MAG2 NEWS MENU

テレワークは本当に「生産性」を落とすのか?Google日本元社長の考察と提言

新型コロナの流行により、日本でも一気に普及したテレワーク。しかし現在世界的にその割合が急減し、「オフィス回帰」の流れが進んでいると言います。そんな現象を取り上げ論じているのは、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野晃一郎さん。辻野さんは自身のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』で今回、テレワークが生産性を落とすのか否かを検証した複数の調査結果を紹介するとともに、このタイミングで企業と社員の双方が働き方を巡り考えるべき「重要事項」を提示しています。

テレワーク率が減少してオフィス回帰へ。なぜ企業のテレワーク離れが進んでいるのか?

3年前の半分以下となった日本のテレワーク実施率

8月7日に配信された朝日新聞デジタルの「テレワーク実施15.5%、コロナ禍後で最低 オフィス回帰浮き彫り」という記事が目に留まりました。

同日、日本生産性本部が発表した調査結果によると、働く人のテレワーク実施率が15.5%となり、新型コロナ禍以降で最低になったそうです。半年前の前回調査時の16.8%から1.3ポイント低下し、最も高かった2020年5月の初回調査時の31.5%と比べると半分以下の水準になりました。

テレワークを活用していると答えた人は、従業員1,001人以上の企業で22.7%、101~1,000人の企業で15.5%、それ以下の企業では12.8%となりました。特に大企業での低下が目立ち、前回調査の34%から11.3ポイント減少しています。

週5日のすべてをテレワークする人の割合も14.1%と、半年前の調査からほぼ半減しており、テレワークを継続する人の間でも出勤日数が増える傾向にあります。

同調査は今回が13回目で、国内企業などで働く20歳以上の1,100人を対象に、7月10から11日にかけてインターネットで行われました。

日本生産性本部によると、政府が今年5月に、新型コロナの感染症法上の位置付けを5類に移行したことを受け、コロナ禍での緊急対応としてテレワークを導入していた企業で、オフィス回帰を求める動きが活発になっているそうです。

この記事の著者・辻野晃一郎さんのメルマガ

メルマガご登録はコチラ

Zoomまでもが命じた週2日のオフィス出社

米スタンフォード大学の報告によると、米国の全労働者のうち、出社してフルタイムで働く労働者は約60%で、彼らは相対的に賃金が低い傾向にあるということです。小売業、飲食業、旅行業、警備業などの職種にあたります。週に2~3日の出社とテレワークを組み合わせたハイブリッドワーカーは約30%を占めていて最も賃金が高く、フルテレワーカーは約10%とのことです。

オフィス回帰を求める傾向は米国でも同様で、アマゾンでは、社員への出社(RTO:Return to office)を求めるメールが物議を醸しているそうです。アマゾンは、2022年時点では、社員に出社を強要しないとしていましたが、今年2月、週3日以上の出社を求める形に方針を改めました。そして、8月9日、RTOポリシーを遵守していない社員に対して、出社を促す警告メールを送信し、一部社員の反発が高まっていると報道されています。

グーグルも、コロナ後、一部の社員に対して完全なテレワークを認めてきましたが、現在ではハイブリッドワークに切り替えて、やはり週3日以上の出社を求めています。テレワーク嫌いで知られるイーロン・マスクも、テスラやX(旧ツイッター)などではオフィス出社を原則とし、テレワークを禁止しています。

コロナとは無関係ですが、かつて私が在籍していた時代のグーグルで、製品担当の副社長をしていたマリッサ・メイヤーが、2012年にヤフーのCEOに転出したときにも、幽霊社員の実態が把握できないとして、翌年、在宅ワークを禁じる措置を講じていました(ちなみに、マリッサはヤフーの立て直しに失敗して、ヤフーはベライゾンに買収されてしまいました)。

極めつけは、Zoomが週2日のオフィス出社を命じたことでしょう。同社では、2022年1月の時点で、社員のわずか2%しか出社していなかったそうですが、コロナによるテレワーク拡大の最大の恩恵を受けて急成長した同社が、オフィス回帰の姿勢を強めたことは皮肉でもありインパクトがあります。

この記事の著者・辻野晃一郎さんのメルマガ

メルマガご登録はコチラ

テレワークで生産性が低下する理由

前述のスタンフォード大学の報告によると、労働者はテレワークの方が生産性は高いと捉えているのに対し、管理職は逆に低いと捉えていて、認識に差があるそうです。また、同大学が複数の研究を分析した結果では、テレワークによって生産性が10~20%低下するとされています。

テレワークで生産性が低下する理由については、

  1. コミュニケーションや仕事の調整のやりにくさ
  2. コミュニケーションネットワークの劣化や新たなつながりの減少
  3. マルチタスクなどの諸要因による創造性の低下
  4. 上司からの指導やフィードバックの減少

等が挙げられています。また、他の大きな理由として、規律や自制心に関わる要因が指摘されており、SNSの閲覧(回答数の75%)、オンラインショッピング(同70%)、動画の視聴(同53%)、旅行の計画(同32%)など、仕事以外の活動に時間を費やしがちな傾向も指摘されています。

さらには、家事(同72%)、用事(同37%)、昼寝(同22%)、通院(同23%)、飲酒(同12%)などにも時間を使ってしまい、テレワークでは1日3~4時間しか働かないという人もいるようです(同13%)。

まあ、これらは米国での調査なので、勤勉な日本人とは多少違った結果にはなるでしょうが、傾向としては同じでしょう。

上記のような報告がある一方で、他の調査では、テレワークの生産性は十分高いとする報告も複数あるようです。一例を示すと、アップグレーデッド・ポインツという旅行会社の調査では、米国女性の63%、男性の55%が、テレワークの方が生産性は高いと答えているそうです。

整理すると、スタンフォード大学の調査が示すように、テレワークには確かに生産性を低下させる注意点はあるものの、逆に生産性を高める使い方もある、ということで、出社とテレワークを賢くハイブリッド化させることが大事なのだと言えます。

この記事の著者・辻野晃一郎さんのメルマガ

メルマガご登録はコチラ

日本人の生真面目さが却って生産性を落としてしまうという皮肉

デジタルの時代になり、インターネットが普及したことによって、人々は時間や空間の制約から大幅に解放されました。その結果、「働き方改革」などの掛け声と共に、人々の働き方も変革期を迎えました。本メルマガでも、以前から何度か「働く」ということをテーマに問題提起を続けてきました。

「新しい働き方」に関する議論や論争に終わりはないように見えますが、つまるところ、会社にとっては、「会社の収益や成長に最も貢献する社員の働き方とは何か」というテーマに収束し、社員にとっては、「自分がやりがいを感じ、社内での評価が高まって昇進や昇給につながり、幸せを感じる働き方とは何か」というテーマに収束します。

そしてその双方の立場から行きつくところは、「社員(自分)の生産性、創造性、パフォーマンス、モチベーションを最大化する働き方とは何か」ということで、会社と社員双方が目指す共通のテーマということになるでしょう。生産性やパフォーマンスが向上すれば、創造性やモチベーションも向上して幸福度も高くなることが知られています。幸福度が高まれば、さらなる生産性やパフォーマンスの向上をもたらす好循環が生まれます。

当然ながら、出社かテレワークか、というのは、二者択一の話でもなければ、どちらがより優れた働き方なのか、というような話でもありません。テクノロジーが進化する前は、出社する以外の選択肢がなかったのに対して、今では、出社しなくても仕事ができる、というありがたい選択肢が増えたということです。ですから、前述の通り、これらを賢く組み合わせたハイブリッド型の働き方が、当面の落としどころになるのは言うまでもありません。

そしてこの先、メタバースのような世界がさらに進化すると、職種によっては、物理的なオフィスの存在や、そこに出社するという行為そのものが必要なくなる時代がやってくることになるのだと想像します。

オフィス回帰は大いに結構ですが、日本でよく目にしてきたのは、台風や大雪などで天候が大荒れとなり、公共交通機関が麻痺したような時にも、とにかく何が何でもオフィスに出社しようとして駅構内に人が溢れ、改札の外にまで長蛇の列ができるような光景です。いわば、日本人の生真面目さが、却って生産性を落としてしまうというのは皮肉です。

大事なことは、オフィスでのプレゼンスよりも、仕事の生産性を向上させ、成果を高めて自分のモチベーションや幸福度を上げること、と捉えれば、そのような時には、やむを得ない事情が無い限り、無理に出社するよりも自宅や近くのカフェで仕事をする方がよいに決まっています。

会社は、働き方の多様性や柔軟性を尊重した上で、出社とテレワークのバランスの全体最適を図らねばなりませんし、社員は、一定の裁量権を得た上で、自分の特性や都合に合わせてそのバランスの部分最適を図らねばなりません。この双方からのアプローチを上手くかみ合わせることが肝要です。コロナがきっかけになって、ようやく少しずつ変わり始めた日本の働き方ですが、経営者の無理解や、周囲の同調圧力で、すっかり元に戻ってしまうようなことだけは避けて欲しいと思います。

ちなみに当社では、もともとテレワークを活用してきましたが、コロナを機会に完全なテレワークに移行しました。コロナが明けてからは、月に一度、オフラインでスタッフ全員が集まる機会を作っているという点ではハイブリッド型ですが、ほぼ完全なテレワークを継続しています。今のところ、このスタイルで特に業務に支障はありません。

※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』2023年8月18日号の一部抜粋です。興味をお持ちの方はこの機会にご登録ください。

この記事の著者・辻野晃一郎さんのメルマガ

メルマガご登録はコチラ

image by: Shutterstock.com

辻野晃一郎この著者の記事一覧

辻野 晃一郎(つじの・こういちろう):福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

有料メルマガ好評配信中

  メルマガを購読してみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中 』

【著者】 辻野晃一郎 【月額】 ¥880/月(税込) 【発行周期】 毎週 金曜日 発行

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け