来月7日投開票の東京都知事選で「ポスター掲示板ジャック」が問題化している。報道では売名目的の候補乱立も一因とされ、SNSでは「有権者の政治への無関心に対する天罰」「これではまるで罰ゲームだ」の声も。だが、米国在住作家の冷泉彰彦氏によれば、この「罰ゲーム感」は選挙制度の欠陥や民度の低さが招いたものではない。有力候補やメディアが、首都東京の「本当の論点」から逃げていることが最大の原因だ。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:東京都知事選の論点整理
都知事選「ほぼ全裸」ポスター問題を解決する方法
東京都知事選が告示されました。とりあえずの話題は、56名という候補が乱立していることです。同一政党から複数出馬して、ポスター掲示板をジャックするとか、わいせつな図画をポスターに使うなど、「売名行為としての立候補」が問題になっている点で、主要メディアもこの話をかなり取り上げています。
この問題ですが、都民の政治的無関心に対する「天罰」だとか「罰ゲーム」という言い方が流行しています。その一方で、「大人のバカッター」だとか、「曖昧なゾーンを利用して人を不快にさせると、結局は自由を束縛してしまう」のが問題だというような議論もあります。
これに関しては、単刀直入に2点申し上げておきたいと思います。
まず人を不快にするポスターの問題ですが、わいせつな内容あり、違法なサイトへの誘導ありという具合で、全くやりたい放題です。この調子では、政見放送などは目も当てられない内容になるかもしれません。
ですが、これを警視庁が取り締まるのであれば、選挙における表現の自由は破壊されてしまいます。演説の内容が激しくなると「弁士注意」だとか言って官憲が介入していた明治初期だとか、自由主義でも逮捕するという狂った30年代などの再現です。
もちろん、選挙という空間を悪用して社会を混乱させるのは避けなくてはなりません。ですが、警視庁が勝手に見解を決めて実力行使をするのはダメです。
これを避けるためには、公安委員会と選管が対等な立場で主導し、有権者のランダム代表などが参加する中立委員会でも作って、ポスターや政見放送における公序良俗の確保をすべきです。具体的には、その中立委員会が裁定して、これを裁判所が確認するという牽制も必要でしょう。
警視庁が登場して、公職選挙法とは別に迷惑防止条例などを振りかざし、選挙運動に介入するというのは、その介入の中身にいくら正当性があっても、公職選挙法の精神に照らして不適切です。もしかしたら、バカッター候補の中には、公職選挙法に守られた民主主義を破壊するような意図を持った工作員も混じっているかもしれません。
だとしたら、「まんまと民主主義が破壊されてしまう」そのぐらいの危機感を持って臨むべきと思います。
都知事選のカオス状態は、有力候補の「公約の的外れ」が原因
もう1点、今回の都知事選においてバカッター候補が乱立し、そして異常に注目が集まる原因は、制度が緩いからではありません。また供託金が安いからでもありません。都民が政治的に無関心だからでもありません。
また、この都知事選のカオス状態については、仮に日本において直接選挙で大統領を選ぶようになった場合のシミュレーションになっているという解説があります。これも有権者を適当にディスって分かったような気になっているだけであり、無責任な言論ということでは変わりません。
そうではなくて、本当は争点とすべき東京都の課題が、有力候補によって正当に取り上げられていない、ここに問題があります。行われるべき議論が行われていないというのが、選挙が白けて、バカッター候補ばかりが注目される真因だと考えるべきと思います。
では、何を議論すべきなのか、以降はその論点を提示してみたいと思います。
(1)神宮外苑問題、小池氏と蓮舫氏の議論は「子どもの学級会」
まず、神宮外苑の問題があります。確かに三井不動産の主導する再開発計画は、多くの樹木を伐採して「外苑の緑」を破壊する可能性があります。
ですが、蓮舫候補のように小池知事が何もしないから悪いというのも一方的です。なぜなら神宮外苑は私有地であり、明治神宮の所有だからです。
では、小池候補の言うように、私有地に対しては都としては介入に限度があり、現在の施策で外苑における事態の推移を見てゆくだけでいいのかというと、結局は外苑の緑が守れる保証はありません。
こんな子どもの学級会のような議論をしていては、何も解決しないと思います。
可能性としては、外苑を明治神宮から都が購入して緑を守るという政策が一つあります。カネはかかりますが、効果はあります。それは無理だということであれば、緑地保護条例など外苑の緑を強制的に守る施策を行って、開発に対抗するという可能性もあります。
その場合は、経済活動に影響しますが、現在の東京で進んでいるバブリーなハコモノ経済の危険性を考えると、このあたりで強烈にブレーキを掛ける必要があるという議論はあっていいと思います。
もっと幅広く、ついに百軒店地区の全面破壊まで視野に入ってきた渋谷の再開発、都内の各地で行われている界隈つぶしなども含めて、本当にハコモノ経済が経済として成り立つのかを問いかけていく必要も感じています。
立石の再開発なども、本当に経済的に成立するのか、品川から高輪の開発もそうですが、本当に元が取れて経済成長に寄与できるのか、今ここで立ち止まって考える必要があります。
そう考えると、外苑問題だけで学級会のようなグダグダな議論をしている暇はないはずです。
(2)多摩川より何倍も危険な「荒川決壊」対策から逃げている
次に問題なのが防災減災です。そう申し上げると、例によって「財政規律は好きだが、公労協とズブズブの蓮舫候補」などは、多摩川の堤防がどうのこうのといった「インフラ仕分け」に走ろうとしています。
ですが、問題は多摩川ではないですし、そもそも現在のような災害の頻発する状況のなかでは、インフラの仕分けで財政規律を確保しても、誰も「安心」は得られません。
では、具体的にはどこなのでしょうか。多摩川は、確かに2019年の台風19号で被害を出しました。ですが、被害といっても小杉のタワマンが浸水して停電したとかで、多くの人命が奪われたわけではありません。
東京が水害を意識しなくてはならないのは、多摩川ではなく荒川です。同じ、2019年の19号台風の際には、東京23区のうち東部の10区は実際に「広域避難」を検討しています。なぜかというと、本当に荒川が決壊したら下手をすると数千単位での死者が出る可能性があるからです。
では、一体何人の避難が必要かというと、都がやっている「首都圏における大規模水害広域避難検討会」では、74万人を避難させなくてはならないとしています。そして、その避難先は「引き続き確保してゆく必要」があるとしています。要するに確保できていないのです。
つまり、仮に今年の秋に19年の19号台風以上の猛烈な雨台風が首都圏を襲い、特に利根川・荒川水系に猛烈な降雨が殺到、流域のダムや調整池などをフルで対応しても、最終的に荒川の決壊が不可避となったとします。その場合に、東京都の東部では広域の集団避難が検討されるでしょうが、現時点では避難先は決まっていないのです。
また、ここ数年の豪雨災害の際に言われている「垂直避難」、つまり建物の上の階に逃げるということでは、荒川決壊という事態になれば甚大な被害が出ます。武蔵小杉のような話では済まないのです。多くのタワマンが孤立して、自衛隊などにお願いして船で食料や水を配るなど、悲惨な状況になる可能性があります。
これは大変な問題です。避難先だけでなく、74万人をどのように整然と避難させるのか、もちろん、鉄道事業者などとの協議は始まっています。ですが、例えば2019年から5年を経過した現在では、例えばバスの運転手などは平時でも人手不足が顕著となっており、広域避難の足の確保は大変だと思います。
これは高度な、そして大規模な危機管理の問題です。東部の10区の区役所にはかなりの問題意識があります。10区の区長もそうだと思います。ですが、対策をしっかり固めるのは都庁です。そして都知事のリーダーシップが何としても必要なのです。
こうした大問題は、知事選の争点にして民意を受けて予算を付けるようにしなくては、前へ進みません。
(3)イノベーションの「足を引っ張る街」東京を自覚せよ
一極集中の問題も大きな争点です。少なくとも3つの論点があります。
1つは経済活動が東京に集中することで、東京以外の地方が衰退して地方経済が壊死してしまうという問題です。これを指摘して、集中を是正するという主張も成り立ちますが、少なくとも東京だけを考えると、わざわざ経済活動を地方にタダで回していく理由はありません。
2つ目は、一極集中が過度に進むことで東京におけるインフラや福祉などコストの負担が重くなって東京が倒れてしまうという問題です。交通インフラ、住宅インフラなどについて言えば、東京の現状は決して100%が充足されているわけではありません。
さらに言えば、これからの10年で一気に高齢単身世帯が増加する中では、税収を上回る歳出が必要です。そのカネをどうするのか、これは重たい問題です。少なくとも都営の認知症病院を作れば済むという話ではありません。
3つ目は、一極集中が進むことで、東京自体がダメになるという発想です。東京の何がダメなのかというと、まず地方に対して威張っています。とにかく民間なら東京の本社が、官庁なら霞が関の中央官庁が威張っています。
また、優秀な人材は東京に吸い寄せられており、大学も、そして就活も東京中心に回っています。
その結果として、東京でどんどん新しいものが生まれているのならいいのですが、相変わらず「AIの可能性より、AIの弊害の議論ばかりが先行」するなど、東京という街はイノベーションを推進する街ではなく、イノベーションの足を引っ張る街であり続けています。
さらに言えば、人材が集中しているということは、相変わらずムダな対面型コミュニケーションが幅を効かせているわけです。また、マイナー言語である日本語の、しかも意味不明の紙が大事にされ、そこにまた意味不明のハンコが押される、PDFにしたとしても、暗号化して同じメルアドにパスワードを送るという謎の儀式をしたりします。
つまり一極集中することで、旧態依然な仕事の進め方が残り、イノベーションが殺され、競争力をどんどん下げている。これが東京です。そこには、地方を見下しつつ、欧米やアジアに対しては自らを卑下するという、参勤交代的封建カルチャーの「中間点」的なものも乗っかっています。
とにかく、今の東京には活力がなく、前例踏襲型であったり、単に密室でのコミュニケーションが得意なだけであったり、イメージ戦略だけが上手な「内容の空っぽ」な人や仕事が集まっているのです。そして準英語圏ではないので、多国籍企業のアジア本社は東京には来ません。
では、大阪のようにIRにチャレンジするのかというと、どういうわけか、その度胸もないようです。これはあくまで議論の材料ですが、今、日本の経済が地を這うように低迷しているのには、東京という都市の持っているカルチャーが非常に行き詰まっているという問題があり、その背景に一極集中の問題があるという考え方もできます。
いずれにしても、現在の一極集中をどう考え、どう変えていくのか、これは大きな議論です。そこに、改めて東京の都市計画という問題が乗っかってきます。外苑の問題も、意味不明な再開発の横行も、この都市計画の問題に重なってきます。投機マネーを呼び込んだ結果、都心の住宅価格に異常なバブルを発生させて、しかもこれを放置した、そのことへの反省も必要でしょう。
(4)少子化の本当の原因は「公立中学の教育崩壊」にある
東京の異常な少子化の問題も争点とすべきと思います。問題は、生活コストではないと思います。
ズバリ、東京では公立中学の教育が崩壊しており、偏差値45以上の大学に進学を考えている場合には、家庭としては子どもが中高一貫校を目指すよう計画をします。そうなると塾という無認可教育機関に巨額のカネを吸い取られるわけです。
今は、移民政策で日本語学校の教員に資格を求め、学校にも設立要件を求めています。そもそも法務省の管轄であった日本語学校は、ようやく文科省の管轄となりました。そう考えると、日本の、特に東京のエリート教育が塾という経産省の所轄する無認可組織に丸投げされ、その結果として子ども一人あたり数百万円という塾代を払わないと、まともな高等教育に行き着かないわけです。
これは異常中の異常事態であり、そのために貧困層の中の才能を見出して社会貢献させることもできず、エリート階層は世襲化して保守化します。東京の腐敗は、この格差の世襲からも来ているのだし、そもそも数百万円かけてヘトヘトにならないと一貫校に受からないとなると、2人目を望む気力も財力も残らないというのが、現在の東京の子育て世代ではないでしょうか。
叩き台は相当にドラスティックにすべきです。私立の別学一貫校を統合して共学化したうえで都営ないし区営にするという大胆な組織改革に加えて、都内の塾講師と公立・私立校の教師について「学力+指導力+事務処理能力」の「入れ替え戦」を行って、適正な人材が教育の現場に立つようにするのです。
つまり、公立に行っていればエリート教育にリーチできるようにするのです。そうすれば、子ども一人あたりの教育費は劇的に下がります。
東京に来て、2人とか3人の子どもを育てようという流れは、それぐらいしないと出てこないのだと思います。もちろん、これは叩き台ですが、現状認識として、今は東京の教育は完全に壊れてしまっているという認識が少なすぎると思います。
都知事選に漂う「罰ゲーム感」メディア報道にも責任の一端
とにかく、東京をどうするのか、中身をどうしていって、都市計画をどうするのか、そして将来の人口構成と都財政をどのようなイメージに持ってゆくのか、これは非常に大切な問題です。
思い切り譲歩するにしても、少なくとも荒川決壊に備えた74万の広域避難をどうやって準備するのか、あるいはしないのかというテーマについては、どう考えても、どの候補も逃げられないと思います。
要するに、有権者が悪いのではなく、政治家が悪辣であるのでもないのだと思います。問題はメディアにあり、本当に必要な問題を提起して、オプションを提示し、必要な争点化を行うという努力から逃げているのです。
有権者の意識が低いからバカッター候補がウヨウヨ湧いてくる、だから、これは有権者への罰ゲームだというような「分かったような上から目線の解説」は、こうした点で何の役にも立たないと思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年6月25日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。都内中学校のヒップホップダンス禁止問題を批判的に考察する「ヒップホップは逸脱なのか?」もすぐ読めます
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