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習近平「デジタル監視力」とプーチン「秘密工作」の絶妙なコンビネーション。中露が混乱極まる国際社会で推し進める“裏工作”の標的は?

混迷を極める国際社会にあって、その関係をますます深めつつある中国とロシア。そんな両国が「一致する思惑」実現のため、互いの強みを融合させた裏工作を推し進めていることは疑いようのない事実のようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、中ロによる「見事な連携」の全貌を紹介。さらに現在同時に進行する2つの戦争の早期解決を困難にしている背景を解説しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:戦争・紛争の連鎖の危険性と国際情勢のメインプレイヤーたちの思惑

紛争の背後に透ける中ロの思惑。習近平とプーチンが進める「裏工作」に翻弄される世界

「ウクライナ戦争においてロシアの敗北を見たくない」

これは中国の王毅外相が訪欧時にEUのカラス外交安全保障上級代表との会談で語ったと言われている内容です(CNNやBBCのみならず、新華社でも同様の内容が報じられました)。

「この戦争でロシアが敗れ去るようなことになれば、アメリカの攻撃の矛先はすぐに中国に向けられることになる。アメリカは恐らく台湾情勢を理由にして中国に工作を仕掛け、中国が自衛のために反応せざるを得ない状況を作り出してくるだろう。もちろん中国は自国の安全保障のために受けて立つし、そうなればアジアにおいてアメリカの居場所がなくなることになるだろう」

自信と懸念、そしてアメリカに対する牽制がにじむ王毅外相の言葉と捉えていますが、「中国が自国中心の覇権体制を築き、アメリカと肩を並べて世界情勢をリードしていくという目標の達成に際し、反欧米陣営における唯一のパートナーとしてのロシアに没落してもらっては困る」というのが本音だと考えます。

これまでロシア・ウクライナ戦争に関し、対ロシアの軍事支援を表向きは行っていないと主張する中国ですが、ウクライナにおけるロシアの戦いを支え、ウクライナを盾に勢力を拡大しようとする欧米諸国の企てを挫くために、あらゆる手段を用いてロシアを支えつづけているのは事実です。

しかし、ロシアが早期にウクライナに勝利してしまうのもまた、中国にとって必ずしも喜ばしい事態ではないと考えられます。

ウクライナでの戦争が終わってしまうと、やはりアメリカの攻撃の矛先は確実に中国に向けられることは明らかであり、勝ち切ったロシアが果たしてどこまで中国の言うことを聞いてくれるかは未知数になってしまうと考えられます。

そのような中国が今、混乱極まる国際社会において推し進めているのが、ロシアと共同で行う裏工作です。

ロシアが得意とし、今でも活発に行われていると考えられる政治工作と秘密工作に、中国が築き上げてきた世界随一のデジタル監視力を併せて、地政学上、今後の国際情勢のカギを握る中東欧や旧ソ連圏の中央アジア諸国などで影響力を拡大し、各国における強権勢力を勢いづかせて欧米型民主主義を弱めようという試みが行われています。

中ロでその手法に異なりは見られるものの、これまでのところ、見事なまでに連携して、その狙いは着実に浸透していっているようです。

そのような時に7月17日以降、ウクライナ国内で進められているゼレンスキー大統領への権力・権限集中の動きと反汚職機関への弾圧・強制捜査は、キーウ市長や与党の議員からも強い反発と拒絶反応を引き起こしており、ゼレンスキー体制に反対する市民グループなどの運動と合わさって国内における反ゼレンスキーの波が強まり、国内的に不安定な状況を作り出しているという分析が出てきました。

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意外な形で終結する可能性が高まったウクライナ戦争

この背後に何らかの形でロシアと中国の情報工作が存在するのではないかとの推論も出てきているものの(多分存在していると思われますが)、ウクライナ国内においてゼレンスキー大統領が進める権力・権限の集中は、アメリカのトランプ政権も、ウクライナのEU入りの是非を議論するEU諸国も危険視し始めており、これがゼレンスキー大統領の望むNATO入りやEU加盟交渉にネガティブな影響を与えそうだとの懸念が出てきています。

欧米諸国も中ロの関与を疑ってみるものの、実際にゼレンスキー大統領が権力集中を進めることでウクライナ国内から倒幕運動が起きて、意外な形でウクライナ戦争が終結する可能性が高まったという見方をする分析も多数上がってきています。

トランプ大統領が、対ロ圧力という意味合いも込めて、ウクライナに対して、NATO経由でのパトリオットミサイルの追加供与を表明したり、欧州各国もウクライナへの追加支援を表明したりしていますが、それらの到着が著しく遅れているのには、王毅外相の言葉の裏返しのように「ロシアがウクライナ戦争において敗北することはなさそうだ」という見解が高まってきている状況が覗えます。

そのような中、特に欧州各国はロシアが何らかの形でロシア・ウクライナ戦争に勝利した場合(有利な条件での停戦含む)に備え、ロシアと組む中国との協調体制を深めると同時に、ロシアに対する非難を弱めつつ、Beyond UkraineでロシアがEUの一角を軍事的・政治的に崩しにかかる事態に備え始めています。

先述の中国との協力体制の強化もその一環ですが、EUは同時にNATOメンバーでありつつ、ロシアや中国ともチャンネルを持つトルコに最接近を図っています。

その一つがトルコが切望していたユーロファイター・トルネード戦闘機の共同開発および調達の実現です。

共同開発は英国が行い、これまでトルコへの供与に反対し続けたドイツが(トルコの希望通りに)40機の提供に合意して、トルコを欧州の防衛網に取り込もうという動きが見えます。

共同開発は英国企業とトルコの軍事産業が、ドイツやスペインなどの共同開発国と協力して英国内とトルコ領内で行うこととなりますが、これでトルコの空軍能力は格段に向上し、もし欧州から追加でユーロファイター・トルネードに搭載される英独製の空対空ミサイル「ミーティア(Meteor)」も入手することになれば、ロシアの目と鼻の先に強力な空軍力が構築されることになり、そのトルコがNATOの一員として、憲章第5条に定められるように、欧州同盟国の防衛に貢献してくれるのであれば、ひとまず欧州圏の防衛システムは強化される方向に動くことになります。

欧州各国からのこのような動きを受けてか、エルドアン大統領は「トルコとの協力無くして欧州の安全保障は確立しない。今回の欧州各国の英断に敬意を表する」と歓迎の意を表明していますが、先週号でも触れたように、これはトルコの対イスラエル防御力および攻撃力をも飛躍的に高めることになり、中東地域での新たなパワーバランスを構築することにも繋がります。

【関連】響き渡る「カネ儲けの邪魔をするな」の怒号。なぜ政治家と武器屋は戦争の終結を「妨害」するのか?

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イスラエルの姿勢に苛立ちを隠せないトランプ

アメリカによる核施設への攻撃と、イスラエルによる執拗なイラン攻撃を受けて、イランの防空システムおよび攻撃力は現在、低下していると見ていますが、とはいえ、まだ死んではおらず、アメリカのバンカーバスターによる攻撃を受けても、濃縮ウランのほとんどが無傷のまま別の施設に保管されていると言われているため、イランは今後も強力な軍事大国であり続け(潜在的核保有国)、イスラエルにとっては脅威として存在することになりますが、イスラエルとイランの軍事的な緊張に今後、トルコによる攻撃・防衛力が加わることで(どちらかというとイラン寄りの形で)、イスラエルにとっては脅威が増すことを意味することになります。

それもあってか、トランプ大統領から再三、これ以上、戦火を拡大すべきではないと釘を刺されているにもかかわらず、イスラエル周辺地域の反イスラエル勢力を根絶やしにしようと、ネタニエフ首相はガザに対する執拗な攻撃の手を緩めず、ついには人道支援物資を配布していた施設にまで空爆を加えて多数の一般市民の犠牲を出し、ヨルダン川西岸地域にも軍を差し向けてユダヤ人入植地の拡大のための対パレスチナ人迫害を強化しています。

さらには、新生シリアの国内での部族対立に便乗して、シリアの首都ダマスカスの政府系施設やモスクなどに対する空爆を強行し、これまでに数百名の死者を出しています(国内紛争とイスラエルによる空爆で、少なくとも合計900名の死者が出た模様)。

アメリカ政府の仲介の下(実際にはカタール政府が仲介を実施)、ガザについては60日間の戦闘停止に合意し、イスラエル政府とハマスとの間で人質の交換やイスラエル軍のガザからの撤退範囲などについて議論が行われていますが、それと並行して攻撃の手を緩めないイスラエルの姿勢には、何とか外交的な手段でことを収めたい(そして自らの成果としたい)トランプ大統領がかなり苛立っていると言われています。

またシリアに対しては、こちらもアメリカ政府の仲介によりシャリア暫定大統領とネタニエフ首相との間で停戦合意が成立していますが、相互に対する非難が止まず、これまで停戦しては、何らかのケチをつけて攻撃を正当化してきたネタニエフ首相の姿勢に鑑みて、いつ停戦が破棄されて、再び戦闘が始まるか読めない状況です。

ガザに対する苛烈な攻撃と、シリア内乱への強引な介入を行うイスラエルに対しては、欧州各国はEU27カ国と英国を併せて28か国が連名で激しい非難を行い、かつトルコ政府もイスラエルへの非難を強めるなど、イスラエルの孤立と国際社会の反イスラエル網が強化されてきており、さすがのトランプ大統領も庇いきれなくなってきているようです。

それゆえでしょうか?7月23日に開催された国連安全保障理事会の会合でアメリカのシェイ臨時代理国連大使は、2月にトランプ大統領が発言し、4月にはネタニエフ首相が実施を要請していた“ガザ市民の周辺国への移住”について「アメリカ政府はガザ市民の強制移住を求めることはなく、移住はあくまでも自主的に行われるものである。そしてガザ市民の移住先を探し、それを手助けするのはイスラエル政府の責任で行われるべき」と、イスラエルを突き放す発言を行いました。

2023年10月7日のハマスのテロ行為について非難し、それ以降、イスラエルがとった“自衛的な攻撃”に対しては庇う様子を見せたものの、国際的な非難と反イスラエル包囲網の拡大、そしてトランプ大統領の要請をスルーし続けるネタニエフ首相とイスラエル政府の態度を受けて、じわりじわりとイスラエルから距離を置く姿勢を示しているように見えます。

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否定できない中ロが何らかの工作を仕掛けてくる可能性

ウクライナが切望してきたアメリカによるパトリオットミサイルの追加供与は、イスラエルに優先的に行われるようですが、イスラエルの防空体制を支えるIron Domeのカギとなるパトリオットミサイルの供与が滞るような事態になった場合には、イスラエルの防衛力にも大きな変化が訪れることになるかもしれません。

そうなった際に注意すべきがイランとトルコ、そしてアラブ諸国の動向です。

イランについてはあえて言うまでもないかと思いますが、トルコについては中東地域におけるイスラエルとの対峙とは別に、キプロス沖の東地中海における天然ガス田の開発権および周辺地域の領有権を巡って長年イスラエルと係争中であり、先述の著しい防衛力と攻撃力の強化と合わせ、何らかの揺さぶりをイスラエルに対してかけてくる可能性は、これまでいろいろと耳にしている内容をベースにすると、大いにありえると考えます。

サウジアラビア王国を中心とするアラブ諸国については、数カ国はイスラエルとの間にアブラハム合意が存在するものの(サウジアラビア王国はトランプ大統領からの再三の依頼をスルーしています)、2023年10月7日以降、パレスチナ人のみならず、シリア、レバノン、そしてイランなどに牙をむくイスラエルの姿勢を「ついに本性を現した」と一気に警戒を強めており、アメリカが今後イスラエルから距離を置くような様子を見せた場合には、アラブ諸国が一体となってイスラエルに戦いを挑む可能性が高まります。

そしてその輪には、ほぼ間違いなくイランが加わり、これまでとは全く違ったレベルの戦闘を目の当たりにすることになるかもしれません(ただし、トルコは恐らくこの戦いには直接的には加わらないと個人的には考えていますが、その時のトルコのリーダーがエルドアン大統領でなかった場合には、どうなるか私には全く予測がつきません)。

そしてその中東諸国とイラン、トルコの背後には、すでにすべてと戦略的パートナーシップ協定を結んでいる中国とロシアの存在があり、中ロともにそれぞれの“戦い”から目をそらしたいという意図もあり、中東地域における緊張が高まり、欧州とアメリカを中東地域に縛り付けておくために何らかの工作をしてくる可能性は否定できません。

実際にイランのアラグチ外相は頻繁にモスクワを訪れて、イラン核協議への対応やイスラエルからの脅威やアメリカによる核施設への爆撃などへの対応を話し合っていますし、中国の王毅外相はもちろん、他の重鎮も報じられていないものも含め、イランや中東各国の政府との協議を様々な国際会議などの場を利用して実施し、着々と連携を深めています。

中東についてはトランプ大統領も最初の訪問地として選び、AIセンターの設置・投資も含む超大型案件で合意してコミットする姿勢を明確にしていますが、中東各国がアメリカを重視するのは、かつてのようなエネルギー輸出先や防衛システムの提供者としてよりは、投資と経済的な連携、そして最先端技術の移転というpurely economicな観点が主要になっています(余談ですが、ゆえに、UAEなどがイスラエルと締結したアブラハム合意も、中東各国からするとpurely economicな繋がりで、最先端技術の提供というのが目的となっていると考えられるため、イスラエルに対するシンパシーは元々ないと言っていいと思います)。

防衛・安全保障の観点からは、中東諸国は中ロとのつながりを強化すると同時に、独自防衛の体制構築も急いでおり、そこに今後、トルコが絡んでくることになりそうです。

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「戦争の早期終結を本気で願う動きがない」という実情

中東アラブ諸国としては、同胞パレスチナ人の境遇を嘆き、一刻も早い戦争の終結とパレスチナ国家の樹立を支持していますが、必ずしもイスラエルとガザ問題の早期終結を心から歓迎しているとは限りません。

中東各国を訪れて時に耳にする話に驚くことが多々あり、必ずしもPro-Palestineというわけではないその背景には、かつてパレスチナ人が各国で暴れた歴史があり、必ずしも周辺国で好かれていない・歓迎されていないという現実とガザ市民に刷り込まれているハマスの思想が自国に持ち込まれ、イスラム同胞団のような反政府勢力を勢いづかせることを警戒しているという現状もあり、(ゆえにトランプ案でパレスチナ人・ガザ市民を周辺国に移住させるというアイデアに激しく抵抗した)、イスラエルという共通の敵を持つことで、アラブ諸国間のデリケートな力のバランスを保つための連携が強まると同時に、独自防衛システムの構築に向けた時間稼ぎが行えるという事情も絡んでいます。

実際に調停プロセスにも絡んでいる立場としては、残念ながら中東における軍事的な緊張も、ロシア・ウクライナ戦争も早期の解決はかなり困難であると考えています。

その背景にはこれまでに触れた数々の要素が複雑に絡み合っており、実際に戦争の早期終結を本気で願う動きが出てきていないのが実情です。

2つの大きな戦争(実際にはイスラエルとイラン、レバノン、シリア、ガザという4つと、ロシア・ウクライナ戦争)が同時進行で、皮肉にもネガティブなバランスと安定が今、この国際社会に存在し、そのバランスを今、変えようとする動きがあまり見当たりません。

その“ネガティブなバランス”環境を揺るがしそうなのが【緊迫するロシアとアゼルバイジャンの関係の急速な悪化】です――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年7月25日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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