2024年5月の台湾総統就任以来、中国への厳しい態度を崩さない頼清徳氏。そんな台湾に対するトランプ大統領の冷淡とも取れる姿勢が、国内外のメディアで大きく報じられています。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、アメリカがこのような構えを明確に示し始めた背景を解説。さらに自身の政治レガシーのために地域の安定破壊を厭わないかのごとく頼総統の政治手法を疑問視しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:予告的中 中国との取引でトランプ政権に切り捨てられた台湾は、はたして被害者なのか
台湾は本当に被害者なのか。対中関税交渉でトランプに切り捨てられた「独立勢力」の行く末
今年5月8日、本メルマガで予告した「最悪のシナリオ」が現実になりつつある。「トランプの『顔を立てるため』に切り捨てられる台湾。米中が関税協議の席に着く裏で進みかねぬ最悪シナリオ」とタイトルを付けた記事だ。
【関連】トランプの「顔を立てるため」に切り捨てられる台湾。米中が関税協議の席に着く裏で進みかねぬ最悪シナリオ
米中関税交渉で優位に立ちたいトランプ政権が、習近平政権から妥協を引き出すため台湾を取引材料にするとの予告だった。
もちろん関税をめぐる米中協議はいまも継続中で、最終的にどこに決着するかは予断を許さない。
しかし、この交渉が一つの傾向を帯びていることは、ここ数週間の流れを見れば明らかだろう。
すなわち、「トランプ政権の台湾に対する冷淡な態度」だ。
口火を切ったのは、英『フィナンシャル・タイムズ』(電子版)の7月29日のスクープだ。「ドナルド・トランプ、台湾の頼清徳総統のニューヨーク立ち寄りを阻止」と題した記事で「ドナルド・トランプ政権は、中国がワシントンに対してこの訪問に反対を表明したことを受け、台湾の頼清徳総統が中米に向かう途中にニューヨークに立ち寄ることを許可しなかった」と、頼の外遊中止の種明かしをしている。
台湾総統府は当初、この『フィナンシャル・タイムズ』のすっぱ抜きを、「発表していないものを取り消した事実はない」と否定していたが、真相は報じられたとおりなのだろう。
7月30日には米『ニューヨーク・タイムズ』も「トランプ政権、台湾の総統にニューヨーク経由を避けるよう指示」とタイトルをつけて報じ、日本でも朝日新聞を筆頭に「トランプ政権、台湾総統の米国立ち寄りを不許可と報道 中国に配慮か」と、後追い記事があふれた。
これに追い打ちをかけたのはまたしても『フィナンシャル・タイムズ』(電子版)の30日付け記事だ。タイトルは「アメリカが台湾との軍事会談を中止」だ。
記事では、予定されていた米国防総省ナンバー3のエルブリッジ・コルビー国防次官(政策担当)と台湾の顧立雄国防部長(国防相)との会談が突然キャンセルになった内幕が明かされている。
こうした状況を受け日本の報道でも「対中配慮相次ぐ」という表現が目立つようになった。
トランプ政権の冷淡な対応が、頼政権にとって深刻であったのは、中南米の友好国への訪問途上で、トランジットを口実にアメリカに立ち寄るシナリオが立ち消えになっただけでなく、中南米への外遊そのものが消えてしまったのだ。
台湾側は、「災害への対応のため」と説明しているが、それを額面通りに受け止めるメディアは少ない。
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台湾メディアにすら「泣きっ面に蜂」と皮肉られる頼政権
台湾のメディアの多くは、この状況を「頼政権の『泣きっ面に蜂』」と皮肉ったが、「泣きっ面」とは7月26日に投開票された大リコールで大惨敗した内政での挫折を指す。
大リコールは頼政権と民進党が実質的に仕掛けたとされる議員の大罷免キャンペーンだ。ターゲットは国民党所属の立法委員24名と民衆党所属の地方首長1名だ。狙いは議会での多数獲得だった。
だが当初10名ほどが罷免されると予測されたリコールは、ふたを開けてみれば25対0で国民党・民衆党側(藍白連合)側の圧勝だった。
戦いを分析したいくつかの論考が指摘するように、藍白連合を勝利に押し上げたのは民進党と対立する国民党や民衆党支持層だけではなかったことも政権へのダメージとなった。
背後には、選挙で選ばれたばかりの議員に「親中派」のレッテルを貼って罷免しようとした民進党の民主選挙を否定するような手法への反発、また対立と憎悪ばかりを煽る政治手法に辟易した有権者の投票行動があったとされた。いわゆる民進党へのアンチ票である。
これは内政の問題だけにとどまらない。
頼政権が「台湾独立」へと無暗にアクセルを踏めば、問題は台湾域内に収まりきらなくなり、地域の平和と安定が損なわれるからだ。
今回、タイトルで、「台湾は被害者なのか?」と疑問を投げかけたのは、頼が地域の安全を顧みず、自らの政治レガシーのために中国を煽り続けいることへの疑問があったからだ。就任演説では中国の反発必至の「新両国論」に敢えて踏み込み、今年は「頼17条」を打ち出し、中国を「境外敵対勢力」と呼んだ。いずれもレッドラインに挑むようなきわどい挑発で、中国はそのたびに大規模軍事演習で応じている。
この応酬から見えてくるのはアメリカや日本を台湾海峡危機に引きずり込んでも自分の政治目標に固執する頼の危うさだ。
この台湾のやり方はアメリカの視点には、自分の意思と関係なく始まる戦争に「巻き込まれる」と映るはずだ。
そんな巻き込まれを「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領が許容するだろうか。いや、民主党政権であっても受け入れ難かったはずだ。
そうした警戒は実は早い段階からアメリカ国内でも指摘されている。近いところでは今年5月1日、米『フォーリン・ポリシー』誌に掲載された「トランプは台湾を抑制すべき」と題する論文がある。
頼の首に手綱を着けることがアメリカとしての課題であり、それが同時に中国に恩を売る材料であれば、トランプ政権にとって安い買い物だったはずだ。
トランプ政権から発せられたシグナルを機に、頼清徳は地域の安定を再考し、もう少し大人になるべきだろう。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年8月3日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録の上お楽しみ下さい。初月無料です)
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