なぜ山形の観光農園のコロナ禍対応は一時凌ぎでは終わらなかったのか

2022.09.13
 

誰が作業を行うのか

王将果樹園は、山形県天童市にある観光農園である。10ヘクタールの農地にはサクランボをはじめ、桃、ぶどう、りんごなど、各種の果樹が栽培されており、春から秋にかけてフルーツ狩りを楽しめる。

コロナ禍により観光客の姿が消えた2020年の初夏。王将果樹園は、サクランボ狩りの最盛期を迎えながら休園を余儀なくされていた。このピンチを王将果樹園は、観光用に栽培していたサクランボをネット通販に切り換えて販売することで乗り切る。

現在の王将果樹園の代表は矢萩美智氏。同氏の祖父の代に果樹栽培をはじめ、父の代に観光農園化を進めた。3代目となる美智氏は、カフェ営業やネット通販など、経営の柱を増やしながら、団体から個人へという国内観光の変化に対応してきた。現在はスタッフ数20名ほどの企業に成長している。

コロナ禍は、人が消費をどこでどのように行うかを大きく変えた。王将果樹園がコロナ禍以前よりネット通販を手がけていたことは幸運だった。とはいえ、観光用のサクランボをネット通販に切り変えて販売するには、乗り越えなければならない問題があった。

サクランボの果実は繊細で、小さく、数が多い。これを通販で販売するには、初夏の早朝の気温が低い時間帯に一気に摘み取り、その日のうちに出荷しなければならない。

サクランボ狩りであれば、観光客が摘み取ってくれるので、農園スタッフの人手は少なくて済む。しかし通販用のサクランボには人手がかかる。誰が作業を行うのか。観光農園に実るサクランボを自分たちだけで収穫することは不可能だった。

矢萩氏は天童市内の温泉街の旅館に声をかけることにした。コロナ禍によって打撃を受けていたのは、観光農園だけではない。人出が絶え、手持ちぶさたな温泉旅館のスタッフの手を借りることで、サクランボの収穫を増やすことを考えたのである。

こうして王将果樹園は、5月のなかばには観光用のサクランボをネット通販用に転用して出荷する体制を整える。販売面では、従前からの顧客名簿などを活用し、SNSなどで支援を呼びかけた。応援の声が集まり、受註は順調に進んだ。王将果樹園はネット通販のために、前年のおよそ2倍のサクランボを収穫し、完売した。

人手を増やさずに出荷量を伸ばす企画

その後、フルーツ狩りに訪れる観光客の受け入れは徐々に再開されるものの、コロナ感染の波は繰り返し押し寄せ、王将果樹園にとってのネット通販の重要性は増していく。農園で栽培されている果樹は、初夏のサクランボにはじまり、桃、ぶどうと、コロナ感染の状況には関係なく、実りと収穫の時期を迎えていく。矢萩氏たちは社内の労働力の問題も考えながら、出荷の方法を検討する。

ニューノーマルの日々のなかで、王将果樹園は「ワケあり倶楽部」というネットの企画販売を開始した。ワケありの商品、すなわち規格外の果物で、ちょっと見た目が悪かったりはするが、通常のものと味は変わらない果物を、頒布会方式で安価に販売する企画である。プレスリリースを行い、SNSで発信したところ、地元の新聞に取り上げられたり、1万ほどのリツイートがあったりして、完売を果たす。

「ワケあり倶楽部」は、顧客には安価でおいしい果物を入手できるメリットがある。それだけではなく、王将果樹園にも限られた人手で果物の集荷量を伸ばすことができるメリットがある。ワケあり商品なら、重さ、大きさ、色などで箱に詰める果物を細分化しなくてよく、そのために選果や箱詰めの作業が効率化する。「ワケあり倶楽部」は、ネット通販の販売促進だけではなく、作業効率の向上にも貢献する企画だったのである。

print
いま読まれてます

  • なぜ山形の観光農園のコロナ禍対応は一時凌ぎでは終わらなかったのか
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け