岸田首相「看板政策」取り下げの謎。総選挙で浮上した「3つの疑問点」

 

防衛費2倍などというのも、公共事業としての防衛産業、雇用の受け皿としての自衛隊などの利権が絡まることと、やはり中心より右寄りの保守イデオロギーを打ち出さないと自民党としての集票はできないという事情から来ていると思われます。

今回の総裁選では、河野太郎氏が「地方党員票」で強かったというのは、私には驚きでした。東京がむしろ既得権益にしがみついて停滞する時期に入った一方で、地方では改革をしないともう衰亡しかないということが、特に現役世代には強いのだと思います。そこに希望と絶望が激しく交差するものを感じますが、同時に退役世代を含めたオール自民党支持層ということになると、地方はやっぱり守旧派ということで、そこには絶望一色しかありません。

あとは、総裁選で盛り上がった「エネルギー戦略」では、全員が限定的な原発再稼働をしっかり主張しており、心強いものを感じたのですが、これは党員と議員というクローズドな世界だから実現しただけであり、本チャンの総選挙では「知らぬ存ぜぬ」ということになるのは、道理とはいえ日本の悲劇と言えます。

そんなわけで、どんなに総裁選での論争が面白かったとしても、岸田カラーというよりも、クラシックな自民党カラーを前面に出さないと選挙は戦えないわけです。つまりは、テクニカル要因としてそうなるということです。

2点目は、野党の立ち位置です。例えば、立憲民主党の蓮舫氏は、ある朝日新聞OBの候補に対する応援演説の中で「政治とカネ」の問題について触れ、「山岸さんも金銭感覚は人とずれていたかもしれない。東大を出て、朝日新聞に入って、優秀な記者として時の総理、野党の党首の番記者として高給をもらっていた。でも、野党から政治家を目指す判断をしたのは、今の政治では変わらないという思いだったろう」と「辛口に激励した」そうです。

この短い一言に2つの大きな問題が隠されています。1つは左派イデオロギーの方が、右派よりカネの匂いがするという問題です。2つ目は、この1番目の問題が深刻だということについて、蓮舫氏は全く無自覚だということです。

勿論、クラシックな言論のレトリックとしては、蓮舫氏の言い方は筋が通っています。エリートで高給取りだった人物が、それを投げ打って野党候補になるというのは、それなりに勇気のいることだし立派だという話は、昭和の時代であれば「まあそうかな」という感じにはなったでしょう。

ですが、21世紀の現在は違います。迷走の結果BREXITに至った英国、右派ポピュリズムがトランプ現象を生み、そも混乱から抜け出せていない米国など、「持てる側は左派」「損な役回りという自覚のある人は、アンチエリート主義で国家をジャックしたがる」というのは一種21世紀の病理として普遍化できるのではと思います。

その結果として、左派政党には土や油の匂いがしない、反対に困窮の叫びや自己肯定感の崩壊といった心理はむしろ保守がケアしていく、しかもカネは回さず「愛国ポルノ」中毒にさせるのですから、まるで18世紀から19世紀の英国が広東省に対して行った植民地政策のようなものです。

その転倒は、中国でも大きな問題となっています。先富論の時代は行き詰まり、経済的に成功し過ぎる存在が国家の敵になるというパラドックスは、西側で起きている転倒とは少し構図が違いますが、グローバリズム批判という文脈からは重なるものがあるように思うからです。

それはともかく、左派政党が本当の困窮者を組織できず、困窮者に同情する余裕のある富裕層をメインターゲットにするという転倒は、大変に危険だと思います。右派ポピュリズムを暴力を伴うファシズムへと追い詰めるメカニズムをそこに感じるからです。その意味で、蓮舫氏の無理解というのは実は深刻なものと思います。

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