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濁流がすぐ下に。直径5メートルの水タンクの上で起きた奇跡の話

今はもう無人島となり荒れ果ててしまった韓国のとある島。そこでは、50年前にとある奇跡が起こっていました。今回のメルマガ『キムチパワー』では、韓国在住歴30年を超える日本人著者が、その「シル島の奇跡」について紹介しています。

シル島の奇跡

忠清北道丹陽郡(チュンチョンブクド・タンヤングン)の南漢江(ナムハンガン)には荒れ地の島がある。人が住んでいないこの無人島は「シル島」という。餅や米を蒸す時に使う丸い容器である「シル(=日本語ではセイロ)」に似ていることから付けられた名前だ。

ここには悲しい話が伝わっている。シル島には一時44世帯250人余りが暮らし、ソウルに行き来していた塩運搬の船の道として繁盛した場所だった。

1972年8月19日台風「ベティ」が韓半島を襲った。一日最大降水量が407.5ミリメートルを記録する猛烈な威力があった。ベティがシル島の村を避けることはなかった。

当時、この地域に降った集中豪雨で南漢江が氾濫し、村も孤立した。避難できなかった住民たちに唯一残された逃げ場所が、水タンクの上だったという。

村の住民たちは高さ6m、直径5mの水タンク(タンク側面に点検用のはしごがくっついていた)の上に上がり始める。そのようにして上に登った住民は計198人に達した。考えてもみてほしい。直径5mしかない場所にだ。

彼らは互いに離れて落ちないように、全力で抱き合って夜を明かした。この過程で生後100日だった赤ちゃん1人が圧死した。赤ちゃんがいるということでこの母親をいちばんの中心にして守ろうとしたからだ。

しかし子供の母親は住民たちが動揺し、人間スクラムが崩れてしまうのではないかと考え、悲しみを胸に埋めこんでおいた。14時間の死闘の末に救助された住民たちは、ようやく子供の死を知ったという。

シル島は1985年忠州(チュンジュ)ダム建設で島の一部分が水没して人々が去り、今は無人島に変わった。

50年前、住民の一致団結で劇的に生存した「シル島の奇跡」が再現された。丹陽郡は7月21日、丹陽邑文化体育センターでキム・ムングン郡長、チョ・ソンリョン郡議会議長などが見守る中、シル島模型水タンク生存実験を行った。

この日の実験には丹陽中学校の1・3年生200人が参加した。生徒たちは直径5メートル、高さ30センチの模型水タンクに順に上がった。

50年前、シル島で水タンクに乗って生存した197番目の学生が模型水タンクの上に上がると、文化体育センターでは嘆声が続いた。学生たちは腕組みをするなど最大限密着して目標にしていた3分(180秒。50年前の現場は14時間を持ちこたえたものだから比較にはならないけれど…)を水タンクの上で持ちこたえた。

直径5メートルの大きさの水タンクが197人の命を救える避難所になったのか、一部で疑問が提起されていたが、今回の実験を通じて、シル島の奇跡が事実であることが立証された。

実験場面を見守ったシル島生存者のキム・ウンジャさん(66)は、「水タンクを降りると全く違う世の中になっていた」とし、「真っ黒な水の海の中でどう生きていたのか今思っても涙が出る」と回想した。

丹陽郡は来月19日、丹陽駅広場で生存住民60人余りが参加する中、「1972.8.19シル島、英雄たちの話」という名前でシル島の奇跡50周年記念行事を開く。

シル島写真展、詩画展、ドキュメンタリー公演、インスタレーション(ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化・異化させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術)、作文大会など多様なプログラムが行われる予定だ。

丹陽郡のキム・ムングン郡守は「シル島の住民たちが見せてくれた団結と犠牲精神を丹陽の精神として継承し、丹陽を知らせる大切な歴史資源に発展させていきたい」と述べた。

現在、シル島が俯瞰できる忠清北道丹陽郡赤城面南漢江水辺公園には、50年前の「シル島の奇跡」当時、子供を失った母親を形象化した造形物が設置されている。

膝立ちの姿で赤子を胸に抱く母親の像である。この母親が現在も生存しているのか、名前は何かなどは伝えられていない。

それにしても、水タンクの上で14時間も耐えたとは。すぐそばはおどろおどろしい黒い水がうなりをあげる激流だ。びっしりと手をつなぎ体をよせあって14時間を持ちこたえる。人間業ではないように思う。大いなる存在の助けがあったのだろう。

(無料メルマガ『キムチパワー』2022年7月26日号)

image by: Shutterstock.com

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韓国暮らし4分1世紀オーバー。そんな筆者のエッセイ+韓国語講座。折々のエッセイに加えて、韓国語の勉強もやってます。韓国語の勉強のほうは、面白い漢字語とか独特な韓国語などをモチーフにやさしく解説しております。発酵食品「キムチ」にあやかりキムチパワーと名づけました。熟成した文章をお届けしたいと考えております。

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【著者】 キムチパワー 【発行周期】 ほぼ 月刊

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