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日本人の情けなさ。「玄洋社はテロ集団でスパイ養成学校」という不良外国人のデマに簡単に引っかかる情弱ぶり

日本右翼の祖と呼ばれ、政治団体「玄洋社」を率いたことでも知られる頭山満。しかしながら彼を「右翼」の一言でくくることは、自身の情弱ぶりを晒すことに他ならないようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、頭山が「左翼の源流」の中江兆民や「自由民権の雄」である板垣退助とも深いつながりがあった事実を紹介。さらに玄洋社や頭山への「外国によるデマ」に簡単に引っかかる日本人の情けなさを嘆いています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:頭山満の「玄洋社」は自由民権団体だった!/浦辺登『玄洋社とは何者か』が示すアナザー・ストーリー《民権論11》

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

頭山満の「玄洋社」は自由民権団体だった!/浦辺登『玄洋社とは何者か』が示すアナザー・ストーリー《民権論11》

昨年6月からの1年間に10回まで綴ってきた「日本的リベラルとしての『民権思想』を遡る」シリーズだが、元々全体を見渡す構想があって始めたことではない。現今の政治的対抗軸である「保守vsリベラル」を歴史的=論理的により深く捉えようとすると、結局、幕末から明治にかけての「国権vs民権」という基本図式が150年を超えて続いていて、その今日的様態が「保守vsリベラル」であると理解するのがいいのではないか――という漠たる問題意識から、ほとんど行き当たりばったりに出会った本や資料を読み込んで模索を続けてきたのである。

それでも、これまでを振り返ると、大まかには1つの脈絡を追ってきていて、戦後歴史学界の主流を占めた「講座派」やその亜流と言っていい司馬遼太郎的な明治維新への理解は、つまりは「国権」側、薩長藩閥側からしか物事を見ておらず、それに対して幕臣や各地の藩士などの間に遥かに知的レベルの高い公武合体による穏健妥当な政権転換の提言や民選議会開設の構想が広がっていて、それが明治に入っての「民権」運動の爆発につながっていたことを解き明かそうとしてきたのである。

そこで抜け落ちていたもう1つの「民権」の流れがあることに気づかされたのは、最近手にした浦辺登『玄洋社とは何者か』(弦書房、17年刊)によってである。著者は、福岡県出身・福岡市在住でサラリーマン生活の傍ら著述に励んでいる方のようで、郷土史家のような筆致で玄洋社と頭山満への思い入れを書き込んでいる。同書の第1部は「玄洋社は相互扶助団体だった」、第2部は「玄洋社は自由民権団体だった」、第3部は「アジア主義を旗印として」と題され、それらを通して第1話から第54話までの話題が取り上げられている。

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頭山満と中江兆民・板垣退助は昵懇の仲

大抵の人は、左翼は反体制で、農民や労働者、貧しい人たちの味方であるのに対し、右翼と言えば権力側に擦り寄り、日の丸・旭日旗を靡かせ軍歌を大音響で響かせて街宣車で走り回る“愛国”団体を思い浮かべてしまい、両者は正反対のものと思い込んでいる。しかし後々「右翼の始祖」と呼ばれる頭山は、「左翼の源流」と呼ばれる中江兆民と実は昵懇の仲だったし、「自由民権の雄」板垣退助とは直接の師弟関係で、高知に彼を訪ねて数カ月も滞在し、すっかり感化されて板垣の「愛国社」に対応する組織として福岡に民権結社「向陽社」を設立、板垣の直弟子の植木枝盛を招いて自由民権を連続講義させた。植木の主著の1つ『民権自由論』〔『植木枝盛集』第1巻所収=岩波書店、90年刊〕はその講義を元に彼の福岡滞在中に執筆され、同地の書店から出版されたものである。

【関連】福沢諭吉とは正反対。中江兆民が生涯を通して貫いた「下から目線」

この向陽社こそ玄洋社の前身で、その向陽社時代からの社員で頭山側近だった来島恒喜は、上京して中江兆民の仏学塾でルソーの民権思想を学んだ後、1989(明治22)年10月、屈辱的な条約改正案を進めていた大隈重信外相に爆弾を投げつけ右脚を失わせ、その場で自刃して29歳の若さで果てた。人名辞典的には「不平士族出身の右翼活動家でテロリスト」ということになるが、彼が頭山だけでなく中江の弟子でもある民権活動家で、ルソーを愛読するインテリだったことは余り知られていない。

ちなみに、やられた側の大隈は「いやしくも外務大臣である我が輩に爆裂弾を食わせて世論を覆そうとした勇気は、蛮勇であろうと何であろうと感心する」とまで言って、後々まで来島の年忌法要に代理人を送り続けたというから面白い。

石瀧豊美『玄洋社/封印された実像』

上掲の浦辺の著書は、エピソードの連鎖のような作りになっていて、読み物としては好適だが、構成力には乏しい。しかし私は特に、同書の「はじめに」の早々に出てくる次の記述に注目した。

▼戦後の日本はGHQの意向に沿った道を歩まねばならなかった。「歴史は勝者によって作られる」の言葉通り、日本の歴史も連合国軍を正義として綴らねばならなかった。戦争犯罪人の廣田弘毅を擁した玄洋社は、侵略国家日本の軍部の手先として評され、ブラック、ダーク、右翼、暴力団、黒幕、闇の支配者など、ありとあらゆる負の代名詞を付された。そのレッテルはついに剥がされることなく、マスコミも社会も触れてはならないものとして忌避した。(中略)

▼それでも、2001年1月から読売新聞西部本社版に『人ありて/頭山満と玄洋社』の連載が始まり、これが玄洋社を再評価する機縁となった。(中略)

▼そして、2010年10月、石瀧豊美氏の『玄洋社/封印された実像』〔海鳥社〕が刊行された。これはまさに、戦後日本の歪(いびつ)な歴史観に覚醒を求める内容であり、玄洋社はこれによって再評価の対象として俎上に乗せられた言って過言ではない。……

なるほど、と。頭山満=玄洋社=右翼=暴力団=黒幕=闇といった、何となく植え付けられて染み付いてしまっていた固定観念の連鎖は、GHQによるマインド・コントロールのせいだったのだと思い知るのである。

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英国人スパイが振り撒くデマゴギー

そこで早速、石瀧著『玄洋社/封印された実像』を繙(ひもと)いて見ると、「はじめに」の最初から2~3ページ目で、英国の元情報部員とか言うリチャード・ディーコンなる人物が『日本の情報機関』(時事通信社、83年刊)でこう述べているのを紹介している。

▼日本の諜報活動の本格的な海外支部として生まれたのは、玄洋社のそれである。「玄洋社はテロ集団であり、スパイ養成学校であった」とG・R・ストーリー教授は述べている。

▼玄洋社の指導者たちは、中国の秘密結社の幹部を「極楽楼」へと誘惑するために、日本と中国に売春宿を作った。こうして、酒と女に湯水のごとく金を使わせることにより、中国秘密結社の資金を奪うと同時に、玄洋社の資金に充てることができたのである。

▼玄洋社の活動は、秀吉が朝鮮征服を企てて失敗して以来、日本が組織的な情報収集によって戦争への道を開いた最初のケースである。……玄洋社はスパイ養成所としての役割を保持し……東京だけでも、諜報技術の講座を持つ国家主義者養成校と外国語学校の2つの学校を擁していた。……

国家主義者養成校とは国士舘(大学)、外国語学校とは興亜専門学校のことらしいと推測はできるが、全くの曲解・邪推にすぎず、逆に英国ご自慢の情報収集・分析能力とはこんな程度のものなのかと笑ってしまうほどなのだが、それでもGHQやこういう不良外人の類が振り撒くデマに簡単に引っかかるのが、日本人の情けなさである。

中島岳志『アジア主義』の物差しの伸ばし方

そこで参考になるのは、中島岳志『アジア主義/西郷隆盛から石原莞爾へ』(潮文庫、17年刊)の歴史への物差しの当て方である。

その第3章は「なぜ自由民権運動から右翼の源流・玄洋社が生まれたのか」。これまでの通俗的な言説では、自由民権の歴史の中で玄洋社やその後継の思想や運動を扱うのはタブーで、なぜかというと玄洋社は初期には確かに「民権」リベラルに基づいて活動していたが、「途中から大きく方針転換をして右派的な国権論へ転向してしまった、言わば裏切り者」なので無視して構わないということになっていた。

しかし、これはいかにも「講座派」流の皮相的な理解で、竹内好が『日本とアジア』(現在は、ちくま学術文庫、93年刊)ですでに示唆していたように、西郷隆盛、頭山満(玄洋社)、福沢諭吉、中江兆民、田中智学(国柱会)、岡倉天心、津田左右吉、内田良平(黒龍会)、中野正剛(東方同志会)、北一輝・大川周明(猶存社)、石原莞爾(東亜連盟)といった人々の多くは「右翼」という単純なラベルで一括りにされることが少なくなかったが、到底そういうことで収まるはずのないそれぞれに強烈な個性を持つ独立巨峰であり、しかし反国権・反薩長・反東條、反欧米帝国主義・アジア革命支援ということでは大まかには共通する連峰を成していたのである。それを中島岳志は「アジア主義」という側面から括り直した。

その一々に入り込んでいくと果てしがないので、今後折に触れて取り上げていくことにするが、その前にもう1つ厄介な問題がある。西郷隆盛とは一体何者だったのか、である。明治10(1877)年2月に西南戦争が起きると、それに呼応して旧福岡藩士が武装決起し、少なくとも103名の若者が戦死・自刃もしくは獄死し、さらに多くが静岡、和歌山、岐阜、神戸など各地の刑務所に送られて服役した。「福岡の変」と呼ばれる。

頭山自身は、それ以前の事件で山口の萩で服役中でこれに参加していないが、彼の西郷に対する敬慕の念は強く、「西郷さんに続け」と口癖のように言い続けた。『玄洋社社史』にも、「玄洋社は実に是等西南呼応の残党によりて形成せられたる団結なり」と宣言されている。

さてそこで、西郷のいわゆる「征韓論」とは何であり、明治6(1873)年政変でなぜ西郷、板垣らは辞職しなければならなかったのか。そしてその事態は頭山以後の「アジア主義」の思想と運動の展開とどう繋がっていくのか……。それはまた次回に吟味することとしよう。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年7月15日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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