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ロシアに握られているドイツの未来。欺瞞だらけの経済制裁に呆れる国民

ロシアから欧州に天然ガスを送る主要なパイプライン「ノルドストリーム」が保守点検作業に入ることを受け、フランスとドイツの経済相はロシアからのガス供給が減少することへの懸念を示しました。点検終了後にロシアがどのような行動を取るか注目が集まりますが、ロシアがガスの蛇口を握っていることに変わりはありません。そんな状況にドイツでは大きな混乱が起きているようです。ドイツ在住の作家、川口マーン惠美さんが詳しく解説していきます。

ロシアにガスの蛇口を握られ支離滅裂な対応をするドイツ

ガスが足りない。6月半ばから、海底パイプライン、ノルドストリームを通じてロシアから来ていたガスの量が6割も減っている。昨年末には電気が逼迫し、ブラックアウトの危険が取り沙汰されたが、暖冬のおかげでどうにか助かった。

しかし、これから予想されているガス不足は、昨冬の電力不足とは比べ物にならないほどの深刻さだ。

2020年、ドイツが輸入したガスの55%がロシアからのものだった。ガスはバルト海の海底パイプラインのノルドストリームと、東欧経由の陸上パイプラインで運ばれてくるが、ノルドストリーム経由の方が多く、2020年はこれだけで563億㎥。ちなみに、日本の2019年のL N G輸入の総量は1055億㎥だったが、取引先は10カ国以上に分散させてある。

いずれにせよ、これだけ膨大な交易があるため、ドイツはロシアの半国営ガス会社「ガスプロム」にとっては最高の上得意。ドイツにしてみても、この安価なガスのおかげで経済発展を遂げ(ドイツが輸入しているのはL N Gではなく生ガスなので安価)、E Uの一人勝ちと言われるようになった。

要するにこれまでの独露関係は、まさにハッピー以外の何物でもなかった。ただ、前述のように、現在の輸送量は6割減で、理由はタービンの不具合とされている。タービンはシーメンス・エネジーの製品で、カナダで修理されていた。

さて、では、今、ドイツではいったい何が危機なのか?

ドイツ全土には、地下に40余りのガスの備蓄タンクが埋まっており、備蓄能力は合計240億㎥。秋にタンクが満タンになっていれば、これだけで冬の2〜3ヶ月はもつ。言い換えれば、これが満たされなければ冬が越せない。

ドイツには、石油の備蓄に関する規定はあるものの、ガスに関してはこれまで何もなかった。しかし、このままではいけないということで、春に慌ててガスの備蓄に関する規定が定められた。

それによれば、今後、備蓄タンクは、8月1日に65%、10月1日に80%、11月1日に90%、そして、暖房の最盛期の終わる2月末には40%という充填率を保つことが義務付けられるという。

7月5日時点の充填率は約3分の2弱で、例年と比べてまだそれほど低くない。しかし問題は、これを秋に向かって増やしていかなければならないのに、現在、ガスが入って来ないことだ。ただし、出て行く方は当然、出て行く。家庭も産業も、ガスなしでは一日たりともやっていけない。

それに加えて大きな不安材料となっているのは、ノルドストリームが7月11日より定期点検に入ること。普段なら10日ほどで終わるルーティーンの点検だが、何やかんやと理由がくっつけられて長引くことを、ドイツ政府は極度に恐れている。

ドイツは産業も国民生活も大きくガスに依存しているから、万が一、ガスの備蓄が尽きれば、多くの工場は3日で瓦解する。それどころか厳寒期なら凍死者が出るだろう。

しかも、そうなる前に、ガスの値段が高騰する。連邦ネットワーク庁(送配電系統の監督を担当する庁)の長官は、これから3カ月後、光熱費は多くの人々が支払えないレベルに達するだろうと言っているし、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)も、「爆発的な高騰は避けられない」と断言した。

すでに去年より物価はじわじわと上がっており、6月のインフレ率は前年比で7.6%だった。ただ、ガス、電気、ガソリンなどエネルギー関連だけに絞ると38%!これが、今後、まだまだ上がるというわけだ。

それにしても、ハーベック氏のやっていることはかなり支離滅裂だ。ロシアのウクライナに侵攻後、ロシアに経済制裁をかけろ、ウクライナに重火器を送れと、大声で言っていたのは彼ら緑の党だった。

そして、ロシアの財源を断つため、ロシアからの石油は今年の終わりで禁輸だと豪語しつつ、しかし、ガスはまだ必要なので24年まで輸入するなどと勝手なことを言っていた。

しかし今、ロシアから送られてくるガスが減った途端、動転し、「ガスを武器として使うのは卑怯だ」と憤っている。何かおかしくないか?

今、ノルドストリームのタービンはカナダで修理を終えており、ロシアは、これが戻って来れば、ガスの輸出量を元に戻せると主張している。しかし、現在、欧米がかけている対ロシア制裁によれば、カナダはこれをロシアに戻すことは罷りならない。

そこでハーベック氏は必死でカナダに働きかけ、そのタービンをロシアではなく、ドイツに送ってくれるように頼み込んだ。つまり、制裁の回避であり、本来ならこれも当然N Gだ。

結局、数日のすったもんだのあと、10日、カナダ政府が一時的な例外措置として、対ロシア制裁を解除し、タービンをドイツに送ることに同意したと報じられた。

カナダの資源担当の大臣は、その理由として、「必要なガスの供給が途絶えれば、ドイツ経済は困難に陥り、ドイツ国民は冬に暖を取ることができない状況になる」。

よって、ヨーロッパが、「安定したエネルギーを手頃な価格で得られるよう」助けたいと言っている。当然、ウクライナ政府は激しく反発。カナダがこの決定を撤回するよう要求している。

それにしても、自分たちで掛けた制裁に苦しみ、回避策を練るなど、笑い話にもならない。ロシア政府のペスコフ報道官はそれを見て、「なぜ、最初からそうしなかったのかがわからない」と皮肉り、ロシアがエネルギーを武器にしているという非難をはっきりと否定した。

ただ、タービンが無事に到着し、それで不都合が解消されたとしても、ロシアがガスの蛇口を握っていることに変わりはない。

ドイツの世帯の半数はガス暖房だ。自治体がガス発電所を運営し、地域の電力供給と暖房を一手に賄うシュタットヴェルケと呼ばれるシステムを取っているところが多い(日本でいうコジェネ=熱電併給)。そして、ロシアからのガスの輸入は、戦時中である現在も、もちろんそのまま続いている。

つまり、ロシアのガスプロム社には、ドイツから毎日、膨大なガス代が支払われ、陸上パイプラインで輸送しているものに関しては、ガスプロム社はウクライナにちゃんとパイプライン使用料を支払っている。

ロシア制裁に関しては、欺瞞が多い。今回のタービンの話もそうだが、ロシア石油を今年の終わりで禁輸にすると決めた欧米は、「中国やインドがロシア産の石油を買い増ししているのはけしからん」などと言っているが、ドイツはもちろん、ヨーロッパはディーゼル車が多いので、ディーゼル燃料が是非とも必要だ。

ところが、現在、ロシアからディーゼル(あるいは、ディーゼルの原料とする石油)を買えなくなったので、それをインドから調達している。つまり、インドはロシアの石油(あるいはすでにディーゼルに加工されたもの)を買い増しし、ヨーロッパの需要を満たしているわけだ。これも制裁回避に他ならない。

そんなわけで現在、ドイツでは、少しでもガスの備蓄を増やすため、貴重なガスを発電に使っては勿体無いということで、ハーベック氏は先月、突然、石炭・褐炭の火力発電所を再稼働させると発表した。そして、7月8日、国会が瞬く間にこれを承認。

褐炭は、石炭よりもさらに多くのC O2を出すが、ドイツでたくさん採れる国産の燃料だ。緑の党はこれまでC O2を毒ガス扱いし、2030年までの石炭火力全廃を天命の如く主張してきたが、今や豹変。石炭・褐炭火力の再稼働は「非常に辛いが必要」で、「C O2は若干増える」とのこと。

1年前、1kWhのガスは約20ユーロだったが、現在、140〜150ユーロになっている。これまでガス不足になると言われても、値上げがまだ請求書に反映されていないかったこともあり、国民の反応は鈍かった。

しかし、今、その能天気なドイツ人に、突然、スイッチが入った。ハーベック氏が深刻な面持ちで、連日、怖いシナリオを語り始めたからだ。氏のアピールは、1に節約、2に節約。自身もシャワーを浴びる時間が短くなったなどと言っている。自治体によっては、ガス供給の時間制限を検討しているところもあるという。

当然、国内では、国民生活を守るため、今年の末に止める予定の原発3基の稼働を延長しろという声が高まっている。

しかし、ドイツ政府にとっては、脱原発の完遂というイデオロギーの方が国民生活よりも重要らしく、聞く耳持たず。暗く寒い部屋で凍えるなどというのは、ドイツの戦時中の映画のシーンのようだが、ハーベック氏はすでに国民に、そうなった時の心の準備をさせようとしているようにも見える。

ドイツ人は元々、節約に関しては筋金入り。おそらくこれから一直線に節ガスモードに入るだろう。ただ、だからと言って、この冬の展望がそれほど明るくなるわけではないというのが、現在、ドイツの抱える問題だ。

7月21日に点検終了予定のノルドストリームだが、その後、本当に動き始めるかどうか、ドイツ政府は固唾を飲んで見守っている。

【関連】平和ボケした国民と政治家たちの罪過。ウクライナ侵攻で明らかになった日本とドイツの類似点

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : shutterstock

川口 マーン 惠美

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