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論点ズレまくり「IPEF」では足りぬ。中国との共存戦略“4つの大問題”

インド太平洋経済枠組み「IPEF」をアメリカが立ち上げ、バイデン大統領の来日に合わせて日本も参加を表明。計13カ国が参加を表明し、GDPで世界の約40%を占めるほどの規模となりました。しかしその中身がどうにもズレていると指摘するのは、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』著者で米国在住の作家・冷泉彰彦さんです。冷泉さんは、IPEFが据える4つの柱について、政府の説明を噛み砕いて解説。そのうえで、日本を始めインド太平洋の各国が無視できない、中国との共存という大問題を避けてしまっていると、特に重要な4つの問題をあげ、IPEFの底の浅さに懸念を示しています。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2022年5月31日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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IPEFでは全く足りない、中国との共存戦略

バイデン来日と同時に、5月23日に発表された「インド太平洋経済枠組み(IPEF:Indo-Pacific Economic Framework for rosperity)」というのは、実に不思議な「枠組み」だと思います。その全てが「政治的スローガン」であるし、何よりも「規制」や「監督」といった統制色が濃厚だからです。とりあえず、内容については以下の4点となっています。

1点目は「公平で強靭(きょうじん)性のある貿易」です。声明文(日本語バージョンは、内閣府が公表している翻訳によります)には「我々は、ハイ・スタンダードで、包摂的で、自由かつ公正な貿易に係るコミットメントの構築を追求し、経済活動を活性化し、持続可能で包括的な経済成長を促進し、労働者と消費者に利益をもたらす幅広い目標を推進するために、貿易・技術政策において新しく創造的なアプローチを発展するよう努める。我々の取組は、それだけではないが、デジタル経済における協力を含む」という方針だそうです。

お役所の呪文のような文章ですが、重要な部分というのは「知財をコピーされないようにプロテクトする」ということのようです。

2点目は、「サプライチェーンの強靭性」です。具体的には、「我々は、より強靭で統合されたサプライチェーンとするために、サプライチェーンの透明性、多様性、安全性、及び持続可能性を向上させることにコミットする。我々は、危機対応策の調整、事業継続をより確実にするための混乱の影響へのより良い備えと影響の軽減のための協力の拡大、ロジスティックスの効率と支援の改善、主要原材料・加工材料、半導体、重要鉱物、及びクリーンエネルギー技術へのアクセスを確保するよう努める」で、これも分かりにくいです。

サプライチェーンの問題をどうするのか、民間は、それぞれが既に独自のノウハウを築いているわけです。アップルは、台湾のホンファイに製造を委託し、現時点では最終組み立ては中国でやっています。部品は日本、韓国などから調達していますが、その全体が実務として回るためには、本当に厳しい現場主義で管理をしているわけです。そこに各国の当局がどう絡んでくるのか、これも呪文のような話です。

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3点目は環境問題です。「パリ協定の目標及び我々の国民と労働者の生活を支援する取組に沿って、我々は、経済を脱炭素化し、気候の影響に対する強靱性を構築するために、クリーンエネルギー技術の開発と展開を加速することを計画する。これには、技術協力の深化、譲与的融資を含む資金の動員、そして持続可能で耐久性のあるインフラの開発支援と技術協力の提供による競争力の向上と連結性の強化のための方法の模索が含まれる」。

これはまあ、分かりやすいと言えば分かりやすいわけで、アメリカ民主党の左派に「ソンタク」した結果、こんな格好で入った項目と思われます。

4点目は、「税、反腐敗」というスローガンです。「我々は、インド太平洋地域における租税回避及び腐敗を抑制するために、既存の多国間の義務、基準、及び協定に沿った、効果的で強固な税制、マネーローンダリング防止、及び贈収賄防止制度を制定し、施行することにより、公正な経済を促進することにコミットする。これには、説明可能かつ透明性のある制度を促進するための知見の共有や能力構築支援等を模索することが含まれる」

これは、中国を意識しているというよりも、アメリカの特に国務省や財務省としては、「インド太平洋地域」におけるマネーロンダリングや、ギャングの暗躍、アングラマネーの流通といった問題に怒っているということのようです。

こうやって4つの「柱」を見て行きますと、どうにも論点がズレているように思います。多くの識者が指摘しているように、TPPと比較すると、自由貿易とりわけ関税に関する政策から逃げているというのは、大きな問題ですが、それだけではありません。

当面の問題だけでも、中国と関わっていく中で様々な点について、国際社会として、あるいは日本として警戒し、協議して行かなくてはならない問題が多くあるからです。今回は4点指摘しておきたいと思います。

1つはコンピュータやスマホの問題です。アメリカでは、5Gインフラなどを中心に、最先端技術を搭載した中国製品への「恐怖症」が蔓延しています。要するに基地局のハードウェアなどに、秘密裏に情報を収集し、転送する機能を潜ませており、そうした機器を使用すると情報が中国に「筒抜け」になるというのです。

実際は、そうした懸念というのは極めて限定的です。5G(第五世代移動体通信)というのは、各国が参加したコンソーシアムによって厳密に規格が定まっており、そこに怪しい機能を潜ませることは難しいというのが一点指摘できます。また、チップやディスク等に、あるいは基板や結線にハード的に「忍者的な機能」を埋め込んだ場合には、非破壊検査で究明が可能です。また、異常な周波数帯の電波の発生も検知可能であり、物理的な現象として見えないことはないからです。

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また、中国の技術がいかに先進的だといっても、当面スマホのOSとしては、アップルとアンドロイドが採用されており、これが透明性の確保に役立っています。その一方で、中国では金盾(国家によるネットの万里の長城)に囲い込まれた中で、ファーウェイの独自OS「ハーモニー」の普及が進んでいます。

仮にこれからパンデミックが明けて、ポストコロナの時代となれば、改めて巨大な人数の中国人が観光やビジネスで世界に出てくることになるわけです。その場合に、この間に進んだ「ハーモニーOS」搭載機がどんどん国外で使用されることになります。中国の人々は、スマホを使ったキャッシュレスなどには、日本や欧米以上に使い倒しているわけで、当然それを海外旅行先でも使うからです。

その場合に、ハーモニーOS搭載機には、スパイ機能があるなどという風説がIPEF参加国の間で広まってしまうと、インバウンド観光産業には大きな問題になってしまいます。勿論、個々の中国人は海外旅行を楽しみたいか、あるいは商談をまとめたいので国外に来ているわけで、何もスパイをしようとは思っていないわけです。ですが、これに対して風評だけで「ハーモニー禁止」などの措置が取られると、本当に個人レベルで関係がギクシャクすると思います。

ハーモニーOSと搭載機に関して、敵視するのではなく、透明性を要求して根拠のある信頼を形成できるか、これは結構な難題だと思います。

2点目は、原子力開発です。この間の中国の原発開発については、あまりに性急かつ大規模であり、どこかで破綻が起きることへの懸念が払拭できませんでした。非常に具体的な話になりますが、中国は東シナ海を挟んだ日本の西にあります。ですから、中国の原発で事故が発生し、高線量の粒子が大量に大気中に放出された場合には、日本にも大きな影響が出るわけです。

従って、どんなに日本が反原発世論に屈して行っても、最高レベルの技術者集団を維持して行って、「イザという時」には中国の原発の故障や事故に際しては「助けに行く」という体制が必要だと思っていたのです。

ですが、状況はどうやら違うようです。中国は猛烈な勢いで、元は東芝ウェイスティングハウスが開発した第3世代のAP1000などの炉を大型化して建設していますが、同時に猛烈な勢いで人材も育てているからです。この勢いで、中国における原発開発が成功してゆき、日本の原子力産業が反原発世論に屈していくようですと、次のような危険性があります。

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まず、日本が電力不足に陥った際に、最終的にはドイツがフランスから供給を受けるように、中国に電力を依存するという可能性があります。間に海があるので難しいですが、送電技術が進めば可能性は出てくると思います。

また、日本がそれこそ山本太郎氏が一時期主張していたように、いつまでも「原発が嫌だから石炭」などといった時代錯誤を続けるようですと、環境後進国だとして中国から批判を受ける危険もあります。それどころか、経済制裁などの口実にされかねません。

最大の問題は、仮に日本の原発稼働がダメであっても使用済み燃料の冷却や、保管は続くわけです。これを安全に進める資金や、技術者が不足した場合には、中国に救済を乞うという屈辱的な局面もあり得ると思います。

3番目は、EV(電気自動車)です。EVの基本的な技術はシンプルですから、構造のモジュール化、標準化というのが最終的には世界を席巻する可能性があります。その場合に、モジュールの設計と製造については中国が大きなシェアを獲得することで、日本の自動車産業が「ほぼ終了」になる危険性があります。こちらについては、改めて時間をかけて調べてゆきたいと思っています。

4番目は宇宙開発です。中国は有人宇宙旅行など宇宙開発にも「前のめり」になっています。ですが、集団と個人の関係、想定外の事態における行動様式などを考えると、中国の文明というのは、有人宇宙開発とは「相性が悪い」という心配があります。

ですから、イザという場合には、それこそ日米が連携してレスキューミッションを行うという事態も想定しておいた方がいいと思うのです。そのためには、プロジェクトの透明性が必要ですが、面子などにこだわるとその辺がうまく行かない心配があります。

バラバラに4点ほど指摘しましたが、他にもあると思います。パンデミックの中で、人の交流がストップしています。そんな中で、急成長を続ける中国の科学技術に関しては、テレワークで開発速度を保ちつつの2年という時間を経て、大きく様変わりをしていると考えられます。

そのような事態に対峙し、同時に共存していくというのは、実は大変な努力を要する作業です。そのことを考えると、IPEFという発想の古さと底の浅さというのは非常に気になるのです。

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image by:YashSD/Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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