自分はいまどの段階にいる? 自己改革小説の第一人者が語る「マズローの罠」

 

自分がどの段階にいようが関係ない

誰かの幸せために自分を役立てる。

その最たる例がボランティアだ。

マズローの説に当てはめれば、ボランティア活動ができる人は、生理的、安全、社会的、承認、自己実現が満たされて、初めて自己超越、つまり他人の幸せのために動けるということになる。でも、その説を「なるほど」と信じている人はボランティアをしていない人だけだろう。「自己実現が達成できて、時間的にもお金的にも余裕ができたらできる」と思っているということは、裏を返せば自分はまだそこに辿り着いていないと思ったらやらなくていい理由になる。「まだ承認欲求すら満たされていないのに、人助けなんてできない」とね。段階分けは、先に進みたいというモチベーションにもなるが、その先はできなくてもいいという言い訳にもなる。

では、実際にボランティア活動をやっている人はどうか。そうじゃないのはすぐにわかる。どの段階にいようともやる人はやる。それこそ、自分の衣食住がおぼつかなくてもやる人はいる。実際に動いている人は、「自己実現の欲求が満たされなくても、自己超越はできるよ」と思うだろう。おそらく実はあなたもどの段階にいようとも人のために行動できる人だ。

あなたは財布を拾ったらどうするだろうか。おそらく例外なく「交番に届ける」だろう。ほとんどの人が、「交番に届ける」

それが日本だ。

実は日本以外の国では財布を拾ってもほとんど警察に届けたりはしない。「落とした人が悪い。拾った人のもの」なのだ。どうして日本では交番に届けるのか。答えは、あなたが届ける理由と同じだろう。「落とした人が困っているんじゃないかと思って」

実は交番に財布を届けると結構な時間を取られる。手間と言えば結構な手間だ。それでも届けるのは、知り合いでもない、見たこともない、誰かのためだ。「そのときに5段階のどこにいるか」を考えて行動基準とすることはまずないだろう。

「最近、集団と愛の欲求が満たされてないから、この財布は自分のものにしておこう」なんて考えることもない。それこそ、たとえ食うに困っているときでも(逆に自分が食うに困っているときだからこそ相手の困っている気持ちがわかり)自分の時間を犠牲にして、財布を交番に届けるに違いない。これも立派なボランティア精神だ。

「未来の誰かの幸せのために、今日自分ができることをする」と決めている人にとっては、自分がどの段階にいようが関係ない。

僕はマズローが正しいとか間違っていると言いたいわけではない。アブラハム・マズローは1908~1970という時代に生きたアメリカ人だ。当然日本人とは土壌となる文化も違うし価値観も違う。ましてや2024年の今とも違った価値観だったはずだ。常識というのは日々変わる。

大切なのは、権威が言おうが、みんなが言おうが、自分なりに考えてみることだ。全肯定でも全否定でもなく、「今のこの国では、この場合は当てはまるけど、この場合は当てはまらないんじゃないかな」と考えて自分の価値観に落とし込むこと。それこそが、先人の学説に対する敬意のように思う。そしてそれは時と共に、こちらの成長とともに変わっていく。

学び続けていれば、過去の自分が納得した考え方や、すがっていた価値観が、「もしかしたら違ったかも」と思えるようなことと出会う。それは痛みをともなう発見かも知れないが、指導者にとってはとても大切な経験だということをお伝えしたかった。

というわけで今週の一言。

学びは知識を増やすためにあるわけではない。常に自分を変化させ続けるためにある。

変わればいい。どんどん。遠慮なく。上手く伝わったかな?

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1970年生まれ。2005年「賢者の書」で作家デビュー。「君と会えたから」「手紙屋」「また必ず会おうと誰もが言った」「運転者」など数々の作品が時代を超えて愛されるロングセラーとなり、国内累計95万部を超える。その影響力は国内だけにとどまらず、韓国、中国、台湾、ベトナム、タイ、ロシアなど世界各国で翻訳出版されている。人の心や世の中を独自の視点で観察し、「喜多川ワールド」と呼ばれる独特の言葉で表現するその文章は、読む人の心を暖かくし、価値観や人生を大きく変えると小学生から80代まで幅広い層に支持されている。

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