コロナ禍によって「外国人技能実習生」の来日が叶わず、日本のあらゆる現場で「人手不足」の声があがっているというニュースを昨今、目にすることがあります。一部の報道では「低賃金・重労働を強いている」という現代版・奴隷制度のような取り上げられ方をされる技能実習制度ですが、本当に報道されているような実態だけが真実なのでしょうか? メルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』の著者で働き方改革コンサルタントの新田龍さんは、外国人技能実習生について、メディアのセンセーショナルな報道と現場の実態が乖離していることを指摘。新田さんが明かす、真の現状とは?
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外国人技能実習生は「低賃金・重労働の担い手」か? 技能実習制度の実態
北海道夕張市の名産品「夕張メロン」が、人手不足のため8万玉分の減産となる旨のニュースが先日「日本農業新聞」で報じられた。メロン農家はかねてより高齢化が進んでおり、慢性的な人手不足状態であったが、とくに今般の減産理由が「メロン栽培の主戦力であった、中国人の技能実習生がコロナ禍のため来日できなかった」ことである点が話題となっている。
本件については農家の苦境を憂うよりも、
「技能実習生が来日できないから減産ということは、『技能を習得してもらう』という主旨が建前でしかなく、実質的に技能実習生が単なる『低賃金・重労働の担い手』だと露呈しているのでは?」
「JA夕張市では日本人アルバイトも募集していたが、条件は北海道最低賃金の時給861円。真夏の重労働を最低賃金で募集して人が集まらず、『人手不足』などと言っていること自体がおかしい」
「農家だけの問題ではなく、同じような事象が食品生産加工、繊維縫製、製造業などでも起きている。これは事実上、低賃金労働者の移民制度だ」
などと厳しい意見のほうが多く見られた。では果たして、技能実習制度とはそんなに欺瞞に満ちた、問題を孕んだ制度なのか。また技能実習生に頼らざるを得ない事業主はいずれも努力不足で、「苦境に陥っているのは自己責任だ」と突き放してよいものなのだろうか。
そもそも「技能実習制度」とは
我が国では1960年代から、外国人を受け入れて技能研修をおこなう形の外国人研修制度が存在していた。これはあくまで座学中心の研修であったが、1993年に現行の「技能実習制度」が創設されてからは、実習生は研修終了後、企業と雇用関係を結んだ「労働者」として生産活動に従事しつつ、実践的な技術を習得する形となった。当初は研修・技能実習の期間は合計で最長2年間だったが、1997年からは最長3年間に延長されている。
しかし、当初制度下では実習生に対して労働関係法令が適用されなかったため、賃金や時間外労働等に関するトラブルが多発。結果として2010年に法律が一部改正され、技能習得期間のうち実務に従事する期間中はすべて、労働法が適用される労働者として扱われることとなった。
その後2016年に技能実習生の保護に関する法律が施行され、技能実習の適正実施と技能実習生の保護を目的として「外国人技能実習機構」が設立された。技能実習計画を認可制、実習実施者を届出制、管理団体を許可制として、実習生に対する人権侵害行為への禁止規定を設け、違反には罰則が課されることが盛り込まれた。
現在、技能実習の対象となっているのは、農業関係、漁業関係、建設関係、食品製造関係、繊維・衣服関係、機械・金属関係、その他の合計85職種156作業で、受け入れ人数は一貫して増加傾向にある。
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技能実習制度の建前と実態
2017年に施行された「技能実習法」において、本制度の目的と理念は次のように定義されている。
【目的】
・人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進することを目的とする。
【理念】
・技能等の適正な修得、習熟又は熟達のために整備され、かつ、技能実習生が技能実習に専念できるようにその保護を図る体制が確立された環境で行わなければならない
・労働力の需給の調整の手段として行われてはならない
しかしこれはあくまで建前的な部分もあり、実際は、日本人の採用が困難な低賃金・重労働の職場に対して、途上国の安価な出稼ぎ労働者をあてがうシステムになってしまっている面もあるようだ。
冒頭の夕張メロン農家に限らず、労働力の多くを外国人実習生に頼っている事業所は多い。たとえばホタテの水揚量で全国一を誇り、「ホタテの町」と呼ばれる北海道猿払村(さるふつむら)においても、ホタテの殻を剥く作業の人手を地元では確保できず、多くの中国人実習生で補っている。加工場経営者はメディア取材に対し、「実習生なしでは、この加工場、いや村はもうやっていけない」と述べていた。まさに実習生の存在は、理念で否定しているはずの「労働力の需給調整手段」そのものなのである。
さらに問題なのは、建前と実態の乖離のみならず、技能実習生が劣悪な労働環境によって被害を受けているケースが存在することだ。2017年には、テレビ東京系の番組「ガイアの夜明け」において、有名アパレルブランドの洋服を製造している岐阜県の孫請け工場が採り上げられ、中国人実習生の女性たちが約2年半にわたり、劣悪な環境での労働を余儀なくされている様子が全国放送された。
具体的な被害実態としては、
- 休みは7ヶ月で1日だけ
- 残業197時間で手取り13万円
- 時給400円(岐阜県最低賃金 800円)
- 約620万円の未払賃金支払いを免れるために倒産
- 労災保険を利用して国から立替払いさせる
という衝撃的なもので、当時の視聴者からは「ここのワンピースを買ってたのでショック」「中国人研修生を奴隷のようにこき使って作られた服なんて絶対買わない」と批判が殺到。会社側はその後の公式発表において、「製造工場とは直接の取引がなかったため、労務問題の存在を認識していなかった」「取引メーカーの先の縫製工場において、不適切な人権労働環境のもと製造されていた実情を知り得なかったことは大いに反省すべき点であると認識」「同工場での製造は終了するとともに、今後は製造現場について更なる関心を払い、自社商品がそのような環境下で製造されることがないように努力する」旨をコメントしている。
厚生労働省が2020年10月に発表した「外国人技能実習生の実習実施者に対する監督指導状況」によると、技能実習生が在籍している全国9,455事業所に対して労基署が監督指導をおこなったうち、実に7割以上において労働基準関係法令違反が発覚していることが明らかになっている。この「外国人技能実習事業者の7割が違反」という数値は平成27年からほぼ横ばいで、改善の兆しは見られない。
● 外国人技能実習生の実習実施者に対する平成31年・令和元年の監督指導、送検等の状況を公表します 厚生労働省
主な違反事項は、
- 労働時間(21.5%)、
- 使用する機械に対して講ずべき措置などの安全基準(20.9%)、
- 割増賃金の支払(16.3%)、
の順に多く、重大・悪質な違反によって送検まで至ったケースも34件存在している。
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メディア報道と実態の乖離
最低賃金を下回る報酬、長時間労働、賃金未払い、不充分な安全対策、7割が労基法違反…「技能実習生」とは名ばかりで、受け入れ事業者にとっては「数年後には必ず帰国してくれる、安くて便利な外国人労働者」程度の位置づけになってしまっているように見受けられる。実際、報道される際も。日本人と比べて明らかに劣悪な環境下での労働を強いられているかのような報道も多く、読者の皆様にも同様の印象をお持ちの方もおられることだろう。
しかし、そういった実態は変わりつつあるようだ。技能実習生の登録支援機関で、産学連携支援を手がける一般社団法人「JIC協同組合支援協会」の丸山理事長はこのように語る。
「たしかに、過去の我々の同業者の中には、ご指摘通りの悪質な団体も多く見受けられました。しかし近年では、低俗な監理団体や劣悪な環境を作っている実習実施者を取り締まり、また適正な処分をするなど罰則も付けて厳しく対処されるようになり、以前のような悪質な技能実習自体が減ってきていると思います」
そう、実は我々の知らないところで、技能実習制度自体が大きく変わってきているのである。
従前は制度自体を直接規律する法律がなく、制度趣旨を理解しない事業者が、人手不足を補う安価な労働力の確保策として制度を悪用し、結果として技能実習生が低賃金で酷使されるなど、労働関係法令の違反や人権侵害を生じていた事実があった。
これについては、関係者の多くが認めるところである。
そこで改善策として、「外国人技能実習機構」が設立されたのは先述のとおり。具体的には、新たに設けられた監理団体や実習実施者の許認可を担い、技能実習計画の認定、実習実施者・監理団体への調査や実地検査などの監査業務、技能実習生への保護や支援業務をおこなっている。
さらに技能実習法では、法令違反がなく、技能評価試験の合格や指導・相談体制等において優れた監理団体や実習実施者に対しては、技能実習生の受入枠の拡大を認め、より高度な技能実習がおこなえるようにし、所定の技能評価試験に合格した技能実習生の最長実習期間を現行の3年から5年に伸長するなどの拡充策も盛り込んでいるのだ。
「一部メディアの偏向報道には、事実を誇張したような酷いものも多いです。以前も複数のメディアから『劣悪な状況に置かれている実習生について話を聞きたい』との申し入れがありましたが、『少なくとも我々の協会に加盟している団体や、よく知っている団体の中で、自ら違法行為を見逃す団体や企業は思いあたりません』、と答えたところ、記事の趣旨と異なるとの事で報道に至りませんでした」
「一部の劣悪な事業者において、実習生が安価な労働力として扱われ、被害者となっている事は事実だとは思います。ですがほんの一部でのことで、また労働基準法を無視した雇用や不法行為などは、今の機構活動体制の中では、仮にあったとしても、継続しておこなう事は考えられません」
報道に至るような、悪質な事業者は一部。その前提で先ほどの「外国人技能実習生の実習実施者に対する監督指導状況」を見返してみると、グラフに注記されたとある一文に気づかされる。そこにはこのように書かれている。
<注>違反は実習実施者に認められたものであり、日本人労働者に関する違反も含まれる。
確かに、「外国人技能実習事業者の7割が労働基準関係法令に違反」という事実はあるが、これはあくまで「日本人も含まれた、事業者全体の違反」であり、決して「技能実習生の7割が違反」しているというわけではないのだ。
ではこの技能実習事業者における「7割」という違反率が、日本全体の違反率と比して高いか否かという話になるのだが、「労働基準監督年報」を基に算出する限り、2018年(平成30年)から過去4年分については「ほぼ同程度」であることが見てとれる。(日本全体の違反率:66.8%~69.1%に対し、技能実習事業者の違反率:70.4%~71.4%)
より厳密に考えると、技能実習対象業種は農業、漁業、建設、食品製造、繊維、機械金属関係等と限られている一方で、違反率68.2%の全業種の中には、技能実習の対象となっておらず、かつ違反率も低い電気ガス水道業(35.3%)、鉄道・軌道・水運・航空業(30.1%)、金融業(32.8%)、通信業(26.7%)なども含まれている。業種内で比較した場合、この違反率の差異はさらに縮まるものと考えられよう。
また技能実習法においては、実習実施者を監理する監理団体は、3か月に1回行う法定監理業務の中で、労働関係法令違反を把握した場合、労働基準監督機関に報告しなければならないという決まりができた。そして、重大な違反が発覚すると摘発を受け、監理団体の許認可取り消しに至ることになっている。それに伴って労働法規に対する学習と理解が深まり、監理団体の意識も変化し、技能実習生の保護、労働環境の改善に繋がりつつあると言われている。
ということは、技能実習生を受け入れている事業者のほうが却って法令遵守に対する監視の目が厳しくなり、全体平均よりもむしろ違反率が低いという状況にもなり得る。これは、技能実習制度の在り方にまつわる問題に真摯に向き合い、行政と監理団体が改善へと動き始めた成果であるといえるだろう。丸山理事長はこう述べた。
「まだ、完全にクリーンとまでは言えませんが、一部メディアに批判されていたような事案は格段に少なくなっていると思います。また、そうありたいですね」
近年では監理団体の数も増え、監理団体間の競争も進んでいるという。大手人材会社も協同組合を設立したり、買収したりすることで実質的に技能実習の業界に参入する動きも出てきている。そうなれば、「選ばれる団体」と「淘汰される団体」に分かれることとなり、業界全体の質向上にも繋がっていくことが期待できるだろう。
本件については、下記の「技能実習生は今も「低賃金・重労働」の担い手なのか? 「夕張メロン問題」から考える」をご覧頂ければ幸いだ。
※本記事はメルマガ『ブラック企業アナリスト 新田 龍のブラック事件簿』2021年6月11日号の一部を抜粋したものです。2021年6月中のお試し購読スタートで、新田さんのメルマガの5月分全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます。
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