新疆ウイグル自治区で行われているとされるジェノサイド。実は、中国共産党は1960年代にも内モンゴル自治区で同じような悲劇を起こしていました。今回のメルマガ『1分間書評!『一日一冊:人生の智恵』』では、モンゴル人大虐殺の時代について語った一冊を手に取り、ウイグルとの共通点を探っています。
【一日一冊】紅衛兵とモンゴル人大虐殺─草原の文化大革命
楊 海英 著/筑摩書房
中国新疆ウイグル自治区でジェノサイドが行われていると批判されていますが、文化大革命の1960年代にも内モンゴル自治区でジェノサイドが行われていたということを説明した一冊です。歴史は繰り返すということで、モンゴルとウイグルで共通点があるのではないか、と考えて読み進めてみました。
モンゴル自治区での殺戮のきっかけは、中央での造反派の拡大でした。1960年代、毛沢東の支持を得た学生を中心とした紅衛兵(こうえいへい)が、保守派の党幹部や地方の役人を攻撃したのです。
内モンゴル自治区でも保守派の内モンゴル軍と造反派の紅衛兵が対立します。ところが、もともと造反派の活動は毛沢東が政敵を打倒するために学生を利用していただけなので、政敵が一掃されると、造反派は無用となり、紅衛兵は地方に追放されてしまいました。
造反派の紅衛兵は、自分の生き残りのために新しい敵を作らなくてはならず、それがモンゴル人だったのです。中国国内の保守派と造反派という派閥の争いが、造反派モンゴル自治区でモンゴル人殺戮に変換してしまうという構図になってしまったのです。
都市部から草原に流されてきた呼三司系統の紅衛兵はモンゴル人を虐殺する運動に積極的に関わっていたことを自慢している。
(p241)
内モンゴル自治区では150万人のモンゴル人のうち、30万人以上が逮捕されたと言われています。新疆ウイグル自治区では1,000万人のウイグル人のうち、100万人以上が強制的に再教育施設に収容されているといわれています。
また、内モンゴル自治区ではモンゴル人の倍以上の400万人もの中国人が入植しています。土地はモンゴルの人の土地を配分したのです。新疆ウイグル自治区でも、中国人の入植が進み、ウイグル人と中国人の人口が同じくらいになっています。近いうちに中国人の人口が多くなるのでしょう。
さらに、当時、自治区外にいたモンゴル人を自治区に連れ戻して暴力を加えていました。現在も海外にいるウイグル人は、自治区にいる家族を人質に取られて帰国を脅迫されています。また、中国に強制送還されるウイグル人も多く、現在とまったく同じだと思いました。中国の紅い手は、世界のどこまでも届くのです。