものもあり、もしかするとこちらの方が社会では多用されているのかもしれません。

具体例で説明しましょう。子供が猫を苛めたらお尻を10回叩くというのは、もちろん「罰」です。ある行動をしたら、「苦痛」が伴なったというわけです。これは二度と猫を苛めさせない、「抑制」のためのコントロールです。

これに対して、強盗がピストルを突き付け、「金を出せ」という場合は、何か行動を抑制しようというのではありません。有り金全てを強盗に渡すという行動を「促進する」ことが目的です。同じように苦痛につながる「嫌悪刺激(鞭)」を使っていますが、前者の「罰」では行動の「抑制」を狙っており、後者では逆に、行動を「促進」したいのです。

要するに、「酷い目に遭いたくなければ金を出せ」というわけで、お金を強盗に渡すという行動は災難や苦痛を「避ける」ためのものなので「回避行動(avoidance)」と呼ばれます。そして、苦痛(鞭)を受けずに済むのも「良い結果」の一種なのです。「良い結果」には直前に行われた行動を「強化」する力があることを思い出してください。「鞭」も使い方によって、特定の行動を減らすことも増やすこともできるのです。

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【苦痛による調教】

ですから、「飴」同様、「鞭(苦痛、嫌悪刺激)」もまた、それをストップしたり避けさせることにより、ある行動を「強化」し促進する力を備えています。これを心理学では「負の強化(negative reinforcement)」と呼んでいます。苦痛を取り去る(マイナスする)ことにより「良い結果」を生み出すので「ネガティブな強化」、負の強化と呼ぶわけです。

これと区別するために、飴を与える普通の強化のことを「正の強化(positive reinforcement)」などと呼ぶこともありますが、「正」であれ「負」であれ、「強化」には、目的の行動を促進し、生じやすくするという同じ力があります。

強盗の例では、実際には銃撃を事前に回避したわけで、被害者は苦痛を受けてはいませんが、これとは少し違って、現実に苦痛を受けてしまう場合もあります。既に、苦痛を受け続けていて、何かをすることでその苦痛が停止すれば、その行動は強化され、その行動が生じる確率は高くなります。

たとえば、SMプレイを例に考えてみましょう(少々大人向けの例に過ぎるのですが、分かりやすいので)。Mが進んでフェラチオをするように、Sがこれを「調教」するにはどうしたらよいのか?もちろんこれはSMの世界の話ですから、フェラチオをしたらご褒美にクンニリングスで逝かせてあげるといった「正の強化」は使えないと仮定してください。

使うのは当然、「負の強化」です。基本的には、最初にまず何らかの苦痛を与えておいて、Mがしぶしぶにでもフェラチオをしたら、苦痛を止めてやる(あるいは回避できるようにする)ということになります。具体的には、まずSは鞭でMを叩き続けて、Mが苦痛に耐えかね、指示に従ってフェラチオをしたら、ご褒美に鞭で打つことを止める。こうした、「苦痛~目標行動~苦痛の停止」というサイクルを何周も回転させて、目標行動を強化します。これは、「鞭で打つぞ」と脅して、フェラチオをしたら打たない、という「回避」を強化することでも同様の結果を得られます。すると、最初は仕方なくいやいやフェラチオをしていたMが、次第に「進んで」「喜んで」自分からフェラチオをするようになるのです。

このように、鞭を用いた「負の強化」によっても、人の「自発的行動」を促進したり、生じやすくしたり、強めたりすることができます。

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【奴隷労働】

SMプレイの場合は、カップルが合意と自由意志に基づいて快楽を探究しているのですから倫理的に問題はないのですが、これと同じ原理で、いわゆる「奴隷労働」も成り立っています。こちらの方は、人道上、許されることではありません。

なぜ、世界中の国々から非難を浴びながらも、ウイグル自治区などで奴隷労働が続けられているかといえば、それは、報酬によって人を働かせる「正の強化」に比べ、「負の強化」では費用がほとんどかからないからです。奴隷労働は「安上がり」なので、強欲な企業家や資本家(独裁者)がその分ごっそりと利益を得られるというわけです。

たとえば、奴隷労働では、まず先に奴隷たちに苦痛を与えておいて、「一所懸命に働けば酷い目には合わさない」と回避行動を持ちかけるのです。奴隷労働では、労働を「強化」するのに、ボーナスも賞品も必要ありません。生産が目標量に達したらご褒美として拷問を受けなくてもよいように取り計らってやる、あるいは最低限生きていけるような収容所の環境を保証する、ただそれだけで良いのです。

今でこそ、奴隷労働は中共や犯罪組織が支配する地域などのごく一部でのものとなりましたが、昔は、世界中で当たり前のように行われていました。

その理由は、第一に先に述べたように「経済的」で安上がりなことが上げられるでしょう。ルールや倫理を無視した経済の「自由競争」が放置され続ける限り、奴隷労働への誘惑は無くならないでしょう。低コストのみが重視される無規範な世界では「悪」の方が競争に勝つのです。

もうひとつ、第二の理由は、習得に際しての「効率の良さ」です。人は苦痛や恐怖には敏感に反応するので、工場労働など目標とする行動を、比較的短期間で容易に強化し習得させることができるからです。命懸けの状況では、人は真剣に働き、一所懸命に新しい技能も習得しようとします。

ですから、教育の分野でも、生徒たちを鞭で脅かしつけ、「負の強化」による学習で成績向上を目指そうとする教師が、現代においてさえ後を絶たないのは、このためです。さすがに暴力をふるう教師は少なくなりましたが、精神的な暴力で生徒の心に恐怖を植えつけ、追い込み、恐怖からの逃避や回避の形で勉学を動機づけようとする教師はまだ結構いるようです。こうした教師に支配された生徒は、自分の夢を実現するために勉学するのではなく、落ちこぼれになりたくない、とか、親兄弟をガッカリさせたくない、他人からバカにされたくない、といった、ネガティブな動機で勉強をするわけです。

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【創造性の欠如】

恐怖によって支配された人々は、一所懸命に学習し、必死に働くわけですが、こうした形で鍛え上げられた能力には、致命的な欠陥があります。それは「創造性」の欠如です。

負の強化による学習や労働は「自由」とは無縁です。確かに負の強化による教育は、決まり切った、システマティックな能力を身に付けるのには適しているかもしれません。少ない時間で効率良く、紋切型の能力を身に付けることはできるでしょう。しかし、正解の無い、全く新しい何かを生み出すための能力は、「正の強化」を中心に据えた「自由」な学習環境でしか育ちません。

AI(人工知能)のパフォーマンスが飛躍的に向上した現代においては、奴隷労働的な仕事は次々にロボットやAIに取って代わられつつあります。給料がやたら高いかゼロかにかかわりなく、奴隷労働の従事者は失業します。これからの時代、人間が担当しなければならないのは、「創造的な分野」や「芸術」、そして、「遊び」や「趣味」と区別できないような領域の仕事なのです。

そしてもうひとつ、恐怖による支配が抱える弱点があります。

それは、負の強化を維持するためには、常に恐怖を現実のものとし続ける努力やエネルギー?が必要になるのです。もし、皆に、恐怖の対象が絵空事であることが分ってしまえば、誰も回避行動や逃避行動をする必要はなくなるからです。要するに、「なめられたら終わり」ということです。

たとえば、老朽化し爆発しないことが分かっている核弾頭がいくら並んでいても、それは抑止力にはなりません。米国をはじめとする核保有国は毎年かなりの額の税金をこうした核弾頭のメインテナンスに使っています。それは、核弾頭が「現実の恐怖」であることを維持するための費用です。

恐怖の源(みなもと)が実は「張り子のトラ」であることがバレてしまえば、その「恐怖」を裏付けとしてこれまで維持してきた支配は終わってしまいます。

所詮(しょせん)、倫理的な摂理から外れた事柄は、一見、どんなに強力に見えても、どこかに致命的な欠陥を隠しているものです。「恐怖による支配」もまた仮初(かりそめ)のものであり、永くは続かないのです。本当に価値のあるものは、自由の中から生まれて来ます。

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image by: Shutterstock.com

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