誰しもが耳にしたことがあるはずの「アイデンティティ」という言葉。しかしその正しい意味を完璧に理解している方は案外少ないのではないでしょうか。今回のメルマガ『バク@精神科医の医者バカ話』では、現役の精神科医で内科医としての実績を持つバク先生が、そんなアイデンティティについてわかりやすく解説。さらにアイデンティティが確立できていない人の特徴や、アイデンティティを健やかに育てるコツを紹介しています。
アイデンティティと精神(自我)の安定の関係について
今回のテーマはこんな感じですがみなさん、アイデンティティって何だと思いますか。何となく使ってるけどアイデンティティ。
アイデンティティは「自分が自分であること」そして「その自分が他者や社会で認められているという感覚」を指します。簡単に言えば「自分が自分らしくあり、その状態で周囲からOKって言われてること」という感じでしょうか。そこまで自分の存在について悩んだ記憶がそもそもないよ…というか私は自分で「アイデンティティ」とか口にしたことがないっちゃないです。でも過去には忘れてしまっているだけで確か悩んだことがあるような気がします。それくらい今はナチュラルに「自分が認められている」と感じているのかもしれません。こう書くと「謙虚というより尊大なのでは?」と思われそうですがコレは本当に真逆のお話しです。
そもそもこのアイデンティティ概念を最初に提唱したエリクソンは、おとなでもなく子どもでもない青春期には、自分が自分であることと、自分が社会から認められることとのあいだのズレ(アイデンティティの危機)が生じるため、そこで乗り越えられるべき心理的・社会的課題として、アイデンティティの確立をあげました。
つまりエリクソンはどっちつかずの青春期に人は子どもを脱却したことで「自分」という存在があることに気づき、そしてその自分が何者かであることを思い悩み考え始めるのが通常だと定義しています。
そして青春期になると子どもであった時期には意識しなかったであろう「他者」の存在に気づき、他者との比較や他者からの評価を自分が受ける存在になることで生じる「自分の存在を他者(社会)に認められ、受け入れられるためには自分はこういう人間であるべき」という理想や希望(誰しも理想の自分は最初はデカいものです)が現実として直視した際にそのままでは実現不能であることに気付いてしまうことは「人間のメンタルの成長上起こって当たり前である」と考えているわけです。むしろズレてるほうが正常だ、とも思っていたんじゃないでしょうか。
そしてここで大切なことは、そのズレ(アイデンティティの危機)を青春期でしっかり認識し、どうしたらそのズレが少なくなるか(=自分が自分であることを維持しつつ、ありのままの自分が社会から認められるにはどうしたら良いのか?)を考え、修正、実行することが人生の課題であり、乗り越えたらアイデンティティが確立した!となると言っている訳です。
そもそも自分の存在を価値あるものとしてとらえたいと考えることはものすごくノーマルな感情です。そしてそれは単なる自分の思い込みではなく、他者から「あなたはかけがえのない人だ」「あなたの能力はすばらしい」と、認めてもらうことが重要です。そうでなければ単に自分で自分は価値があるし凄いんです!と自称しているだけの人になってしまいますし、他者からの評価が実際にあってこそアイデンティティの感覚が生まれるはずです。でも今このアイデンティティ迷子になっている人が物凄く多いのではないでしょうか。
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アイデンティティ迷子が陥っていると思われること
唐突に造語を作ってしまいましたが多くの人が「自分には価値がない」「自分なんてどうせ」と口にしている現代社会においてはエリクソンのいうアイデンティティが確立している人はかなり少数派と言えるのではないでしょうか。
ここで大事なこととしては「何ができたら(どう生きていたら)他者から褒められるような状態になる」とその人が認識しているか?だと私は思います。
ここでの大きなポイントが「その人」が、という部分です。
単に他の人に席を譲るだけでも「お、優しいね」「気がきくね」と褒めてもらえます。家の中に落ちているゴミを拾ってゴミ箱に入れるだけでも家族から「ありがとう」「助かるわ」と感謝されます。しかしアイデンティティ迷子な人はこう言ったことをやろうとしていない場合が多いように思います。
診察室で(*要注意:ここでいう患者さんは「抑うつ状態」の人は除外します。何故なら抑うつ状態の場合微小妄想という妄想状態となるため[自分が何も悪いことをしていないのに罪を犯したと考える罪業妄想、お金があるのに破産してしまうからお金を使ってはいけないと思い込む貧困妄想、治ることのない恐ろしい病気にかかってしまい死ぬ可能性があるという所まで考えてしまう心気妄想のこと]他者から認められる!とは全然考えられなくなっていますから抑うつについて治療すべきです)「自分の価値があると思えなくてしんどいです」という人が最近すごく増えました。年齢も高校生から社会人まで様々です。
抑うつでもない状態でそういうことをいう人はアイデンティティが確立できないままの人なのかもしれません。こういう訴えをする人に私が「ではどういう人には価値があると思いますか?」と聞くと多くの人は即答できません。
つまり「他者や社会から認められる存在」というアイデンティティを確立させる上で絶対必要であるモデル像が全く欠落しているのです。でも目標もわからない状態でどうしたら価値がある自分になれるというのでしょうか?目標のない自分探しは目隠しマラソン並みにしんどいでしょう。ペース配分もできないし、ここまでいけばあと残りがコレだけだ!という目安があるのとないのとでは大違いです。
真逆の例としては「こういう人が認められる価値のある人です!」としてあげてくる例があまりにも現実と乖離しているパターンがあります。例えば「インフルエンサーの○○さんみたいに大学生でモデルをやりながら起業して~」とか「インスタグラマーの○○さんみたいに本を沢山読んでいろんな人に本の内容をわかりやすく伝えられたり~」とかそういう人を「価値がある」人だと認識して、「自分は○○さんほどフォロワーもいないし…」とその部分において「価値がない」と考えてしまっていると実現はかなり難しいでしょう。
他には入社したての新卒の会社員の人が「自分は上司ほど仕事が出来ないから認められません」と真剣に悩んでいたり。でも上司は何年その仕事をしてるんでしょう。5年?10年?その人と新人の自分が同程度にできなければ価値がないと考えるのは余りにも「自分が自分である」ということと「その自分がありのままで社会に受け入れられる」という状態と乖離しているように私は感じます。
というかこれらの例と自分が同一にできなければ価値がない、と考えるのは余りにも自意識過剰なのではないでしょうか。
つまり、アイデンティティ迷子になっている人というのは「目標設定をしていないことに気付いていない」とか、「目標設定という概念そのものを勘違いしている」し、「目標設定=自分が同等になれるものと信じているけど間違えている」という人が陥りやすいのではないかと思います。
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アイデンティティを健やかに育てるコツ
何度も言いますが我々凡人が雲の上の人のような特別な存在になる必要はこれっぽっちもありません
――(この記事はメルマガ『バク@精神科医の医者バカ話』2023年8月23日号の一部抜粋です。続きは、ご登録の上お楽しみください、初月無料です)
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