マスコミが報じぬ中国「日本へのビザ発給停止」真の意図。日本企業が恐れる邦人拘束と輸出入停止

2023.01.14
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中国とビジネス関係にある日本企業に衝撃を与えた、日本から中国への「ビザ発給停止」というニュース。中国側は「日本の水際対策強化への対抗措置だ」としていますが、この理由を懐疑的に見ているのは、外務省や国連機関とも繋がりを持ち、国際政治を熟知するアッズーリ氏。今の中国は、日本人が描いているような貧しいかつての中国ではなく、今後も日本人の拘束や輸出入の停止などで揺さぶりをかけてくる可能性を指摘しています。

中国・習政権、日本から中国への渡航ビザ発給停止。原因は「日本側の水際対策の強化」ではない

今年に入り、さっそく日中関係に衝撃が走った。ゼロコロナ終了によって中国で新型コロナ感染が爆発する中、日本が空港での水際対策を強化したことに対し、中国政府は日本から中国に渡航するビザの発給を一時停止した。

突然のことに日本企業の間では不安や混乱が拡がっている。筆者周辺でも、新たに中国渡航向けビザをもらおうと申請所にやってきた人が驚きの声を上げ、既にビザをとってこれから中国に向かう人は「中国政府の意図が分からない、向こうに着いてからの滞在が不安だ。無事に帰って来られるか」などと不安を示している。

しかし、これは別に驚く話ではない。近年の中国の政策や行動、習国家主席の言動を日々チェックし、それを政治的に考える習慣があればなおさらだ。

これを“日本が水際対策を強化したから起こったことだ”と解釈していては、「真のリスク」は絶対に理解できない。これは偶然起こったのではなく、近年の日中関係や米中対立という全体的背景からすれば、「起こるべくして起こった」出来事で、それが「水際対策を強化→ビザは発給停止」という事実になったに過ぎない。

この件について日本のメディアは大々的に報じているが、筆者はそのことに大変驚いている。今回の出来事から、以下のことをお伝えしたい。

もはや中国は「昔の貧しい中国」ではない

まず、我々は昔の中国と今の中国が大きく異なることを自覚する必要がある。

昔、戦後復興を遂げ世界有数の経済大国になった日本は、当時経済的には貧しかった中国をODAで支援し続けた。1989年に「天安門事件」があって欧米が一斉に中国へ制裁を科したが、日本は制裁を避け支援を続けた。よって今でも日本人の中には「日本>中国」というベクトルが無意識のうちに強い。

しかし、21世紀以降に急成長を続け、今日ではいつ米国を追い抜くかといわれるまで成長した中国は、その間に国家としてのプライドと自信を大きくつけた。習氏が、これまで繰り返し“台湾独立を絶対に阻止する”、“中華民族の偉大な復興を進める”、“2049年までに社会主義現代化強国を貫徹する”、“太平洋には米国と中国を受け入れる十分な空間がある”、“アジアの安全保障はアジア人で行う”などと言及してきたことが、その証左だろう。

要は、既に中国は日本からの支援を必要としておらず、自らは日本より大きな大国という自信をつけており、日中関係は自らに有利な環境で進めることができると判断している。南西諸島周辺では中国空母が太平洋に向かう姿が頻繁に確認されるが、日本はそれらを強く懸念している一方、中国は日米同盟においても米国のことしか気にしていない。それだけ日本を競争相手とは見なくなっており、そこには大きな差が生じるようになっている。

また、経済面でも、日本は米国の絶対的同盟国である一方、依然として中国が最大の貿易相手国である。近年は「チャイナリスク」が内外で報じられ、脱中国を目指す日本企業も見られるが、中国依存が深すぎるため「脱中国ができない日本企業」が殆どである。

言い換えれば、日本経済は中国なしにはやっていけず、そこには一種の上下関係のようなものが生じている。当然ながら、中国にとっても日本は貿易相手として重要なことは言うまでもないが、我々日本人は、“だから中国が過剰な行動を示すことはない”と思ってはならない。

ビザ発給停止は「1つの事例」に過ぎない

日本は自由民主主義国家だが、中国は一党独裁の「権威主義国家」である。日本の国家指導者は国民による選挙によって選ばれるため、指導者は政権運営の中で国民への聞く耳を捨てることはできない。

しかし、中国ではそうではない。3期目に入った習国家主席のように、そこに政治的自由はなく、習氏が中国人民からの反発を常に警戒しているものの、日本と中国との間には“どれだけ国民の自由・人権を重視するか”、“国家緊急事態になった際、どれだけ国民に負担を押し付けることができるか”で大きな差がある。

中国の「ゼロコロナ」と日本の「ウィズコロナ」の差はそれを証明するもので、日中関係がこじれた際、中国は日本以上に対抗措置を取ることが容易だろう。今回の「水際対策強化」と「ビザ発給停止」においても、明らかに中国側からの方が“攻撃度”が高い。

以上のような事実を踏まえれば、今回のビザ発給停止は「1つの事例」に過ぎない。周知のように、台湾情勢はこれまでになく緊張状態が続いており、中国も米国も台湾問題で譲歩する姿勢を見せず、この問題は米中対立や日中関係を今後大きく悪化させる起爆剤になってしまっている。

米中も日中も外交ルートでは対話の継続を語っているが、その対話は関係を改善させるための対話ではなく、危機を何とかして抑えようとする対話である。要は、何かしら偶発的衝突でも起きれば、対話の機会は失われる可能性が非常に高い。それだけ台湾情勢の核心は重いのである。

反スパイ法の改正で「日本人拘束」が増える可能性

では、今後はどのようなシナリオが考えられるのか。1つに、中国国内における「日本人の拘束」がある。

中国全人代の常務委員会は昨年末、国内でのスパイ活動の摘発強化を目的とした「反スパイ法」の改正案を発表した。改正案は今夏には可決される見込みだが、スパイの定義が大幅に拡大され、摘発対象となる範囲も現行の機密情報から、機密情報に関連する資料やデータ、文献も含まれるようになり、中国国家安全当局の権限やスパイ行為による罰則も強化される。

習政権は発足以来、権力基盤を固めるために、2014年の「反スパイ法」をはじめ、2015年の「国家安全法」、2020年の「香港国家安全維持法」などを次々に施行し、拘束される日本人が後を絶たない。

最近でも、昨秋に懲役6年の刑期を終えた男性が帰国し、男性は「中国が持つ北朝鮮に関する機密情報を日本政府に意図的に提供しようとした」などと全く聞き覚えのない内容の判決を聞かされ、トイレ時も含め24時間監視状態という過酷な環境を語った。

「スパイ法改正」の目的は、国民の反政権的行動を抑えるため、また台湾や米国との関係が悪化する中、軍事・安全保障に関する情報の漏えいを抑えるためだが、日中関係が悪化すればするほど、中国にいる日本人への監視の目が強化されるだろう。

日本経済を揺さぶる、中国の「輸出入停止」「関税引き上げ」

また、もっとマクロな視点からは、日本経済への攻撃という形で重要品目、日本が中国から輸入しないと困る品目を中心に、輸出入規制、関税引き上げなどを強化してくる恐れがある。

中台関係が完全に冷え込み、中国は台湾に対して柑橘類やパイナップル、高級魚やビールなど台湾が重要輸出品とする物に対して一方的に輸入停止にしたが、その矛先が日本に向かうことは十分にあり得る。

以前、尖閣諸島における漁船衝突事件の際、中国側は報復措置として日本向けのレアアース輸出を突然ストップしたことがあるが、重要資源ほど規制対象になる可能性が高いだろう。

今日、日本社会は中国が次に何をしてくるかを不安視している。この時点で日中関係のボールは常に中国側にあることになるが、この環境は今後一層拍車が掛かることだろう。

いずれビザ発給停止が緩和、凍結されたとしても安心するべきではない。中国は「盾と矛」を柔軟に使い分けることで日本を揺さぶり続ける。今回の出来事から、我々はそれを自覚するべきだろう。

image by: Alexander Khitrov / Shutterstock.com

アッズーリ

専門分野は政治思想、国際政治経済、安全保障、国際文化など。現在は様々な国際、社会問題を専門とし、大学などで教え、過去には外務省や国連機関でも経験がある。

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