ブレア氏によれば、現在の西側先進各国の国内政治は「国民の目には機能不全」と映り、外交政策では「他国から予測不能に見えている」という。ゆえに政治における「狂気」をいち早く終わらせ、「理性と戦略」を取り戻すことが急務だとも指摘している。
世界の政治環境が「理性」から遠ざかっているとの指摘は容易に共有できる。だが、日本でよく聞く「一部の独裁者と専制主義国家が問題の根源」との理解は少し違う。ブレア氏が指摘している「狂気」は、西側の政治のなかにあるといっているからだ。
代表的なものは今年1月6日の米連邦議会襲撃事件だ。先週もこの事件の真相──焦点はドナルド・トランプ大統領が暴徒の暴力を煽った否か──を明らかにする公聴会が開かれていてアメリカのテレビは連日大きく報じてきた。示唆を与えてくれるといった二つ目のニュースはこれだ。
米PBSニュース(7月20日)だが、番組に出演したベン・ギアット教授(ニューヨーク大学で権威主義政治を研究)は、2016年以降のアメリカには民主主義を権威主義に変えようとする動きが顕著だったと指摘したのだ。
具体的には、トランプ氏が「暴力を前向きなもの」と発信したことを受けて起きた政治風土の変化だ。トランプ氏の言葉に刺激された支持者たちが、最終的に民主選挙を暴力で覆そうとする1月6日の事件を引き起こしたという解説だ。
この変化は、いま中間選挙に向けた選挙運動のなかで加速されているという。例えば共和党の候補者の選挙広告には、暴力的な言葉があふれ、ライフルを持って登場する候補の姿も見られるといった現象と、だ。
いま共和党内で頭角をあらわそうとすれば暴力的な言動は不可欠で、番組では元々銃規制の改革派だった候補者が、自ら銃を撃ってアピールするまで変節する姿も紹介する。
つまり「票」をつかむために言動を過激化させ、それがまた支持者たち刺激し、全体として「理性」から遠のくという構造だ。
このトランプ現象とヨーロッパ政治を安易に結びつけることはできないが、各政治家のアピールが政策に少なからず負の影響をもたらす現実は、対ロ制裁の苦しい現状から見ることもできる。
前述したように北大西洋条約機構(NATO)の政策立案者たちは「ロシアが過去15年分の経済成長を失う」と公言し、フランスのブリュノ・ルメール財務相も「ロシア経済を崩壊させる」と鼻息が荒かった。しかし現状はロシアのインフレは落ち着き、逆に数カ月後のエネルギー確保ができない欧州の焦りが目立つ。「欧州経済は息も絶え絶え」(ハンガリー首相)なのだ。
ここにきて「自給自足が可能な農業大国で、エネルギーで世界を揺さぶることのできるロシアの力を過小評価した」との言い訳も聞かれるが、それこそ「いまさら」という話だ。
情けない結果に至った見通しの甘さは、制裁の発動自体を目的化させ、その効果を考えない政治家の行動に原因がある。相手の嫌がることを思い付きでやる反面、その効果を厳密に計算する力が不足しているのだ。
それでも政治家は制裁の発動によりマッチョな姿を国民にアピールすることができ目的は達成される。制裁の影響を考えずに突っ走った後でブーメランを被っても、厳しい姿勢を貫いたと国民からの支持は得られるのだ。冒頭で触れた「中国の悪い情報であれば、後でウソだと分かってもダメージを受けない」構造と重なる。人気ビジネスにつきまとう「幼稚さ」そのものだ。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年7月24日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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