私たちが普段、疑問を抱くことなく使っている「靴下」という言葉。靴の下にはないのに、なぜ「靴下」なのか、考えたことはありますでしょうか? メルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』の著者で朝日新聞の校閲センター長を長く務めた前田さんが「靴下」という日本語について、詳しく解説しています。
靴下は、どうして「靴中」と言わないの?
靴下は、どうして「靴中」とか「靴上」あるいは「足下」と言わないのか。どう見たって靴の下にはないじゃないか。
かつての春日三球・照代さんの地下鉄漫才ではないけれど、「これを考えてると一晩中眠れないの」という感じになってしまいます。
着物を着ていた時代は、足には足袋をはいていました。足袋という字は「足に袋」と書きます。足元をすっぽり袋に包むというイメージが字からも伝わります。先人はどうして「靴」と「下」を組み合わせたのか。
今回は「下」の意味するところを考えてみます。
位置関係で示された「下」
僕たちの感覚では「下」という漢字は、通常「上下」の関係で考えます。中国の字書『説文解字』にも「ものの最も低い部分」であると記されています。
ですから「低い位置、底部」「身分の低いもの、庶民」「部下、手下」「時間や順序の後ろ」「中心から離れたところ=付近、のち」といった具合の意味になります。
「荷物を下に置く」は、位置関係で低い場所を言います。人間関係で言えば「下々の者」「部下」「臣下」などということばに、上下関係が表れています。「下にも置かないもてなし」といえば、丁寧に扱って下座にも置かないもてなしという意味になります。
動詞としての「下る」は、「高いところから低いところへ行く」「降りる」「川の上流から下流に行く」という意味になります。さらに「落ちる」という意味も生まれてきます。「身分を抑えて人に対応する」「へりくだる」という意味や、「屈服する」「降伏する」という使われ方も生まれてきました。
「閣下」ということばは、身分や地位の高い人を敬っていうものです。ここに「下」が入っているのは、「高殿(たかどの)の下(もと)」という意味がもとになっています。高殿とは高貴な人の居所をいいます。高貴な人を直接いうのをはばかって、その居所をさしていう語なのです。昔から高貴な人は、大きく立派な居所を構えていたのですね。
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「恋は下心、愛は真心」って?
漢字は日本に入ってくると、日本特有の意味を持つようになります。「下」にも、「あらかじめ~する」「ひそかに~する」という意味が加わってきたのです。
「下調べ」と言えば「あらかじめ調べておくこと」です。「下心」は「心の奥深くに思っていること、心底、本心」「心に隠している企み」など意味です。
「恋は下心、愛は真心」などと言われるのは、「恋」と「愛」の中にある「心」の位置をもじったことば遊びです。
「ひそか」という意味が、物事の裏側、遮られて見えない部分、内側を指すようにまったのです。包まれている部分、他のものでおおわれて隠れている部分のことも「下」で表すようになりました。
おしゃれは、隠れて見えない部分にこそ
「下着」ということばもここから派生し、「表に着る衣服によって他人の目から隠される、あるいは大部分が隠されてしまう衣服の総称」なのです。服の下に着ているから、という説もあるようですが、人の体から見ると肌の上です。その意味では「肌着」ということばはまさに言い得て妙ですね。
靴下も下着と同様、靴に隠れて見えない部分にはくものだからなのです。「下」は必ずしも「上下」を表すことばではないことが、おわかりいただけたでしょうか。
ちなみに現存する最古の靴下は、17世紀後半頃の、水戸・徳川家所蔵の木綿の長靴下と言われています。当時それを「メリヤス足袋 (たび) 」と呼んでいたそうです。メリヤスの語源は、スペイン語のmedias、ポルトガル語のmeiasといわれ、ともに「靴下」の意味です。
(メルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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