都内でも観光地でもタクシーは全然つかまらず、大阪では路線バスが突然廃止に。深刻な運転手不足を背景に、日本でも一般ドライバーがマイカーで乗客を運ぶ「ライドシェア」解禁論が急浮上してきました。辛坊治郎氏は自身のメルマガ『辛坊治郎メールマガジン』の記事中で、この流れに「干支が一回りしてようやく議論が始まったか」とチクリ。なぜ我が国の交通事情は、ここまでの窮地に追い込まれたのでしょうか?
12年遅い、低成長日本のライドシェア議論
ようやく最近、日本の有力政治家の間から「ライドシェア」という言葉が出始めました。アメリカでウーバーがライドシェアサービスを始めたのが2010年ですから、「干支一回りしてようやく議論が始まったか」と妙な感慨にふけっています。
アメリカでウーバーが営業を始め、東南アジアでGRABのサービスが普及し始めたころ、一部の識者の間では日本での導入を主張する議論が聞かれましたが、与党の有力政治家や官僚の間では「そんなサービス、日本では話にならん」というのが一般的雰囲気でした。
当時でも一部の政治家たちには将来日本でもこのサービスが始まる予感はあった筈ですが、そんなことを口にしても政治的に得にならないのを政治家や官僚は熟知していましたから、日本ではまともな議論スタートまで干支一回りの時間を要したわけです。過去20年の日本の低成長の原因が分かります。
高い利便性、すでに東南アジアでは常識化
ちなみに私はアメリカでウーバーを使ったことはありませんが、マレーシア、ベトナム、フィリピンを旅行する際にGRABのサービスはよく使います。例えばフィリピンでタクシーに乗る際には、最近でこそ黙ってメーターで走る運転手も出始めましたが、かつては乗車の際に値段の交渉が必須でした。
私はかつてマニラの国際空港から市内までタクシーに乗った際に「200ペソ」で交渉が成立したにも関わらず、乗車中に「200ドル」と言われて、赤信号で停車中にタクシーから飛び降りた経験があります。私が海外旅行の際に手荷物だけで行くのは、こういう際にトランクから荷物を出す必要がないからです。トランクに荷物を預けてしまうととっさの際に取れる行動が限られます。200ペソと200ドルでは二けた値段が違います。私はこの区間の常識的な値段を知っていたので判断できましたが、初めてマニラを訪れる外国人なら払ってしまうかもしれません。
それでもフィリピンは英語が通じますから何とかタクシーに乗車できますが、ベトナムではまず英語は通じません。そんなところで初めての場所に行くのに運転手と値段交渉するなんて途方もない話です。私はかつて東南アジアではレンタルバイクを借りて移動することが多かったですが、スマホやグーグル地図のない時代に知らない場所をバイクで移動するのはそれなりに大変でした。
この状況を一変させたのがライドシェアサービスです。スマホに入れたGRABのアプリからグーグル地図で現在地を打ち込み、目的地も同じように地図上で探したり、住所を入力したりすると、近くにいる運転手がマイカーで現在地まで迎えにきます。
その際、やってくる車の車種、ナンバー、運転手の名前、車の現在地などがスマホに表示されますから、後は車が来るのを待つだけです。料金は予約の際に表示されて、その金額がクレジットカード決済されます。料金交渉も必要ありませんし、渋滞して時間がかかっても同じ料金です。アメリカなどではチップの金額を入力する必要があるらしいですが、チップの習慣のない国ではアプリに表示された料金が決済金額になります。
私の経験では、東南アジアを旅行する時には、GRABは必須アイテムです。料金も交渉で吹っ掛けられることの多いタクシー運賃よりはるかに安いです。でも正直「GRABの運営会社に中抜きされて、運転手には一体いくら支払われるのだろう」と気の毒になることがあります。タクシーの場合、タクシー会社や、会社の経営者に流れる金の分だけ運転手の取り分が減るわけですが、ライドシェアでも運営会社の取り分はあるわけで、その点将来的に客が払うライドシェアの金額がタクシーより安くなるかどうかは簡単には言えません。
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「タクシー議連」が日本人の足を奪っている
しかし、このサービスが日本で普及しなかった構造はよく分かります。日本で客を乗せて営業する場合、二種免許とタクシー等の営業許可が必要です。このあたりは精緻にシステムが構築されていて、国土交通省の役人がしっかりと監督しています。
タクシー会社、運転免許発行組織、監督官庁などが堅固な業界組織を構築し、「タクシー議連」を名乗る政治家集団がその業界組織の擁護者になっているのは常識です。
車を持つ運転者が自由に客を乗せて営業できるようになったら、既存の業界秩序が崩壊するのは間違いありません。営業車は緑地に白い文字のナンバープレートを付けていますが、普通の自動車は白地に緑色の文字ですよね。白地のナンバープレートを付けた車が闇で客を乗せる商売は「白タク」と呼ばれ違法行為です。
最近この白タクが結構蔓延っていて、空港で中国人の団体客向けに安い料金で日本在住の中国人がマイカーを提供するサービスが時々摘発されています。数十年前には、日本人同士でもこの商売は結構あったんですが、業界団体の意を受けた警察の摘発でほぼ姿を消しました。
ライドシェアは、業界団体から見たら、この「白タク」を合法化することを意味しますから、そんなもの絶対に受け入れられません。
そこで「タクシー議連」の出番となるわけです。日本の政界は網の目のように張り巡らされた「何とか議連」で成り立っていますから、その一角が崩れると、第二次大戦後の日本を支えてきたありとあらゆる構造が崩壊する危機を迎えてしまいます。だから12年前にウーバーがアメリカで誕生した際、役人や政治家は徹底的に日本でこのシステムが拡がらないように世論誘導したのです。
「日本には世界に誇る安全で良質なタクシーサービスがあるのだから、無法で危険な白タクサービスであるライドシェアが日本に上陸するのは絶対に認めない」というわけです。私の個人的経験で言うと、タクシーよりライドシェアの方が確実に安心安全で便利ですけどね。
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ライドシェアは日本の将来を占う試金石
最近始まった議論を主導しているのは菅元総理と河野太郎、小泉進次郎氏らです。彼らは元々ライドシェアに理解があったものの、政治的損得から12年間黙ってきたのだと思います。こういうことは政界ではよくあります。
なぜこのタイミングかと言うと、最近の都市部におけるタクシー不足が背景にあります。コロナの時期に、「客もいないし、感染も怖い」と考えた多くの年金受給世代の高齢運転手が運転手業を放棄してしまい、今どのタクシー会社でも運転手不足で車が余って困っています。確かに東京でタクシーは捕まえ辛いです。逆に真面目に働くタクシー運転手さんにはチャンス到来で、結構稼いでいる人もいます。
菅氏らは、「日本でライドシェアの議論を進めるには、タクシー不足の今しかない」と考えたのでしょう。しかしさっそく「タクシー議連」の政治家さんたちが反対の大合唱を始めました。この話が今後どうなって行くのか、私は今後20年の日本の行方を占うに際して試金石になるだろうと考えています。
もしかすると、ライドシェアの運転者に二種免許取得を義務付けたり、ライドシェア会社を認可制にするなど、日本の利権構造を残す方向が模索されるかもしれません。
ちなみに、客から料金を取ると明確に違法ですが、東阪間など長距離を移動する際に見知らぬ数人をネットで結び付けて、高速料金やガソリン代をシェアする形のライドシェアならギリギリ合法のようです。この日本流のライドシェアサービスが、すでにネット上で始まっています。今検索したら、東阪間の片道移動で5000円弱が標準的な価格のようです。
ところで「役所と政治家と業界団体とが精緻な利権構造を構築している」のは別にタクシー業界に限ったことではありません。日本の発展を妨げる岩盤規制は特に国土交通省傘下でよく見られます。次週以降、引き続きお話します――
(※この続きは初月無料のメルマガ内でお楽しみください。9/15最新号では、直近の世論調査で「ライドシェア反対」が過半数を超えた理由や、それが日本の将来に与える影響について、辛坊治郎氏がさらに詳しく考察します)
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image by: MAG2 NEWS