選挙前のいま「手取りを上げる政策」が話題となっていますが、手取りを増やすということは、国が社会保険料や税金の収入を「削る」ということになります。今回のメルマガ『事例と仕組みから学ぶ公的年金講座』では、著者で年金アドバイザーのhirokiさんが「それは本当に良いことなのか?」という疑問を突きつけながら、なぜそう思うのかその意味を解説しています。
社会保険料を引き下げる事は国民にとって本当にプラスなのか。
1.社会保障が面倒を見るか、自分の給料で何とかするのか。
ここ最近、手取りを増やす政策についての話が盛んですよね。
手取りを増やす事で使えるお金を増やして、消費を拡大しようという事なのでしょうか。
国の税金や社会保険料の収入が減る事になるわけですがそれは本当に良い事なのでしょうか。
僕が昔からよく話題にする事がありますが、「社会保障を削るという事はその代わり自己負担が増加する」という事に繋がるという事です。
年金の話になりますが、国民年金が始まる頃だった昭和36年4月より前の話であれば年金が普及していなかったので、家族の中の高齢者は子が自分の給料で扶養するという事が一般的でした。
よって、自分が高齢になった時に面倒を見てもらうには子供を作るしかありませんでした。
子供ができなければ養子を取って育てるという事も必要でした。それほど子供というのは重要だったのです。
今現代は子供は必ずしも必要ないという夫婦も多いですよね。それは社会保障が面倒見てくれるからそれでもいいわけで。
昭和30年代に日本が高度経済成長していく中で、育てた子供は都会に出ていくという形になっていき、自分が高齢になった時に面倒を見てくれる子供がいなくなっていきました。
核家族化が進む事により、残された親はとても不安になります。
不安が大きくなっていったため、自分たちにも老後のための年金を作ってほしい!という声が高まっていきました。当時はサラリーマンと公務員にしか年金は無かったですからね。
自営業や農家、零細企業には何も年金はありませんでした。
その声が昭和33年の自民党と社会党の2大政党時の総選挙に大きな影響を与え、国民年金の創設が目玉となりました。投票率は未だ過去最高の79.99%となっています。それほど国民年金の創設は関心事だったんですね。
よって選挙に勝った自民党が早速、昭和34年4月(保険料は昭和36年4月から徴収)からの国民年金を始める事になります。
子供が自分たちの老後の面倒を見てくれないのであれば、国が面倒を見るしかないわけですね。
結局は自分たち家族の中で老齢の親の面倒や、病気、出産、育児、介護等のお金を出すか、もしくはその役割を国が担っていくかのどちらかしかないのであります。
日本が工業化していく中で、個人(家庭)の役割が小さくなっていったから、国が社会的に面倒を見るようになっていったわけです。
つまり、自分の稼ぎ(給料等)で老後の親の扶養をするか、国民みんなで一定の保険料を出し合って老後の親を扶養するかのどちらかになるのです。
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2.手取りを増やす事は良い面ばかりなのか。
手取りを増やすという話に戻りますが、社会保険料を引き下げる事で確かに「今」の給料の手取りは増えるでしょう。
ですが今の社会保障は主に社会保険料を財源としているので、財源が少なくなるのであれば社会保障を縮小していくしかありません。
社会保障を小さくするという事は、つまり自分の給料でなんとかしてねという事に繋がっていくわけです。
例えば医療であれば3割負担で受けれますが、それが4割とか5割負担になったり、もしくは非常に医療費がかかっても高額療養費制度というものがあって個人負担の医療費が高くなりすぎないようにされてますが、この基準が厳しくなってしまうとか。
年金だと主に年金保険料を財源としていますが、それを引き下げるような事になれば年金額が引き下がる事になります。
もし給付を引き下げないのであれば税の割合を増やすか、有限の年金積立金からのお金の拝借を多くするしかないですね。
財源が少なくなれば基本的には年金を引き下げるという形にはなるのでしょうけど、引き下げた分は生活が苦しくなるので老齢のお父さんやお母さんの生活が苦しくなります。
それを補う形で、子供が仕送りをするという形になるでしょう。一般的にはそうですよね。
僕が先ほど述べた昭和30年代は年金という社会保険は無かったか、貧弱なものだったので子供の稼ぎで暮らすしかなかったんでしたね。
その当時に逆戻りするような形になります。
社会保険料を削減して手取りは増えたけど、自己負担という形で跳ね返ってしまいました。
でも社会保障費は年金は約60兆、医療費は約46兆、介護は約20兆ほどあるから削減しないと大変な事になるよ!という声が聞こえてきそうですね。
社会保障費を考える時は絶対に「見た目(名目)の金額」で見てはいけません。
見た目の金額だけを見たらとんでもない額に映るし、これじゃあ日本ヤバイ!みたいに思って社会保障憎しの感情になってしまう人もいるでしょう。
そうすると社会保障を削減しろっていう流れになってしまうと思います。高齢者は年金貰いすぎ!みたいな感情も出てきたりするでしょう。
僕もこれだけ見たら日本という国はこんなに社会保障にお金使っているのか…と怖さを感じるかもしれません。
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3.少子高齢化トップレベルなのにとことん切り詰められてる社会保障費。
ですが、これを見る時はGDPに対しての割合で考えないといけない。
年金であればGDP比に対して約10%くらいで、医療費は8%くらい、介護は3%ほどとなり一気に見方が変わってしまいます。
金額だけ見るとなんとなく日本の予算は社会保障がほとんどなんじゃないかって錯覚しますが、GDP比でいったらどれも10%以下程度の低い水準で切り詰められてます。
ただでさえ切り詰めてるのが社会保障なのに、更に切り詰めれば人々の生活はより不便になっていく危険性があります。
しかしニュースではこういう面は取り上げないので、金額だけ見て社会保障憎しの感情を煽る事になる。
ちょっと脱線した例えを使うと、公務員の数なんかもそうですよね。
日本は公務員の数は世界的にも非常に少ないですが、どういうわけか日本人は「公務員が多すぎるから削減しろ!とか、給料削減しろ!」って話になっている不思議な国。
公務員の肩を持つつもりはないですが、公務員がいないと国は回らないわけであって、あまりにも切り詰めると支障が出てしまう。
なんというか人々の認識と、実際は全く異なっているのが日本なんですよね。どうしてそうなってるのかよくわかりませんが(苦笑)。
4.手取りを増やした分、余計な負担が増えるかも?
さて、多くの人は今の手取りを増やしたい!と考えるのは自然だと思います。
そりゃあ手取りが多いに越した事はないですが、それは目先の利益にしか繋がらない可能性があるという事です。
手取りが増えた!やった!と思ったら、なんか介護サービスや医療費が高くなった…失業した時の失業手当も引き下げられた、年金も引き下がったから親に仕送りしなくちゃいけなくなって手取りが増えた分、余計に支出が増えてしまった…となりかねない。
長い目で見ると損をする場面が多いのではないだろうか。
なお、この社会保険料を引き下げるという事による利益を享受するのは、なんと言っても「経済界」であります。
経済界は遠い昔から社会保険料を忌々しいものとして、引き下げを要求してきました。
なぜ経済界は社会保険料が嫌いなのでしょうか。
それは皆さんもご存知だと思うのですが、会社側が社員の社会保険料の半分を負担してるからです。
この経費が増えると収益の邪魔なので、社会保険料を引き下げろって毎回経済界との戦いでありました。
これからは社会保険料を引き上げて社会保障を充実していかなければならないという時に、経済界がそれを許さないので保険料の話になるたびに政治家に働きかけて引き上げ反対となりました。
本来必要な保険料より低いものになり、先ほどのGDP比のようにかなり切り詰めた状態で社会保障が運営されています。
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経済界としては国民が社会保障を切り詰めるべきだと思っていた方が都合が良いのです。社会保険料が引き下げられれば、勝ち組は経済界です。
あと、非正規労働者の問題もそうですがなぜ景気が悪くなってから急激に非正規労働者に会社側は置き換えていったかというと、非正規社員は厚生年金や健康保険には加入させなくていいから会社側は社会保険料の負担なく労働力を使う事ができるからです。
まあ、労働者としても社会保険料取られずに働けるし、会社側も余計な社会保険料の負担をせずに労働力を使えるからウィンウィンのような気もします。
しかし割を食うのは労働者です。
厚生年金に入れば、その時の保険料は取られますが会社側も半分負担してくれながら、将来の年金が手厚くなるというメリットがありますがそれが無いので将来は貧困になる。
健康保険ももし病気で働けなくなったら、その間の給料に変わる保障(傷病手当金など)も手厚くなりますがそれも無い。もししばらく働けなくなったら何も助けてくれないので、民間保険とかでなんとかするか家族に頼るしかない。
だから、今は厚生年金の加入拡大を進めてるのは、非正規社員を少しでも将来に有利な社会保障が受けれるようにするためなのです。将来の貧困の回避ともいえます。
今の働き盛りの人の年金が貧困になり、貧困が溢れると生活保護費(社会保障費の1~3%ほど)が十数%くらいに膨れ上がってしまう試算もあるようです。
それを回避するにはできるだけ厚生年金に加入できてない人に加入してもらって、会社にもそれ相応に負担してもらうしかない。
ところで平成16年改正に遡りますが、厚生年金保険料だって今は18.3%という割合ですが、他の国のように本当は20%は取りたかった。
しかし経済界はそれは許さなかった。
経済界としては15%を主張しました。
ですが、なんとか間をとって18.3%という水準になりましたけど、20%くらいだったらもう少し良い水準の年金になっただろうと思います。年金が増えると経済にも良い影響がもたらされます。
年金が増えたら高齢者の人は消費に向かうので、会社側は儲けが増えます。儲けが増えたら社員の給料も上がり、社員も消費が増えます。
会社はますます利益が上がり、国としては税収も上がるサイクルになる。
社員の給料が上がると支払う社会保険料も増えるので、年金受給者の年金も引き上がる事になる。
年金受給者はより消費に向かって会社は儲かる、社員の賃金も上がる…となるーーー(『事例と仕組みから学ぶ公的年金講座』2025年4月9日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください)
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