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ベンツもBMWも国外へ“脱出”。ドイツから大企業が続々と逃げ出している深刻なウラ事情

世界をリードする環境先進国として知られるドイツ。しかし行き過ぎた環境行政は、同国の経済に悪影響を与え始めているようです。そんな現状を伝えるのは、作家でドイツ在住の川口マーン惠美さん。川口さんは今回、連立与党を組む緑の党がゴリ押しする「暖房法案」がどれだけ欠陥だらけのものであるかを解説。さらに同党のこれまでの政策により大企業の「国外脱出」が相次いでいる事実を紹介するとともに、矛盾だらけのドイツのエネルギー政策を強く批判しています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

あのBMWや世界一の化学企業にまで“逃げられた”ドイツ。なぜ猛烈な勢いで企業が「大移動」を始めているのか?

議会における緑の党の派閥リーダーであるブリッタ・ハッセルマン氏が、公営第2放送ZDFのインタビューで、“暖房法案”について啓蒙的な説明をしたのは7月2日のことだった。“暖房法案”というのは、正式名を「建造物エネルギー法(GEG=Gebaudeenergiegesetzes)」といい、4月18日の法案成立以来、国中を大混乱に陥れているものだ。これに関しては、5月3日の本欄でもかなり詳しく触れた。

【関連】新築住宅でガスと灯油の暖房が原則禁止?ドイツ政府の打ち出す「暖房法案」は何が問題なのか?

法案の目的は気候保護で、具体的には、2024年1月より、新規に設置される暖房は、少なくとも65%が再エネでなければならないと定めている。ドイツは寒い国なので、ほとんどの家の暖房設備は大掛かりなセントラルヒーティングであり、燃料は、世帯の約50%が天然ガスで、約25%が灯油。しかし、ガスや灯油で65%が再エネ由来の製品などは、現在、存在しないので、この暖房法案が通れば、従来のガス暖房や灯油暖房は使えなくなるわけだ。そして、その代わりに推奨されているのが、ドイツ人にとっては耳慣れないヒートポンプ式の電気暖房だというから、大騒ぎになったのは当然のことだった。

そこで、与党は国民の反発を抑えるため、法案の中身をあちこち修正し、「現在、使用中の暖房設備は24年以降も使って良く、故障した場合は修繕することも許される」とか、「遠隔暖房が整備されている地域は、従来の暖房を将来も使い続けても良い」とか、「将来、水素で使える仕様のガス暖房器、あるいは、e-fuel(合成燃料)で使える灯油暖房はOK」などとし、国民の不安解消に努めた。遠隔暖房というのは、自治体や公社が大規模に熱湯、もしくは高温の蒸気を作り、それをパイプで周辺地域に供給し、各家庭の給湯と暖房に利用するシステムのことだ。安価で効率の良い熱供給だが、これは住宅の密集した地域でしかできない。なお、水素暖房やらe-fuel暖房などは、はっきり言って、まだ夢物語である。

その上、ヒートポンプによるセントラルヒーティングなど、これまでドイツ人の思考の中には全く存在しないものであったから、結局、法案が、改正されようが、されまいが、国民の不安は全く解消されなかった。政府が最終的にガスと灯油の使用を禁止して、電気によるヒートポンプを普及させようとしていることは明白だと、皆が感じた。

この法案を推進していたのは、ハーベック経済・気候保護相(緑の党)とガイヴィッツ建設相(社民党)だったが、主導者はもちろん緑の党で、ハーベック氏は何が何でも国会が夏休みに入る前の7月13日に可決に持ち込もうと意気込んでいた。また、ショルツ首相(社民党)のコメントも、「この暖房法案によってドイツのCO2削減目標が達成できると自信を持っている」というもの。ただ、本心だとはとても思えない。当然、国民はまったく納得せず、野党も、このような欠陥の多い未熟な法案を急いで通せば、後々、必ず弊害が出るとして強く反対していた。

ところが、冒頭のインタビューで緑の党のハッセルマン氏は、同法案がいかに重要、かつ有用であるかを啓蒙し、野党の反対は理解できないという態度を示した。氏によれば、ウクライナ戦争という非常時においては、多くの法案が急テンポで可決されなければならず、だからこそ、去年も数百の法律が可決されたわけで(国民は気づかなかった…)、つまり、この法案のスピード可決を問題にすることこそ、おかしいということらしい。

そもそもこの法案が閣議決定されたのは4月だった。それが6月半ばに国会に提出されたが、委員会の審議、専門家による鑑定、さらに国民の不満を考慮し、多くの修正がなされた。そして、ハッセルマン氏の説明では、その改訂版の発表が7月7日金曜日で、月曜日からいくつかの委員会の審議を経て、13日には採決という運びだから、つまり、十分な時間がとられているとのこと。しかし実際には、議員が改訂版に目を通す時間は週末の2日間しかないわけで、この法律の重要性を鑑みれば、十分な時間など取られていなかった。

実は、緑の党が急いでいた背景には、いくつかの理由がある。第一に、自分たちが与党にいる今のうちに、彼らにとって大切な政策をできるだけたくさん通し、緑の党のイデオロギーをドイツという国に不可逆的に刻印すること。これについてのわかりやすい例は、彼らが4月15日、エネルギー危機の真っ只中に実施した「脱原発」だ。

その結果、現在、電気が逼迫し、そうでなくても高かった電気代がさらに高騰し、競争力を失った企業は倒産するか、あるいはすごい勢いで外国に脱出し始めている。危機感を覚えるべきなのは、BASF(世界一の化学企業)など、これまでドイツの屋台骨であった化学産業や、やはりドイツが世界に誇ってきたメルセデス、フォルクスワーゲン、BMWなどといった自動車メーカー、その他、数々の優良企業が、こぞって中国、米国方面、あるいは近場では東欧などに生産拠点、および研究開発部門を移し始めたことだ。

大企業が出ていくと、付いていけない中小の関連産業が痛手を受け、倒産する。2023年には、12.5万人の労働者が倒産の影響を受けるという予測が出ているが、緑の党にとってみれば、ドイツからガスや電気をたくさん使う企業がいなくなるのだから、これは失政ではなく、善政の成果なのだろうか。

そして二つ目は、これから予定されているいくつかの州議会選挙の準備。ドイツには州(州扱いの特別自治市を含む)が16あるが、その地方政府の半数には、すでに緑の党が連立で加わっている。緑の党としては、是非ともこの輝かしい状態を維持、もしくは拡大したい。

ところが、最近、緑の党は全国的に支持率が暴落している。ドイツ経済がどうなろうとお構いなしの無茶な政策を推し進めているのだから、当然といえば当然なのだが、さらに暖房法案までが失敗すると、今後の地方選が非常に戦いにくくなる。つまり、緑の党としては、是非とも暖房法成立を成功の旗印に書き換えて、人気を回復したいところだ。だからこそ、何が何でも会期終了前のどさくさに紛れて通したい。

一方、こういう状況の下、野党の作戦は至極シンプル。暖房法案を叩けば叩くほど、緑の党の分が悪くなるという、かなり確実な目算が立てられる。そこで、野党CDU(キリスト教民主同盟)のハイルマン議員が、このような採決の強行は、立法における議員の権利を侵害するとして、基本法裁判所(最高裁にあたる)に、夏休み前の急な採択を中止するよう緊急提訴した。法律の中身ではなく、議会手続きの不備について訴えたわけだ。その結果、7日になって最高裁がそれを認め、緑の党の虎の子であった暖房法案は、土壇場になってブレーキがかけられた。その日の夜のニュースでコメントを出していたハーベック氏は、平静を装っていたものの、動揺は隠せなかった。もちろん面目も丸潰れになった。

さて、今後の進行はというと、夏休み中に臨時国会を招集して採決するという方法もあったが、休暇中のドイツ人を仕事に呼び戻すというのは、ほぼ不可能だ。以前、ドイツ鉄道のある大きな駅で、ちょうど夏の休暇の時期に病欠が重なって電車の安全運行が困難になり、休暇中の駅員を特別手当を出して呼び戻そうとしたが、誰も応じず、駅が1ヶ月近く閉鎖されるという「事件」があった。暖房法案についても、やはり臨時国会の案はなく、採決は秋に持ち越される見込みだ。しかし、その頃には、じっくり法案を読み込んでいる野党議員もいるだろうから、どさくさに紛れて可決に持ち込む緑の党の作戦は使えなくなるだろう。

実際、暖房法案はまだツッコミどころが満載だ。ショルツ首相もハーベック大臣も、「お宅の暖房は」と聞かれたら、遠隔暖房と答えていた。冒頭に記したように、遠隔暖房は、近い将来、燃料の65%が再エネに変わっているという前提なので、そのまま使い続けて良い。ただ、これがいつ、どのように65%再エネに変わるのかという話は一切語られていない。

一方、遠隔暖房のない地域で推奨されているヒートポンプは、たとえ補助が出ても、設備自体が高価であるだけでなく、大掛かりなリフォームが必要になる。このままいけば不動産の持ち主は、自分で住んでいる人も、人に貸している人も、あるいは大規模な住宅公社のような法人も、払いきれずに不動産を手放さなければならなくなる可能性が高い。なお、現在ヒートポンプは、製品自体も、それを設置する業者も不足している。ドイツのエネルギー政策には矛盾が多すぎる。

そもそも、ドイツが排出するCO2というのは、世界で排出されているCO2の僅か2%ほどなので、ドイツ人が工場を止め、発電所を止め、息をすることを止めても、2%減るだけだ。これで多大な産業の犠牲を出しながらガスと灯油の暖房をやめても、肝心のCO2削減という目的にどれだけ貢献できるのか?

しかし緑の党は、どうみても効用が不明の暖房法案に政治生命をかけたわけだ。そして、悲しいことに、ここにドイツの国民経済の浮沈がかかっている。

いまだに夢物語を語ることをやめない緑の党に率いられているドイツ、再び「ヨーロッパの病人」になる日は近いのではないか。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : gerd-harder / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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