あの日“ピカピカに光って”いたキミに乾杯。『The・かぼちゃワイン』エルに見た“隣のお姉さん”という幻想

P009のコピー
 

その昔、今やクイズ女優として有名な宮崎美子が、まだ熊本大学の女子大生だった頃、ミノルタ(現コニカミノルタ)の一眼レフカメラX-7のCM日本中で話題になった。1980年、今から44年も前のことだ。

斉藤哲夫の歌うCMソングいまのキミはピカピカに光って」(作詞:糸井重里、作曲:鈴木慶一)が流れるなか、木陰で宮崎がTシャツとジーパンを脱いで水着になるというだけのCMだったのだが、これが空前の大ヒット。

ビキニ姿の宮崎のグラマラスなボディだけでなく、なんだか“隣のお姉さん”の着替えを覗き見してしまったような罪悪感と、それに反して爽やかな笑顔が強烈なインパクトを与えたこのCMは、一種の社会現象になった。

それが証拠に、まだ当時5歳だった私でさえ、毎週楽しみにしていたドリフの「8時だョ!全員集合」(TBS系)の中で、このCMをパロディにしたコント志村けんが演じ、翌週には保育園でマネする園児が続出するという現象を目の当たりにしていたのだ。

あのCMソングに乗って、Tシャツを脱いで上半身にビキニブラだけを着けた志村がジーパンを脱ぐというだけのコントだったが、これで小さな子供にとってもCMの“お姉さん”は国民的な“隣のお姉さん”になったのだ。

漫画家三浦みつる氏も、ピカピカに光った宮崎美子のトリコになった一人だった。彼はのちに、宮崎のCMイメージからインスピレーションを得て、一人の人気キャラクターを生み出した。

それが『The♡かぼちゃワイン』(週刊少年マガジン連載、1981-1984)のヒロイン、「エル」こと朝丘夏美だった。ニックネームのエルの由来は、高身長で大柄なことから「Lサイズ」にちなんで名付けられたという。

『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』(立東舎)より

『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』(立東舎)より

三浦氏は文庫版のあとがきに、

「宮崎美子さんの出演されていたカメラのCMの中で<いまのキミはピカピカに光って>と言うフレーズと映像に強いインスピレーションを受けてかぼちゃワインと言う作品を執筆するきっかけになりました。つまり当時の宮崎美子さんがLのモデルと言うことになりますかね」

と書いていたという。

決してスリムではなく、どちらかといえば少しポッチャリ気味だった宮崎の体型が、かえってリアルな“隣のお姉さん”感を強くしたのだろう。篠山紀信に説得されてCMに出演したという宮崎にとって、このCMは出世作となったが、三浦氏にとってもエルという代表的なキャラクターを誕生させることになったのだから、その影響力は計り知れない。

そんな三浦みつる氏にとって初の画集となる『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』が、手塚治虫の漫画作品を多く世に出している立東舎から8月23日に発売された。

なぜ、エルでおなじみ『The♡かぼちゃワイン』作者の作品集が立東舎から?と一瞬思ったのだが、三浦氏は2年間も手塚治虫のアシスタントをつとめており、その後『週刊少年マガジン』を中心に漫画連載を始めている。今回の画集は、一連の立東舎からの手塚復刻本と同じ濱田髙志氏が企画・編集を手がけている。

代表作『The♡かぼちゃワイン』は、1981年からマガジンにて連載開始。その後、82年にはテレビ朝日系列でTVアニメ化され、こちらも大変な人気となった。

当時、小学1年生くらいだった私でも、同アニメにおけるエルの入浴シーンには、何か見てはイケナイものを見てしまったような、あの宮崎美子のCMと同じようなモドカシサを感じたものである。

『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』(立東舎)より

『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』(立東舎)より

ツンデレ春助と天然キャラのエルが織りなす純愛ラブコメは大変な人気を誇っており、その過熱ぶりは小学生男児のリアル生活にも影響はあった。

エルと友人の少し大柄なお姉さんが「頭の中でダブる」こともあったし、大人になってからも少し大柄な女性を見るたび「あ、エルっぽいな」と思ったことは幾度もあった。それほどインパクトの強いキャラであり、エルは永遠の存在なのだ。

今回出版された三浦氏初の画集には、そんなエルと春助の魅力がたっぷり詰まっているだけでなく、他にも「レンズマン」「コンビにまりあ」などをはじめ、250点にも及ぶ貴重な画稿を掲載している。

もちろん、そのタイトルが示すとおり、ラブリーなガールズが目白押し。さらには自作解説と作品リスト初公開のアイデアノートなども収録し、作家の長きに渡るキャリアを振り返る大充実の1冊となっている。

『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』(立東舎)より

『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』(立東舎)より

この作品集で初めて三浦氏のご尊顔を拝見したのだが、当然ながらエルには(春助にも)全く似ておらず驚いた。あのキャラを生み出したことだけを見ても、改めて漫画家というクリエイターの持つ力に圧倒された。

ちなみに、あの『Theかぼちゃワイン』というタイトルは、三浦氏がテレビで聞いた「カボチャは身体に良い」という印象的なフレーズから、「かぼちゃはいい」→「かぼちゃワイン」となったものだそうで、特に意味はないというのが今までの定説だった。

しかし、今回の画集では「事実」が本人の口で語られている。

曰く、マガジン編集部から「とにかく何でも良いから候補をたくさん出してくれ」と言われた三浦氏は、連載前にキャラクターテストを兼ねて描いた読み切りに「彼女(あいつ)はコロッケまんじゅう」という作品があったので、これに倣ってふたつの名詞をくっつけちゃえばいくらでもできるんじゃないかと思い付いた中に、たまたま台所で目に付いた「かぼちゃ」と「赤ワイン」があったことでできた候補の一つに過ぎなかったのが「かぼちゃワイン」だったという。

十数タイトルの候補のうち、ラブコメ風のタイトルが選ばれるのかと思ったら、作者の意向に反して「かぼちゃワイン」が選ばれたというのだから、やはりヒット作の裏側というのは面白い。

小さいながらに、どっちのキャラがかぼちゃで、どっちがワインなのかと思ったものだが、大人の飲み物であるワインに抱いた幻想が、小学生男児の脳内でエルの存在と重ね合わされてしまっていたのかもしれない。つまり、エルがワインで、春助がかぼちゃなのだと。

あの日、ピカピカに光っていた宮崎美子とエルに乾杯。

関連情報

『LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS』(立東舎)

LOVELY GIRLS MIURA MITSURU ILLUSTRATIONS

著者:三浦みつる
定価:4,070円(本体3,700円+税10%)
発売:2024年8月23日
発行:立東舎/発売:リットーミュージック
情報サイトはコチラ

CONTENTS
#1 The♡かぼちゃワイン セレクション

#2 自選イラストレーション(デビュー作からデジタル作品まで)

#3 ヴィンテージ&スケッチ セレクション(初公開のラフスケッチから未発表作品まで)
・三浦みつる作品リスト
・自作解説

image by: ©️三浦みつる、立東舎

唐茄子屋イワン

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