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淘汰されつつあるニットアパレル。まだ「復活の道筋」はあるのか?

寒くなるとニットのセーターや帽子手袋などが恋しくなってきますが、そうした製品を生み出すアパレル業界には寒風が吹きすさび、なかでもニットアパレルは淘汰されつつあるようです。ニットの現状をなんとかしたいと考えるのは、メルマガ『j-fashion journal』著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さん。アパレル卸の原点に立ち返れば、アパレルはローリスクなビジネスモデルであって、ニットアパレルもクラウドファンディングによって持続可能なビジネスとして復活させられるのではないかと考えます。さらには減る一方のニットデザイナーの育成を可能にする方法などを、現状の問題点をあぶり出しながら提案しています。

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ニットアパレルを始めよう!

1.アパレル卸はローリスクだった

アパレル業は不況業種になっている。アパレル企業は儲からないし、残業も多いブラック企業だと見られているのだ。しかし、これはSPA(製造小売業)を前提にしている話である。SPAは店舗運営費が掛かり、商品リスクも全て負担している。売れていれば、高収益型のビジネスモデルだが、売れないと高経費型ビジネスになってしまう。

そこで、アパレル卸の基本に立ち戻って考えてみたい。アパレル卸の基本は、展示会を開いて受注生産し、小売店に卸売する。小売店は展示会で発注しない限り、商品を調達することはできない。展示会で受注した分しか生産せず、買い取り条件で卸売する限り、不良在庫を抱えることはない。

布帛の場合、縫製工場に支払う工賃は現金だったが、生地の仕入れは約束手形で買っていた。元々は、60日の手形から始まり、私が就職した頃は90日の手形が中心だったが、やがて、120日の手形になった。

アパレル生産の期間を1カ月と設定し、小売店に出荷する場合、請求書の締め日と支払日を考えると、生地を仕入れてから代金を回収するのに3カ月から4カ月掛かる。120日の約束手形で生地を仕入れれば、アパレル製品の代金を回収してから、支払うことができるというわけだ。

同様に、縫製工場の支払いも、締め日の翌々月に支払うという条件も多かった。これらの支払い条件が通用したのは、毎月安定して仕事を出していて、ある意味で運命共同体の関係を構築していたからである。取引が継続できれば、一度回り始めれば、互いに困ることはない。

継続的な取引と、資金の回収と支払いの条件はアパレル企業の基本的なノウハウでもある。しかし、商社依存が進み、こうしたアパレル卸の常識を知らない人が多くなった。お客様は神様だと思い込み、一度切りの商売でも大いばりで値切り、クレームをかける。工場の立場に立てば、こんな相手とは仕事をしない方が良いと思うのは当然だろう。元々、アパレル卸はローリスクであり、無茶なことをしなければ、利益率も高い商売だったのである。

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2.ニットデザイナーの仕事

ニット製品を生産するニットメーカー、特にセーターを作る横編みのメーカーは「ニッター」と呼ばれている。ニッターは、自社で糸を仕入れ、ニット製品に編み立て、リンキング、縫製、仕上げを行って、最終製品を出荷する。

ニットデザイナーは、一人で商品を企画生産できる。これは、布帛製品とは大きな違いである。しかし、ニットデザイナーは年々減少している。そもそも、一般のファッション専門学校は洋裁が基本であり、ニットに関する教育は片手間に過ぎない。

しかも、百貨店からセーター売場が消え、ニットアパレル企業が淘汰されてしまった。ニット製品の市場そのものが縮小したのである。そして、ニットデザイナーを育成する仕組みも失われてしまった。しかし、ニット製品にニーズがなくなったわけではない。むしろ、売場もメーカーも減った現在こそ、ニットは儲かる業態だと思うのだ。

次に、ニットデザイナーの仕事を紹介しよう。ニットデザイナーには、2つの仕事がある。1つは、糸から編み地を作る仕事。言い換えれば、ニットのテキスタイルデザイナーである。糸とゲージを選び、色出しをして、編み組織や配色等を指示する。

多くの場合、ニッター、糸商には編み地見本が数多く展示されており、そこから編み地を選ぶこともできる。色出しも、染色して在庫を持っている糸商もあるので、そこから選ぶことも可能だ。しかし、色と編みの知識があるに越したことはない。

2つ目は、製品のデザインである。ニットの場合は、ゲージ、編み組織、寸法と簡単なスケッチがあれば、それで製品が出来てくる。問題は、サンプルをどのように修正すれば、市場で売れる商品になるのか、を判断することである。

もっと簡単な方法は、雑誌等から商品の写真を見つけ、それを元にどこをどのように変えるかを指示することである。糸の選択をニッターに任せるならば、最終的にいくらぐらいの価格にしたいのかも一緒に指示しておけば、ニッターが糸を決定し、目付を決めてくれる(ニッターが喜んでくれるかは別問題ですけど)。最終製品のイメージが明確ならば、ニットの商品企画は可能なのだ。

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3.クラウドファンディングの活用

購入型のクラウドファンディングは、商品開発のコンセプトやプロセスを公開し、リターンとして開発商品を設定すれば、予約を受け付けてから、商品を生産し、販売することが可能である。しかし、問題はニッターがクラウドファンディングのプロジェクトに乗りたいと思うかだ。企画そのものに夢や可能性がなければ、意味がない。私なら、以下のような企画でニッターを口説きたいと思う。

第1に、これまでのアパレル企業のビジネスモデルでは、原価率が低すぎる。もっと原価率を高く設定して、品質の良い商品を顧客に届けたい。例えば、原価率40%に設定。

第2に、ニッターの情報を公開する。アパレル企業はブランド訴求を優先するために、ニッターの情報を公開しない。ニッターの情報を公開すれば、ニッターにとって更なる販売先の開拓につながるかもしれない。今回は生産者の顔の見える商品にしましょう。

第3に、利益配分を明確に設定する。これまでは卸と小売が儲けすぎていて、生産現場に還元できなかった。そこで、実験的に利益配分を再設定したい。たとえば、原価率40%にして、この中に糸代、加工賃、ニッターの利益を含める。ニットデザイナーに10%、WEBコンテンツに10%、プロジェクト管理に10%、小売店に30%と配分する。クラウドファンディングの場合、小売店経費はクラウドファンディング会社の手数料に相当する。もちろん、これはスタート時の設定であり、生産数量が増え、売上が増えてくれば変動していくだろう。また、広告宣伝等の経費も必要になるはずだ。

ここまでは商品以前の話。これに加えて、独自のブランドコンセプトや世界観、商品コンセプト、顧客ターゲット設定でブランドについて説明し、次に具体的な商品企画の説明を行う。ビジネスの条件をガラス張りにして、ブランド、商品の考え方を共有する。ここまで行えば、これに賛同してくれるニッターとチームを組めばいいということになる。

このプロジェクトの目的は、利益を上げることではない。継続的な事業を行うために、互いの利益を確保するということである。事業が継続すれば、結果的に利益を確保できるはずである。

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4.ニット指示書の共有

更に、このケースを一つの事例にして、新たなニットデザイナー育成プロジェクトを立ち上げるプロジェクトも提案したい。ニットデザイナーの育成は、ニッターの利益にも直結し、サスティナブルなビジネスにつながるからだ。

現在、ニットデザイナーという職業は絶滅危惧種である。ニットは奥深く、プロとして活動するには、キャリアが必要である。しかし、前述したように、ニットアパレルも淘汰され、ニット製品の多くが中国生産になった現在、国内でニットデザイナーを育成する仕組みは失われていると言えよう。

私は、ニット業界の発展を考えるならば、発想の転換が必要だと思っている。つまり、ニットデザイナーを一から育成するのではなく、ニット製品の発注の方法を共有するということだ。具体的に言えば、標準的な指示書、基本的な編み地の資料等をクラウド上に用意する。そして、会員制の組織を作り、会費を支払えば、資料等を自由にダウンロードできるようにする。

技術的なことをサポートすれば、ニットが分からない布帛のデザイナーであっても、ニット製品を発注できるようになるだろう。私は、ニットデザイナーという職種そのものも、依頼されたデザインの指示書を作成するのではなく、自分で作ったオリジナルの指図書を販売するというビジネスモデルに転換すべきではないか、と考えている。料理研究家がオリジナルのレシピを販売するように、ニットデザイナーもオリジナルのデザインを販売すればいいと思う。

ニッターにとっても、こうした資料を配布することは、自社の受注につながるプロモーションにもなる。したがって、自社で作成した編み地等も公開しても良いものは公開すべきである。同様に、編機メーカーにとっても、資料の配布は高度な製品を市場に提供することにつながる。

基本的なニットの発注方法が共有されれば、もっと簡単にニット製品を発注することができるようになり、消費者もニット製品に接する機会が増えるはずである。

編集後記「締めの都々逸」

「伸びて縮んで 楽々着れる しかもきれいで暖かい」

ニットには愛着があります。一時期は、ジャケットの代わりに常にニットを着ていました。特に、ポールスチュアートの手編みのセーターが好きでしたね。今では、高すぎて買えないけど、景気の良い時期もあったということです。

最近、良いニットに出会う機会が減りました。目につくのは、ユニクロのニットのようにベーシックなデザインばかり。ユニクロのニットが悪いというわけでもなく、特にスーパーファインメリノのシリーズは良いと思いますが、残念ながら紡毛のセーターは風合いが今一つです。安い糸を使っているのかな、目付も軽いな、という感じです。

さて、既にアパレルの仕事からは卒業したつもりでしたが、何となくニットに対する意欲が盛り上がっています。男のニットブランドを作ってみようかな、と思ったりしています。(坂口昌章)

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image by: Shutterstock.com

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