中国の国際紙『環球時報』のウェブ版は6月1日、米誌『ネイチャー』の記事を受けて米中の共同研究の数がここ3年間で激減したと報じている。顕著なのは米中それぞれの研究機関に所属する研究者が、共同で執筆した論文の発表数だ。記事で紹介されたデータによれば、3年間で20%も下がったという。まさに激減だが原因は政治由来だ。
周知のようにアメリカは知的財産の保護や安全保障上の理由を挙げて中国系の研究者に対する取り締まりを強化してきた。いわゆるチャイナ・イニシアチブ(イニシアチブ)だが、これは開始から3年で大きな曲がり角を迎え、今年初めにはプログラムを終了させた。
イニシアチブの失敗を先陣切って報じたマサチューセッツ工科大学の『MITテクノロジーレビュー』(1月18日)は「混乱する米国の対中強硬策、チャイナ・イニシアチブのお粗末な実態」と報じた。要するにスパイ疑惑で3年間大騒ぎしたが、ほとんど成果はなかったという意味で、冤罪の犠牲となった人々には大きな傷が残ったのだ。具体的な後遺症となったのが中国系研究者のアメリカ離れと学術界における米中協力の減少の進行だった。
ここに追い討ちをかけたのがヘイトクライムである。アジア人が狙われるケースが増えて安全が脅かされたのだ。カリフォルニア州立大の憎悪・過激主義研究センターが暫定値として主要都市での憎悪犯罪を集計した対アジア人のヘイトクライムの統計によれば、2021年は15都市で計2106件。20年に比べて5割増え、地域別ではニューヨーク市でほぼ倍増の538件。西部カリフォルニア州ロサンゼルス市でも7割増の615件だったと、『日本経済新聞』は伝えている。アジア系にとっての生活環境悪化は顕著だ。
こうした変化を嫌ってアメリカを離れようとする研究者は多い。だが複雑なのは彼らがそのまま中国に戻るわけではない──もちろん戻る人も多いが──ということだ。裏側でイギリスやカナダ、オーストラリアが食指を伸ばし、スカウトしているからだ。
一方、上海のロックダウン解除から少しずつ日常を取り戻しつつある中国では、いま1本の記事が人々の注目を集めている。『時代読財』が発信した〈1万5000人の富豪が資産とともに移民となる 中国は資産の持ち出しを厳格に管理〉という記事だ。
これはロックダウンに代表される中国の厳格過ぎる感染対策を嫌って、大都市の金持ちたちの間で「中国逃避」の流れが起きているという現象を報じたものだ。いわゆる古くて新しいキャピタルフライトの問題だが、いま大きな流れとなれば問題は深刻だ。
受け皿はアメリカと思われそうだが、実はそうではない。興味深いのは、彼らが逃避先として選ぶのは、やはりカナダやオーストラリア、そして東南アジアなのだということだ。
米中それぞれの問題で逃げ出す富豪や研究者たち。その避難先が東南アジアやカナダ、オーストラリアであれば、米中対立の漁夫の利は彼らが得ることになるのだろう。
中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ
image by:lev radin/Shutterstock.com